1-21『親父のダンジョン第五階層その2、のじゃ』
「あああああぁぁ…………」
「…………」
灯油を燃料とした炎によって火だるまにしてしまった筈の女の子。
だが、どうもよく見ると炎によるダメージは一切通っていないように見えた。
いや、ジ○ンプが云々って叫んでいたから大丈夫らしいとは気付いたけれど、どう考えてもおかしい。
なんで燃えないのこの子。
いや、燃えてたら俺は人生最悪レベルの判断ミスで人殺しをする所だったので無傷なのは助かったのだが。
いや、助かったと言って良いのかも分からんけれど。
と、いうかこの子何者なんだ。そもそもこの親父のダンジョン内部に居る人間は俺だけじゃないのか。
親父もマスターなので頻繁に出入りしている、というかダンジョン内部にいる方が多いようだが、少なくとも先行者である俺以外に誰か潜っているという話は聞いていない。
……うーん、言われなかっただけでもしかしたら他にも居るって事なのか、親父も大概秘密主義だしただ黙ってただけという可能性が高いかもしれない。
まあ、だからと言っていかにもボス部屋ですって場所で漫画雑誌読んでるのは理解不能なのだが。
うん、よく考えるとそこまで俺、悪く無くね? 過失には違いないからちゃんとごめんなさいするが。
「…………《風衣》」
「……おぉ?」
そんな事を思いつつ燃える少女(物理)をただ傍観していると、少女本人同様黒煙を吐きながら燃え盛る雑誌を前に項垂れながら片手を軽く掲げてから呟く。
すると炎を掻き消すように、女の子を中心に風が巻き起こった。
瞬間的に吹き荒れる風に炎が巻き上げられ、あっという間に鎮火してしまう。
炎の中に居た少女には焦げ跡ひとつ存在しておらず、やはり火傷を負ったような気配は無かった。
まあ、全体的に黒く煤けて灯油の匂いで酷い悪臭を放っていたが。あと、ジ○ンプは風に巻き上げられてバラバラの紙くずになっている。
あの風……風属性の魔法かな。可燃物を燃焼させて起こっている火を吹き消すとかかなり強力なんじゃないか?
化石燃料の類いを燃料とする炎というのはとにかく消火しづらいもので、水を掛けても消えない。
例えば燃料貯蔵庫なんかで火災が起きた時、消防に携わる人達は水ではなくて専用の消火剤を散布して消火活動をする。
それだけ化石由来の油は一度火が付けば、燃焼する物が無くなるまで消えないほどに可燃性が高いのだ。
ましてや風なんて吹かせたら逆に酸素の供給を補助してしまって一層燃え盛ってしまうのが常識なのだが、どうなっているのか。
「いきなりなんという事をしてくれるのじゃ!!」
が、それを考える前に燃えてた女の子がクワッと眼を鋭く睨み付けながら、甲高い声で俺への糾弾を開始した。
「何があるか確認もせんといきなり魔法を、それも燃える水までぶん投げて攻撃してくるなど行動が斜め上にも程があるのじゃ!!」
「……のじゃ?」
「まず初見のフロアへ進入するなら慎重に慎重を重ねて空間の把握が何よりも優先じゃろうに攻撃するにしてもどんな相手が存在するかどんな攻略法が有用かそもそも相手が敵性なのかどうか調べて不用意な行動は厳禁と定めておくのが迷宮攻略の定石じゃろうにそれをよう確認もせんと人畜無害で可愛らしい妾に向かって酷い真似をしよってジャ○プ弁償するのじゃバカぁーーーーー!!」
「ご、ゴメンなのじゃ?」
「妾の真似をするでないっ!!」
「すまんのじゃ」
「バカにしておるなおぬしっ!? ええいともかくおぬしが燃やしたジ○ンプ、早く買ってくるのじゃ話はそれからじゃ!!」
「へっ、今から?」
「当たり前じゃ、人の毎週の楽しみを無惨に奪いおってからに……!!」
全体的に黒く煤けたのじゃのじゃ言ってる女の子はプンスカという擬音が似合いそうな感じでお怒りになられていた。
まあ、読んでる途中の雑誌を突然読めなくされたら誰でも怒るだろう。
何故ダンジョンの内部でジャ○プ読んでるのかはホントに意味不明だが。
「わかったわかった、言い分は分かるし非も完全にこっちにあるし、言うとおりにするから」
「分かればよいのじゃ」
とりあえず色々と聞きたいが、話をするにはまず弁償しなくてはならないらしいのでひとまず置いておこう。
お前は誰なんだとか、なんで燃やされて平気なんだとか、なんでダンジョンでマンガやねんとかぶっちゃけ今すぐ聞きたいのだが、それは止めた方が良さそうだ。
こっそりこの女の子を《鑑定》してみたのだが、これ以上機嫌を損ねて戦闘になったらヤバい。
[????? LV.?? HP1853/1853 MP3344/3501]
・半吸血姫
種族 ダンピール
・???
妨害でもされているのか、それとも単純にレベル差があるからなのか、《鑑定》の表示が認識不能な部分ばかりになっている。
かろうじてHPとMPは確認出来たがそこがまずい。まさかの四桁表示ですよ。
名前やレベルは認識不能だがそれだけで確実に勝てないと判断出来る。
先程の風魔法にしたってスキルレベルがどの程度あればあんな芸当が出来るのか…………10や20ってレベルでは不可能に思える。恐らく相当に高レベルの筈だ。
あとは種族か、半吸血鬼を確かダンピールと呼ぶんだったか、そんで半吸血姫ね……ハイネスってぐらいだから、やんごとないご身分なのか、それとも単純に高ランクな人型モンスターなのか。
どちらにしろまともに戦えば絶対に現時点では勝てない相手だろう。
第五階層なんて浅い場所に居て良い奴じゃ無いだろコレ。まさか負けイベントとか言うんじゃ無いだろうな。
「じゃ、とにかく読んでた物を弁償すれば良いんだな?」
「そうじゃ、急いで行ってすぐに戻ってくるのじゃぞ!」
「わかった、じゃあ一旦戻る」
「あと少○ミも買ってきて欲しいのじゃ」
「待て、なんでしれっと追加要求を出す!?」
流石に少コ○のような少女漫画雑誌を購入するのは難易度高い。
「肉体にダメージは無いがの、それでもいたいけで可愛い乙女相手に開幕ぶっぱとかする奴に遠慮は要らんと思うての」
火炙りにされて煤けるだけの存在をいたいけとは言わない。
確かに顔は可愛らしいが、今はド○フのコント並みに真っ黒な墨塗りされてるしちょっと判りづらい。
「そのくらい構わぬじゃろうに、お金なら出すのじゃ、えーと……はい五百円、おつりはちゃんと返してもらうからの」
《アイテムボックス》らしき空間に手を突っ込んで、どこぞのおばあちゃんが使ってそうなガマ口財布を取り出して、そこからなんの変哲も無い五百円硬貨を取り出して俺に受け渡してきた。
普通にスキル使ってるし、ホントに良く分からん子だ。突っ込みたい部分が多過ぎてどう反応したら良いのかわからない。
それを聞きたいならとっととパシられろって事らしいので、仕方ないので一度外へ出なくては。
「ところで」
「なんじゃ?」
「えーと、名前は? 一応、敵なのか味方なのか聞いておきたい」
「ふむ? そういえば名乗っておらんの、誰かさんのせいで自己紹介をする出鼻を挫かれたのじゃ」
ふんっ、と呆れた口調で息を吐いて、金色らしいサイドポニーをぴこぴこ揺らす。
「妾の名はリーザスローデ。真祖たるフェリテシア、そして覇者たる者の血と真名を受け継ぎし者よ!!」
「…………」
「フフフ……半人半魔たる我が身の宿命、この灼の左眼を見れば容易に理解出来よう?」
形の良い眉をキリッと吊り上げ、勝ち気な両方空色の瞳を真っ直ぐ俺に向け、口元に笑みを浮かべながらクックックッ……と、笑い出すリーザスローデと名乗った女の子。
「いや、左目が赤とか言いつつ両方同じ色に見えるけど、えーと、空色?」
「………えっ、あっ!」
俺がそう指摘すると、リーザスローデは《アイテムボックス》から手持ちの鏡を取り出して自分の顔を凝視し、間違いに気付いたのかちょっと煤けて判りづらいが頬を赤くしながら後ろを向いて何やらやりだした。
体勢をずらして覗き込むように見てみると、どうやら顔をきちんとタオルか何かで拭いて、それからコンタクトレンズらしき物を装着しているようだった。
「やり直し!! さっきのは間違いじゃ!!」
「あ、うん」
振り向いた時には右目が空色、左目が血のような赤い色のオッドアイになっていた。
煤けた顔も拭いて、ちゃんと綺麗な白い肌の可愛らしい女の子になっている。歳は、由芽よりは年下っぽい。
「……………」
「……………」
やり直しと言っても先程の口上をまたやるのは憚れるらしく、微妙な空気が流れる。
「……えーと、とりあえず、また戻ってくるから」
「……わかったのじゃ、よろしくなのじゃ」
なので俺は逃げるように一旦ダンジョンから離脱するのだった。