1-19『親父のダンジョン第四階層その2とオカンと化す妹』
「……思ったよりも広いな」
慎重に移動しつつ第四階層を進んでいる訳だが、思いの外広いフロアだと実感し始めていた。
第三階層よりも分岐が複雑なのもあるが、罠による足止めもあって踏破に時間が掛かりそうだった。
まあ、とは言うものの、油断さえしなければ時間が掛かるだけではあるのだが。
「やっぱりレベリングしといて正解だったな、モンスターが出てきても問題にならないし」
過剰なまでにレベリングをした結果、第四階層でのモンスターとの戦闘はもはや作業でしかなかった。
一応新たに出現するようになったモンスターとして全長一メートルほどのネズミと何度か戦ったのだが、特に手こずる事もなく勝利している。
[ジャイアント・ラット LV.4 HP28/28 MP0/0]
・大鼠
種族 哺乳類系
・異常な程に肥大化した身体をしたネズミ。非常に貪欲な食欲をしており、自身よりも大きな生物であっても補食しようと襲いかかる獰猛さを持つ。
初戦で《鑑定》を行った瞬間はちょっとビビったものの、ネズミとしての素早い動作なのかと身構えていると想像以上に鈍重な動きだったので、襲われても対処が余裕だった。
一応、トカゲよりはしぶとかったのだがはっきり言って大差は無い。単純に殴るだけで仕留められた。
とはいえ、順当に階層を降る毎に強いモンスターが出現するようになっているのは間違いないので、簡単に仕留められたのは本当にレベルが高くなったからでしかないだろう。
親父が言うには、各階層の攻略レベルの目安は一階層毎に一レベル増えるという単純なものに調整しているという話だったし。
それを踏まえると俺はこの時点でトリプルスコアで到達目安を上回っているのだ。苦戦する訳がないよね。
なので、結局は罠にさえ注意していれば、この階層で苦労する事は踏破に掛かる時間ぐらいのものだった。
ちなみに、ネズミの経験値はレベル4の個体を仕留めて16だった。トカゲより効率悪い。
それと、罠についてはあのふざけた股間クラッシャーというものの他には定番の落とし穴を発見している。
落とし穴と言っても深さは二メートルも無いし、底には危険があるようなものではないただの穴だったが。
ちなみに落ちてはいない、床の色が違う場所を金テコでつついたら床が崩れて穴になったのだ。穴の直径は一メートル程度だったので、落ちても自力で這い上がれると思う。
「とりあえず、階段見つけたらさっさと降りるか。特に何がある訳でも無いだろうし」
俺はこの階層をさっさと終えるつもりで進んだ。隅々まで調べた所でそんな重要な物も見つからないだろうと判断したのだ。
次、第五階層は区切りになっていそうという考えがあるのも理由のひとつだ。
「隅々まで探すなら宝箱が出現する階層からの方が良いしな、第四階層は罠が初出現だったし、おそらく宝箱は無いだろ」
なんというか、ここまでの傾向から親父は順次ダンジョンの要素を発生させているのに気付いたのだ。
第一階層はチュートリアルとして、第二階層ではちゃんとした戦闘、第三階層ではマッピングが必要になるフロア。
そして第四階層では罠が解放されたので、次の第五階層では予想として宝箱が出現する筈だと俺の勘が告げている。
そうだとしたらさ、とっとと進むのが正解じゃないですかね? レベルは十分足りてるし。
そういう訳なので、俺は罠に引っ掛からないように慎重に、そして出現したモンスターを片手間で排除しつつ第五階層を目指した。
第五階層へと降る階段を発見したのは、時間にすると早朝、第四階層攻略開始から実に十時間ほど経過してからだった。
◇◆◇
「あれ、お兄ちゃん今日は早いね、おはよ」
「………………おう、おはよう」
まさか日が昇る時間まで攻略する羽目になるとは思わず、眠気からどんよりと低いテンションでリビングのソファーにぐったりしていた俺は、由芽からの朝の挨拶に返事をした。
「あれ、もしかして寝てない?」
「……おう」
「……徹夜したの? 今日平日だよ?」
「………………」
知ってる、学校行きたくねぇ。
違うんだよ、ホントは日付が変わる頃には中断しようと思ってたんだよ。でも調子に乗って奥まで進んでたせいで戻るよりは階段見つけてそこから帰還した方が早いと思ったんだよ。
「結局、こんな時間まで発見できずにうろつく羽目になったけどな!」
「うわぁ、バカだ」
「うっさいよ! あんなん誰だって判断間違うわ!」
絶妙に戻るのが面倒な距離で撤退予定時刻を迎えちゃったんだよ。なら進むしかないじゃん。
「いや、そこは決めた時間に戻れるようにもっと前の時間から戻り始めるでしょ。なんでギリギリまで奥に進んでるわけ?」
「……いや、すぐに見付かると俺の勘がね?」
「お兄ちゃんの勘って……特定の事にはふざけた的中率だけど普段はまるで役に立たないじゃん」
由芽が俺をいたわってくれない。悲しい。
「とにかく、徹夜までしちゃって辛いかもだけど、学校はサボっちゃだめだよ?」
「えぇ……休む気満々だったんだが」
「ダメ、そんな事で学校休んでたらお兄ちゃん、将来社会不適合者一直線だからね!」
「えぇ……」
妹が母親のような事言い出してる。眉を吊り上げて、まるでダメな子供を叱るような表情で俺を睨むのだ。
「なあ由芽、学業というのはな、日々の積み重ねによって成果の出る事ではあるけれど、こうは考えられないか? 時には休息が必要であり、それは任意のタイミングで行うべきだと……」
「いや思わないから。お兄ちゃん、そんな考えだとお先真っ暗だよ、近所の太郎さんみたくなっちゃうからね」
やめろ、ニートの太郎さんを引き合いに出すのはよせ。人格的には悪い人じゃないんだぞ!
「それにお父さんにも言われたでしょ? ダンジョンだけに傾倒しないで普段の生活はキチンとこなせって」
「……そうだっけ?」
「そうなの!」
はて、そんな事言われただろうか。とりあえず親父は俺にダンジョンの攻略させて、細かい調整の助けになれば問題無さそうだったと思うが。
まあ、色々あるんだろうなとは薄々感じているが、親父が話すまでは適当に頑張っていれば問題ないと思ってたし。
「ぶっちゃけ、親父がこのダンジョン経営して会社も立ち上げた訳で、つまり俺の将来は学歴に依存しなくなるのでは……?」
「そういう考えがダメでバカって言ってるんだけどっ」
「えぇー」
そんなムキになって否定する程かね。正直そこまで有意義とも思えない所に毎日通うのが苦痛なだけだが。
「……まあ、ここでサボりを強行しても由芽に嫌われてしまうのでちゃんと通学するとしよう」
「……わたしじゃなくてお父さんが言ってたらサボってた?」
「間違いなく仮病を使ったな」
「…………ああうん、そう……」
人がやる気になったというのに不服なのか、由芽は若干引いたような顔で俺から離れていった。
とりあえず寝る時間ぐらい学校でも確保は容易だしな、準備するとしよう。