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妹話『控え目に言って変な人のわたしの兄』



「……はぁ」


 今年度の終わり、つまり年が開ければ高校の入学試験が控えた中学三年生である私にはちょっと人には言い辛い悩み事がある。


「ユメー、またため息出てる」


「ん、ゴメンちょっとね……それより教えた問題解けた?」


「バッチリ、さすがユメ」


 放課後、市内の図書館へと友達である愛理エリと共に訪れて受験勉強をする事が今年になってからの日課となっていて、今日もそれによって女ふたり、真面目に勉強をしていたという事だ。兄に言わせると私は「頑張らなくても出来る子」らしいがそんな事は無い。単純に兄が知らない所で勉強しているだけなのだ。まあ以前言った通り、無理な高望みはするつもりないので余裕を持って励んでるといえるけれど。


 図書館へ訪れる日課とには日によって他の友達も参加する事もあるけれど、今日は愛理とふたりだけで、だからこそため息が漏れた事が目立ってしまったのかもしれない。


「それで、なにか悩み事?」


「エリ、ちょっと声大きいよ」


「おっと……」


 図書館を利用している人は少ないながら何人かはいるので、あまり大きな声で会話をするのはマナー違反になる。指摘された愛理は声量を抑えてコソッと同じ事を思うと再び聞いてきた。


「ユメがため息するほどって、けっこうな悩みでしょ、どしたの?」


「……いや……えーと」


 愛理は悩み相談を受ける気満々と言った具合に、身体ごと顔を耳に寄せて耳打ちするように話し掛けてくるけれど、正直友達に言うのはちょっと憚れる。


 だって、私の悩み事って家庭の事情ダンジョンの事だし。


 流石に言えない。お父さんの話ではあと少しで情報を一般公開するって話ではあるけれど、それ以前に私の口からダンジョンがなんとか魔法だスキルだとか言えば、私まで変な子扱いを受けてしまう。兄が兄なら妹も所詮は妹か、とか言われたら流石に泣ける。


「なんでもないから、大丈夫だよエリ」


「ホント? 我慢してない?」


「してないしてない」


 別に我慢をしている訳ではない。ちょっと不安なだけなのだ。


 生活環境が一変するんじゃ無いだろうかとか、そういう事もあるのだけれど、はっきり言ってしまえば私自身はどうとでもなると思っている。


 兄はちょっと穿った見方をしていると思うけれど、私達のお父さんはけっこう頼りになる。ああ見えて子供二人を、お母さんが居なくなってからきっちりと育てている訳で。お父さんが問題無いと言うならきっと大丈夫なのだ、そう信じるのにはなんの抵抗も無い。


 まあ、兄は変な方向へ成長してしまった感じはあるけれど。それはお父さんには責任の無い所なんじゃ無いだろうか。


 話がそれたけれど、私の悩み事とは兄がどうなるのかという事だ。


 脳ミソがファンタジーな兄が、マジもんのファンタジーに触れてしまって、どうなってしまうのか見当も付かないのがちょっと怖い。


 どっぷりハマり過ぎてネットゲームの廃人さんみたいな感じになったりしないだろうか?


 ただでさえコスプレ用途のアニメデザインシャツとか街中で着ちゃう服装センスなのに甲冑とかボロボロのマントとか身に付けて人前に出たりしちゃわないだろうか。某黒の剣士の格好ぐらいなら余裕で真似しそうなのが怖い。


 あまりにファンタジーな世界に浸かり過ぎて現実見なくなったらどうしよう。兄は友達のひとりも居らず、学校でもクラスからハブられているらしい。交遊関係といえばたまに近所に住んでる無職の人と遊んでるぐらいで人間関係が希薄なのだ。


 そんな状態なのにダンジョンなんて兄好みの遊び場を提供するのはどうなのか……いや、お父さんも仕事と言っていたし必要な事なのだろうとは私も分かっているけれど……問題はあの兄が学業そっちのけで入り浸ってしまうんじゃないかと危惧している訳で、ただお父さんも定職から離れてまで始めた事だし、なんとなく仕事だから・・・・・という理由以上の事情もありそうなので、強く言えない所もあり、とりあえずは様子見しつつダメそうなら進言する、そんなスタンスて居るしか無いだろうとは自分の中で結論を出しているのだけれど不安なのは変わらない訳で。


「ユメ、ユメ……眉間に皺寄ってる」


「へっ?」


「聞いてるのに黙ったままなにか考えてたみたいだけど、そんなに困る事なの?」


「うっ」


 どうやら考えている内に顔に出ていたらしい。


 人に言えることでは無のに“困ってるから話を聞いて”と取られかねない表情をするのは油断したと思う。どうしよう。


「ええと、ホントに大丈夫だから」


「言えない事なの?」


「いや、言えないとかじゃないけど……」


「……あー、もしかしてユメのお兄さんの事?」


「違っ!?」


「あーうん、わかった、言いづらいよねゴメン」


 愛理は何か察したように、くっつけていた身体を離れさせて生暖かい目を向けてきた。


 ……くそぅ、なんで私の悩み事イコール兄という図式をすぐに考えるんだ。


 もっと言うと間違ってもないのが腹立たしい。


「ユメのお兄さん、シスコンだもんね、また何かあった訳だ」


「…………いや、何かあった訳じゃないけど……っていうかお兄ちゃんの事とは言ってないんだけど!!」


「ハイハイ、分かったから静かにねー」


「ぐぅ!」


 こうなってしまえば愛理は否定しても受け入れる事は無い。何故かといえば私の言い分に説得力が無いからだろう、たぶん。実際ドンピシャで正解を射ぬかれている訳で、気恥ずかしさから否定しても暖簾の腕押し状態でちっとも堪えない。


「で、今度はどしたの?」


「いや、だから……」


「前回はたしか、スケベの前川討伐騒動だっけ」


「…………確かそうだけど」


 やはりというか愛理は否定をしても受け入れてくれなさそうなので、兄の事という事で話を合わせる事にした。別段、今の悩みは兄が何かやらかしたという訳では無かったのだが、ダンジョンの事を聞かれるよりは良いと仕方なく話に乗る。


 スケベの前川というのは、本来私のクラスの担任となる筈だった男性教諭の事だ。


 簡単に説明すると、その前川先生という人が私のクラスの担任となる寸前、夜の学校に忍びこんだ兄が盗撮用カメラを設置する先生を動画で撮影し、逮捕と退職に追い込んだ出来事の事を差す。


「あの騒動、ニュースにまでなったもんね、ユメのお兄さんの名前は未成年だし伏せられてたけど」


「……あれは特に酷かった、お兄ちゃん考えなし過ぎるんだもん……」


 流れとしては、前川先生を目撃した兄が「アレが担任だとう!? あのスケベ面に由芽を任せるなんて出来る子訳がない!!」と兄と面識もない筈の前川先生──兄は同じ中学の卒業生だが前川先生は兄の卒業後に赴任してきた──が学校内で盗撮行為をしていると断定し、張り込みを開始してホントにカメラの回収に来た先生を目撃したので持っていたスマホでその様子を撮影した後、回収途中の盗撮カメラも強行して強奪。


 発覚すれば人生終わる先生も必死だったらしく、兄はスマホとカメラを守りながらぼこぼこにされ、しかし警察を呼ぶのには成功したらしく最悪の事態になる前に御用となったそうだ。


 いろいろとツッコミ所が満載だし、物凄く危険な行為だし、そもそも兄も母校とはいえ学校への不法侵入しているので警察の人には保護者呼び出しで厳重注意を受けていた。温情で兄の学校では不問となり、停学や退学にはならなかったけれど正直危ない所だったはず。


 そもそも、始めに盗撮やってると決めつけた根拠が兄の曰く「勘。やってそうな顔をしていた」というむちゃくちゃな言い分だった訳で、最初から訳が分からない。


 濡れ衣だったらどうしたのか、それに何かの間違いで先生が凶行に及んだらどうしたのか。携わった警察の人やお父さんに散々説教されて泣きそうになっていた兄だったけれど、反省しているかはちょっと疑問だった。


 昔から兄は私の事となると見境が無いのだ。いや、ホントに、常識とかいろいろ無視したらいけない物を無視してしまうレベルで……。


「ユメ、かわいいもんね、お兄さんからしたら気が気じゃないんだろうね、そのうち襲われるんじゃないの?」


「いやいやいや……」


 流石にそれは無いと信じたい。兄が馬鹿な行動を起こす原因のほとんどは自分だと自覚はしているけれど。


 兄はあれでけっこう節操がないタイプで恋人として付き合えるならどんな女の人でも問題無い、とにかく相手が欲しいだけの人だったりする。まあ、恋人を作る事に成功した事は無いみたいだが。


 つまり恋愛対象はきちんと血の繋がらない人に向かっているという事だ。悲しい事に誰も相手にしてくれていないようだが。


 まあ、恋愛経験については私も人の事は言えないので置いておくとして、端的に言えばがっついててエッチな事に興味津々な兄が私を対象にしているとしたら、お父さんが黙って無いんじゃないのだろうか?


 少なくとも手を出された時点でお父さんに全て話して兄に制裁を加えて貰うぐらいは私はする。そこに容赦は無い。


 一応、そんな事は無いと信用しているのだ。一週間ほど前に目付きがヤバかった瞬間があったけれど、それは稀に起きる事なので気にしていない。


「でもさ、ユメってお兄さんの事は好きなんでしょ? なんだかんだ言って」


「うん、当たり前じゃん」


「やー、当たり前なのかな、普通はそんなはっきり答えなんじゃない?」


「そうかな? でも、別に変な意味じゃないし」


 でなければ冗談でも履いてる下着をチラ見させるとかはしない。からかってコミュニケーションとるぐらいが丁度良いと思っているだけだ。


「話聞いてるとお兄さんはホントに変な人だけど、ユメもどっちかと言うと変な子だよね」


「いやそれはちょっと待って」


 流石にあの兄と同列はやめて欲しい、自分は一応普通の範疇の存在のはず……。


「いやいや、あのお兄さんの妹を嫌がらずにやれてるだけで十分すごいから」


「え、えぇ……」


 愛理の言い分は私からすると酷い言いがかりなのだけど、なんだろう家族以外の人からみたらそうなのだろうか。


「お兄ちゃんは確かに変だけどさ、ちゃんと良いところもあるし」


「わかったわかった、そんなむくれないのユメ」


「知らない、そんな事言う人にはもう勉強教えて上げない」


「ちょっと!? それ関係ないじゃん!?」


 その後、愛理は私のご機嫌取りを暫く続けていたけれど、少なくとも今日ぐらいは謝らせておこう。人の事をからかうならからかわれるのも覚悟しておくべきなのだ。


「ゴメンってばー、ここわかんないユメー!」


「しらないー図書館では静かにー」


「ねーってばぁ!?」


 兄の事をからかわれたのはともかく、悩みとなっているダンジョンにまつわる事はどう処理するべきか。


 以前はああ言ったけれど、私も兄に付いて潜った方が良いのだろうか? どうもひとりにして放置しておくと、変な事をやらかして巡りめぐって私にとばっちりが来そうな気もするし。


 お父さんにはそれとなく止められているし、潜るにしてもそこまで時間が取れる訳でも無いけど、ちょっと聞いてみた方が良いのかもしれない。


「一応、家族ぐるみの話なのに私だけあんまり関わってないし、それが嫌なのかも?」


「ユメー聞いてるー?」


 ともかく、もう少し考えて、私にも何か出来ないか探してみよう。


 まずはそれからだと思い、私は愛理の声を聞き流しながらノートへの書き出しを再開した。




親父「息子がバカやったらしいけど、穏便に済ませてクレメンス」


委員会「おかのした」

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