1-10『何故か俺にフラグが向かない件』
「とりあえず、上がって下さい」
「あ、はい」
ヤンキー着火事件の後、俺は彼らに絡まれていて、そして俺が放った《火球》をばっちり認識してしまった女の子を連れて自宅へと戻った。
お持ち帰りしてきました。
いや、邪な気持ちはちょっとしか持ち合わせていない。きちんと理由はあるのだ。
「と、とりあえずさっきも言ったけど、親父に色々確認しないと説明して良いのかも判断出来ないからちょっと待ってて欲しい」
つまり、目撃者をどうすれば良いのか自分で判断つかなかったので家にご招待したのである。
一応事前に親父へは電話連絡を行ったのだが、生憎と応答して貰えなかったので仕方ない。
目撃者は消す……とかそんな危険な判断は下されないと思うし、そもそも正確な期日は不明だが後日全世界へ向けて公表される力な訳だし、連れてきた彼女の生命への危険も無いと思いたい。
『あれですか、私はこのまま決して明かされる事の無い世界の裏側で起こっている闘いに巻き込まれてあんなことやこんな事がっ、異能力バトルのヒロイン的なポジションになったりならなかったり!?』
家に招く道中、彼女は顔を紅潮させて鼻息混じりにこんな事を捲し立てて来たが、たぶんそこまでじゃないとは思いたい。
……ないよね?
まあ、個人的にはね、始まったばかりのダンジョン攻略の日々に対する華になってくれたのなら俺はとてもとても幸せになれるとは思うがね。HAHAHAHAっ!
まあ、ダンジョン云々はまだ教えていない……と言うか先程も言ったように独断で第三者へ正式発表前にスキルや魔法について公表するのはまずいとは流石に分かるので、パートナーになってくれないかなとは思いつつ現在は親父の判断次第でどうするか決めるつもりである。
なんとか言いくるめてパーティーメンバーにするんだ。俺は連れて来た彼女をリビングのソファーへ座るように促しつつ心の中でそう決意した。
「と、とりあえずゆっくりしてて欲しい。不安かもしれないけど危ないことはないから」
「はいっ、お願いします!」
彼女も見る限り関わりたいと思っている雰囲気が良く分かるし、大丈夫なんじゃないかな? ふふっ。
それからしばらくして、親父が床下収納から薄くなった頭を出現させるまで彼女とフレンドリーに会話を試みていた。
「ただいま」
「へ?」
「ちゃんと帰ってきたか親父、携帯ぐらい確認してくれよ、連絡したんだぞ」
「そうなのか? すまんその辺りも改善しなきゃな……ん?」
「え、床から出てきた? 地下室?」
「伸、彼女は?」
「その事でちょっとな」
本日はきちんと戻ってきた親父と対面しつつ事情を説明。ダンジョン外で魔法が使えた事、その際連れてきたこの女の子に目撃されてしまった事を簡単に説明し、判断を仰ぎたかったので同行して貰った事を伝える。
「……なるほどな、お父さんもそういう経験あるが、中々判断に困るんだよな、それ……」
「で、親父の判断としてはどんな感じなのよ?」
「その前に、能力制限が機能していなかったのは間違いないんだな、伸」
「ああ、お陰でいらない罪を作ったぞどうなってんだよ」
あれは酷い事件だった。あの火傷ではあのヤンキー兄さんの髪の毛はもう……。
「ふむ、ちょっとそのままじっとしていなさい調べてみよう」
「お、おう……」
そうやって親父は真っ直ぐに俺へと眼を向けて、何事かを小声で呟いたと思ったら、左目の色が金色へと変貌する。
え、なにそれ。
「すぐに済む。 ──我、森羅の理への鍵を眼に宿す──開け、《アジェトの左眼》」
何かスキルを発動させたのか、金色へと変貌した左眼からさらに幾何学的な紋様が浮かび上がって輝く。ヤバい、話には聞いていたけど、親父が強キャラっぽい属性を発生させているのを初めて見たので困惑する。
ゴメン親父、すっげぇ似合わない。魔眼系の能力使えるらしいのはわかったけど中年カジュアルポロシャツとスラックス姿のおっさんが片方金色の瞳なオッドアイはビジュアル的にキツイです。
「…………」
「………………」
しかも基本的にはそのオッドアイで見詰められてるだけで何かが起こる訳じゃ無いのがもうね。
いや、たぶんそのなんちゃらの左目って能力で俺を見て調べている《鑑定》とかそっちの類いの能力なんだろうなってのは分かるんだけどさ。
「…………ふむ、なるほど」
「ぶふっ」
十秒程見詰められて、それで済んだのか親父は右手で左目を隠す動作からの払うように右手を振ると左目は元の黒い瞳に戻っいた。
やめて、なにさっきの何処かの反逆皇子みたいな仕草、我慢出来ないで吹き出しちゃったじゃねぇか。
「伸、どうやらお前には能力制限の呪いが効かなかったらしい」
「……そ、そうなんだ、それで?」
「人助けをこっそりするぐらいなら黙認するが……極力目立たずバレないようにな?」
「それだけかよ」
制限効かないから他の方法で能力封印しますねー、よりは個人的にはマシだが、良いのかそれで。
「共々、力に溺れて横暴になる奴が多発するだろうから設けた制限だしな、お前は特に問題無いだろう、一応信頼しているからな」
「……また身内贔屓?」
「家族としての信頼だよ、贔屓じゃない」
ひねくれた意見を出すなら家族からの信頼信用ってそれこそ贔屓でしかないんだけどね。
とりあえず、そうは言っても信頼されて処置されないのならちゃんと自分で制御しなくてはいけないって事になるし、気をつけないとダメだね。今日のような事は二度と起こさないように心に誓おう。
「さて、待たせたねお嬢さん」
「あ、いえ大丈夫です」
俺の事がとりあえず済んだので、次は待って貰っていた女の子の処遇である。
「とりあえず、色々と説明はするけど、話す事は近い内に一般人にも広く周知される事なので特に秘密にするような事は無いんだが……そうだな、伸……息子が市街で能力を使ってた事はなるべく言って欲しくないかな、普通は特定の場所以外では能力は使えないという設定にするから例外が居ると言い回られるとちょっと面倒だし」
「は、はぁ」
ダンジョンの事や魔法をはじめとする能力に関してかいつまんで説明する。その途中、親父がダンジョンマスターである事も教えた(別に秘密でもなんでも無いし顔出しもオーケーらしい)のだが、それから空気がおかしくなった。
「付き合って下さい!」
「……はい?」
「魔法! スキル! ダンジョンマスター!! 私の理想そのものですなんでもするからお付き合いをお願いします結婚前提でっ!!」
「…………息子と?」
「もちろんおじさまと、あっ、これ私の電話番号とSNSのアドレスです」
鼻息荒く眼をキラキラさせて親父を見詰め、自身のスマホを両手で親父へ捧げる美少女がそこに居た。
おかしいな、彼女は俺がフラグを建てたはずなんだがどうして親父ルートへ?
「そういうの大好きで憧れてたんですっ、さっきの魔眼? もめちゃめちゃカッコ良かったですしっ、お、奥さんに内緒でも良いから……」
変なテンションの美少……もういいや、変な女はアホな事を抜かしつつ親父へ色目を使ってた。
顔を向け合った親父は真顔だった。たぶん、俺も真顔だった。
親父は、疲れた顔で溜め息をひとつ吐いて何処からともかくサングラスをふたつ取り出した。アイテムボックスだろうか。
「面倒だな……伸、これ掛けて」
「ん、おう?」
言われた通りサングラスを掛ける、見ると親父も同じようにサングラスをしており、それからまた何処からか取り出した万年筆のような小さな棒を取りだしてアホ女へ見せていた。
「え、あのまさかそれは」
「はいこれ見て。……《忘却》」
親父の声と共にピカッと一瞬ペン先から光が放たれ、サンクスをしていなかった彼女はその光をモロに直視してしまったようだ。
「…………はぇ?」
「親父?」
「忘却の魔法具だ、本当は必要ないと思って使うつもりなかったんだが、ここ数時間の記憶を忘れさせたから外へ放流しておきなさい」
「…………」
「ダンジョンでも落ちてる事があるが見つけても悪用はするなよ?」
ピカッて光って忘却させるとか例の宇宙人対策機関の装置っぽいけど、わざとだろうな。サングラスも鑑定すると忘却光専用の無効化装備だし。
「親父、悪用するなとか言いつつ、言い寄られるのが面倒臭くて使った親父はどうなんだ……」
「…………この手の女の子ってな、半端な対応だと取り返しの付かない事態になるまで追い詰めてくるんだよ、お前もその内分かる」
いや、なにそんな疲れた顔でしみじみと語ってるんだこの人は……。
……その後、ぼけっとしたまま虚ろな表情をした女の子を家の外へ出して、ちょっとこの状態の娘を道端に置き去りにするのは憚れたので手を繋いで近くの公園のベンチにでも誘導しようと歩いていたのだが。
「な、なんですか? ちょ……ここどこなんで手を握ってるの触んないで!!」
「ぶへっ!?」
道中、正気に戻ったらしい彼女からビンタを頂いて、そして彼女は走って逃げた。
俺の良心は踏みにじられて、期待した想いは嫌悪感で終わった。俺、そういえばあの子の名前すら聞いてねぇや、ははっ。
「……あんまりだ」
期待したフラグは何故か親父へと移行して、叩き折られてビンタをプレゼントされたでござる。
俺、今日は泣いて良いと思うんだ。
たぶん二度と出て来ないアイテム解説
【忘却のライト】
・中級魔法具
対象:単体~射程内複数(効果範囲、約五メートル)
効果:発動させた光を直視した対象の記憶を直前数時間分忘却させる。忘却する時間は個体差がある。
【エージェントグラス】
・装飾品(特殊)
説明:フラッシュ系の盲目を防ぐ他、《忘却光》を防ぐ特殊効果を付与されたサングラス。
能力が限定的な割に、特殊任務官への支給品であり非売品、非ドロップアイテムの為に入手は非常に困難。