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1-9『やつの名前は着火マン』



 翌日、昨日のなんやかんやで自身の常識や家族を見る目が激変しようと日はまた登り、新しい朝が来て平日なのだから高校生たる俺としては所属する学校へと登校しなければいけない訳で、つまり親父のダンジョンにまつわるあれこれは日中は特に何事も起こらず学業に勤しむのだった。おわり。


 いや、学校では特に語る事が無いのだ。別に親父がダンジョンマスターになろうが自宅に迷宮が忽然と現れようが妹のパンツを拝もうが、それを周囲の同輩達へ言いふらす俺ではない。


 違うんだ、話す相手が居なかったとかじゃないんだからねっ。常識的な観点から黙秘を行使しただけなんだから!


 そういう訳で俺の楽しいスクールライフは本筋とは関係ないので割愛する。現在は放課後帰宅途中の寄り道の最中である。


 目的地は最寄りの駅前にある書店だ。近年、ネット環境の充実化とコンテンツの拡充によりすっかり下火となってしまった本屋さんではあるが、まだまだ需要は存在するし、Web小説以外は紙派を気取る俺としては親しみの持てる場所である。


 まあ、今回はサブカル関連の漫画やらラノベを買いに来た訳じゃあないがね。


「……医学書って高い」


 目的は昨日、ステータスのスキル詳細で確認した魔法の修得条件、《解毒》と《解麻痺》を覚えるのに必要らしいスキル《医学》の獲得に役立ちそうな本を購入しようと思ったのだ。


 なんとなくだが、単純にダンジョン攻略をしているだけでは獲得出来なさそうなイメージを持ったので、ダメ元でも構わないから素の知識として医学に関して理解が広がればスキル獲得出来るのでは、と思っての来訪である。


 ぶっちゃけスタート直後だし、まだ必要無いのだろうがバッドステータス解除の魔法は半必須じゃないだろうかというのが俺の認識なので、可能なら今のうちに修得しておきたかった訳だ。治療系のアイテムも用意はされているだろうけれど、必要な時に在庫が無いとかいう事態も考えられるし見えてる修得条件なら埋めておきたいし。


 とは言うものの、千円ぐらいで簡単な奴で良いから買えないかなー、という物の価値を知らない無知な少年、俺氏は専門コーナーにならぶ数々の医学書の価格に軽く驚愕している。なんで二万円とかするのまであるんだよ……。


 正直、大半は手が届かない。そしてなんとか購入出来る価格のものだって買ってしまえば月々貰っている小遣いのほとんどを使ってようやくといった所である。これは困った。


「………………よし、これだ」


 真剣に悩み、本当に必要なのか、ネットに転がってる知識と大差ないんじゃね? という撤退案すら視野に入れて吟味する。散々悩んだ果てに選んだ物は、手頃な価格であんまり分厚くない代物だった。


 通称、家庭の医学。さて、スキル獲得のきっかけになってくれるだろうか。


「あ、すいません領収書下さい」


 ついでに領収書も貰っておこう。親父に渡せば経費として落としてくれるかもしれない。これで抜かりは無かろう。




◇◆◇




 書店を出て自宅への帰路へとついた俺だが、この辺りは裏通りが多く、徒歩で帰ると大通りに沿って歩くよりも断然裏通りを細かく入り込む方が早い。まあ、地元民なので細かろうが太かろうが勝手知ったる自分の庭という感じなのだが。


 ただ、本日はその道中で珍しいイベントに遭遇した。いや、創作物ならテンプレも良いところな場面か。



「なぁ良いじゃんちょっと付き合ってくれって」


「どこ高? 奢るからカラオケとか行かない?」


「あの、すいません通して下さい……」



 なんと高校生らしき制服の女の子に三人がかりで柄の悪い連中が絡んでいるのをちょっと日陰の多い路地にて発見してしまったのだ。


 すげぇ、あんなの初めて見た、今時あんな連中居るんだな。


「…………」


「……あァ、なに見てんだ」


「あ、何でもないっス……」


「……チッ」


 ボケッと眺めていたらガン飛ばされてしまった。即行で眼を逸らしましたとも。


 情けない事この上無いが、ヤンキー三人はちょっと辛い。と言うかひとりでも手に余る。


 女の子には申し訳ないが、勝てない戦いはしたくないです。いや、そもそもヤンキー三人によってたかってとはいえ嫌がっているとは限らない、案外ノリノリで付いていくビッチさんの可能性も……。


「…………」


「…………ぉぅふ」


 駄目だ、めっちゃ助けて欲しそうにこっちを見ている。そしてけっこう可愛い子だった。どうしよう。


 ヤンキー三人は一度睨み付けた俺がまだその場から離れていないとは思っていないらしく、再びこちらへ注意を向けてくる様子はない。なら行けるか? とか考えたりはしない、不意討ちで仕留められるのなんでせいぜいひとりなのだ、その後の事を考えると酷い事になるだろう。


 うーん、困った、出来れば助けたいが……いや、もし救出成功したらお近づきになれるかもしれないじゃん? 実利はありそうなので介入も吝かではないのだが、成功率が著しく低くてな……どうしたものか。


 せめて昨日、ダンジョンに潜った時に上昇したレベルとスキルが使えれば踏ん切りもつくのだが。


 レベル二とはいえ、一般人の二割増しの身体能力があれば肉体スペック的に三人相手でもなんとかなるかもしれないし、魔法が使えれば普通に勝てる筈。


 ただ、ダンジョン外では能力制限されているからねぇ。いまここに居るのはまともにケンカもしたことが無いパンピーな高校生なんすよ。残念ながら。


「こう、手をかざして集中。 …………《火球》、と念じて撃ち出せれば物の数では……………」


 と、残念がりつつ手をかざして魔法《火球》を実際に放つイメージで念じると、拳大に燃える火の球が射出された。


「へ?」


 で、三人のヤンキーの内、女の子から一歩離れて見ているだけだった金髪ツンツン頭の兄ちゃんの頭部に着弾した。


「……熱ぢっ、え、ぎゃーーーーー!?!?」


「譲助っ、おま、燃えてるぅ!?」


「なんだ、なんで燃えた!?」


「!?」



 え、どゆこと。なんで出た。制限されてんじゃなかったのかよ!?


「わああぁあああっ!!」


 と、狼狽えている場合じゃない、流石に付け火はまずいでしょ!!


 俺は突然の事で混乱しているヤンキー達へ走り寄りながら着ていた制服のブレザーを脱ぎ人間マッチと化しているヤンキー兄さんに急いで被せて消火を計る。


「大丈夫ですかっ!! いきなりすいません失礼しました!!」


「熱っ、痛ェっ!! か、髪がぁあああ……!!」


「お、おいお前……」


「危険だと思ったので対処しました今から救急車呼びますからお静かにっ!! あ、ごめんなさい何処かでお水を買って来て貰えませんか火傷を冷やす応急措置が必要かもしれませんのでぇ!!!!」


「お、おう」


「えと……」


 下手人俺、勢いで救命行動をすかさず行いに来た善人のふりをする。


「痛い……髪が……髪がぁ……」


「だ、大丈夫か?」


「あー救急車お願いしまーす、はい、突然原因不明の自然発火によって頭髪が燃えて火傷を負った人がー……ええ、○○市の〇〇番地のー……はい、急いでお願いしまーす!!」


 俺は必死の表情で真剣に人助けをしているふりをした。火付け人が俺だとバレたら酷い事になるのは間違いないので必死なのだ。


 もちろん悪い事をしたと本気で罪悪感は感じている。消火に使って汚れたブレザーを取り払うと、酷い事になってたもの。たしかにヤンキーで柄の悪い兄さんだけどさ、女の子ナンパしていただけでこの仕打ちはちょっと酷い。


 やっちまったのは俺なのだが、全力でごまかしているのも俺なのだが……。


 すまん、本当にすまん。まさか魔法が使えるとは思わなんだ……。


 と、とりあえず《小回復》もかけておこう。《小回復》……念のためにもう一度《小回復》。


 あと、ペットボトルの水もお仲間が購入してきたので冷やす為に持っていたハンカチを湿らせて患部に当てておく。


 ついでに毛髪が焼失してしまった部分を隠す役割もある。いや、本当にごめんなさい。


「……わ、悪い……お前、さっき俺がガン飛ばした奴だよな……それなのに助けてくれたンか……良い奴だな」


「………………いえ、ソンナコトハ」


 やめて、心が痛い。報復怖くて誤魔化してるだけです。


「あァ、フツー出来ねェよな、カッケェよお前」

「オレらじゃ救急車とかすぐ呼べっかわかんねーもんな、サンキューな」

「……」


 そんな尊敬の眼差しを向けないで下さい罪悪感で死んでしまいます。



 ……その後、すぐに駆けつけた救急車に乗ってヤンキー達は去って行った。最後まで彼らは俺へのリスペクトを口々に語っていた。


 予想外の事とはいえ、酷い罪をおってしまった……。


 でもあの時点で逃げるのは論外だったんだよぅ、トンズラこいてたら下手したら死んでたんだし。



「…………あのぉ」


「……ん?」


「ええと、助けて貰えた……んですよね、ありがとうございました」


 あまりにも酷い事になってしまったのでそもそもの起因である絡まれてる女の子を助けたい、という事情だったのを俺はすっかり忘れていた。


「ええと、まだ居たんだ……お礼は良いんだけど、平気だった?」


「あ、はい、しつこかっただけで危害を加えられてた訳じゃないので……」


 ですよね、そこらへんは線引きできる分別あるヤンキーだったのだろう。もっと横暴で非道な奴らならこんな罪悪感まみれにはならなかったのだが、それは言っても仕方がない。


「大丈夫なら気をつけて帰ってね。あんまり女の子ひとりで歩いてたらだめだよ」


「はい、あのそれでなんですけど」


「はい?」


「あの火の球、なんだったんですか? もしかして、ぱ、発火能力(パイロキネシス)……?」


「……………おおう」


 やっべぇ、しっかり見られてやがる。


 どうしよう。


「どうなんですか、ちょ、超能力者? それとも魔術師ですかっ!?」


「………ええと、何処にでも居る普通の着火マンです」


「は?」


「ごめんなさいなんでもないです」


 とりあえず、親父に相談しないといけない案件だな、うん。




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