第八話『映像』
「カット!……ちょっと待っててくれ」
監督である菅原がカットをかけて、カメラを止める。
私は決められた立ち位置から動こうとして止められた。
「理奈動かないで!少し待ってくれ、美奈もな?」
そうしてしばし足を動かさずに待っていると、美奈が文句を言う。
「ちょっと正人!この体勢キツいんですケド!?」
「ちょっと待てって……よし!お疲れ~動いていいよ」
カメラチェックが終わったのだろう、菅原がこちらに手を振った。
カメラを片付けながら、お疲れ様~と私達に声を掛ける。
「さ~て、スタジオに戻って編集だ」
「…スタジオって云うより事務所でしょ、更衣室くらい用意してよね」
美奈が文句をつけながらワゴンに乗り込んだ。私もその後に続く。
どちらかと云えば、これからが仕事の本番だ。
────────
パソコンに向かい先ほど撮影した映像をいじる。
私達の声をボイスチェンジャーで変え、顔にボカシを加えていく。
「やってるコト、AVと変わらないわね」
「ははっ!違いない」
隣の菅原とボヤきながら作業を進めていく。
私達のスタジオが扱っているのは恐怖映像。
ネットで流れる『一般からの投稿』に見せ掛けたあり得ないモノが映った映像だ。
これを配信会社に売ったり、自前で流したりする。
一頃ほどでは無いにしろ、今もそれなりに需要があった。
「ホント、TVで嘘映像ってバラされたのはイタいよな」
そろそろ路線変更を考えないといけないだろう。
────────
「労基ってものを考えて無いでしょ?」
「まぁ…小さい所帯だからなぁ、悪いな」
美奈は配信会社との打ち合わせに出ている。いわゆる接待、女の子が行くとウケがいいらしい。
ま、私と違って美奈は愛想がいい事だし、私の方がパソコンに向いている。適材適所だろう。
誰も観ていないTVがゴールデンタイムを過ぎた頃合いで天気予報を始める。
「……なぁ、コレ、おかしくないか?」
「どれ?………え!?」
菅原に指差された画像を、私は食い入る様に見詰めた。
……なにこれ?
そこには
映るはずの無いモノが映っていた…
────────
「ぅえ~、コレってマジ?ホントに映っちゃたワケ?」
映像を観た美奈がかなり引いている。
実際にはたいしたモノでは無い。私達が加工している『有り得ない映像』に比べたら、かわいいものだろう。
「まぁ確かにそうだけどさ、本物だって思うと…ねぇ?」
「ただ、インパクトには欠ける。このままだと全然怖く無いし、ウチから出したって時点で偽物扱いだろうな」
恐怖映像なんて、今や信じる人が観るのではなく『よく出来てる』と技術面を楽しんでる節がある。
遊園地のお化け屋敷を楽しむ感覚だろう。
それはそういう需要だと割り切れば、本物の入り込む余地は無い。
それは短期賃借の部屋を使った撮影のものだった。数日~一週間ほどだけ借りる家具付の部屋。
こういう場所だと経費的に安くあがる。幾つかシーンを撮り溜めしてしまえばいいのだ。
加工前の私達が顔出しのまま、談笑しながら鍋をつついている。
映像はたまに全然違う方向に動いたり、無造作に床へ転がされたりする。こういった場面に『変なモノ』をはめ込んだりするのだ……いつもなら。
卓を中心に、カメラの向こうに美奈、美奈の左手に私が座っている。そしてカメラに背を向けた女性の長い髪と肩越しに私達は映されていた。
たまに画面が揺れて、少し開いたドアにピントがあったりする訳だ。
画像を眺めながら私は溜め息をついた。
「……こんなの、誰が信じる?笑われるわ」
「こうハッキリ映っちゃあね」
お分かりだろうか?
撮影は美奈と私、菅原の三人、持ち回りでカメラマン役を担うのだ。
そして内情をバラされたくない為にエキストラを使った事は一度も無い。
撮影時『髪の長い背を向けた女性』は存在しなかった。
卓にはカメラマン役の菅原用に小鉢や箸など並べてある。
コレが丁度『居ない女性』の為に置かれている様に映っていて、女性がハッキリ映っている事もあり、違和感がまるで無い。
「目立ちたがりか!?」
「…『コレが幽霊です』なんて云ったら、倒産するわねウチは」
「こんなんで路頭に迷うワケ?」
恐ろしい話だ…
────────
結局、『この女性はエキストラ』という事にしてしまい、別に恐怖映像のタネを仕込んで加工する事になった。
こうなると、カメラの位置が不自然なのだが、仕方が無い。
本来なら空いている美奈の右手側、私の正面にカメラがあれば自然なのだが…
「そうだったらコイツの顔も撮せたのにな~、ま、エキストラ代が浮いたからいいか」
菅原が苦笑する。幽霊はタダ働きらしい。
────────
「こちらにお伺いしたのは…直接関係無いとは思うんですが……」
黒田と名乗る恰幅の良い刑事は次の言葉を口にするのに少し間をおいた。
「……最近、全国で変死が続いてましてね?心臓マヒというヤツで事件性は無いし、お互いまるで繋がりの無い方々なんですが……どうもお宅の映像を観ているうちに…」
「え?ちょっと待って下さいよ、言い掛かりじゃないですか!」
まったくだ。
そんな事で容疑者扱いなんかされたら堪ったものでは無い。
「いやぁ、事件性は無い…と私などは思ってるんですよ?ただ…その死亡された方の中にお偉いさんが…ね?コッチは一通りの捜査をして、出来れば御社の『件の映像』を差し止めていただければ……」
────────
『件の映像』つまり『モノホンの幽霊がでしゃばったアレ』だ…
関係無い偶然の話だけれど、これ以上そんな事が続くと困る。結局、削除される事になった。
「大損だよ、まったく…」
「エキストラ代けちったからじゃない?」
「お供えでもする?」
提供した配信会社に詫びをいれ、制作費を返還する。向こうでも対応に困っていた様だが、クオリティが高いからだと評価され、次も頼むと話が来た。
「どうすっかねぇ~、恐怖モノ止めてトリックとか?」
菅原はお気楽に言う。
私は自分用のPCにある『件の映像』を眺めた。これを最後に消そうと思う。
ぱっと見には鍋をつつく和やかな映像、一瞬アングルが横にズレて少し開いた部屋のドアが映る。
そのドアの隙間、暗い陰に部屋を覗く薄ぼんやりした人影が加工した部分。
そしてまたアングルが戻り、私達二人+幽霊の食卓風景が映る。
「…………あれ?」
背中を向けた幽霊がこちらを気にしてる様に首を動かした。
頬の辺りがこちらから見える。
そうだったかしら?
最初に観た時は全く動かないと思っていたが、違った様だ。
案外怖がっていたのかもしれない。だからちゃんと観ていなかったのだろう。
私は『ごみ箱』にファイルを放り込んだ。
「そっちも処理しちゃいなさいよ?…じゃ、私達帰るから」
「お疲れ~、次の企画練っとくわ」
────────
菅原の死体を発見したのは、美奈と二人で翌日出社した時だった。
「…あぁ、またコレですか」
黒田がPCの画面を覗く。
菅原は私と同じくやはり最後に一度観ていたらしい。
「消すつもりだったみたいです」
「取り合えず、このPCお預かりしますよ?」
────────
「職探ししないとね?」
「配信会社、あたってみる?」
私の手許には自分用のPCが残った。
困った事に、あれから何度やっても『あの映像ファイル』が復活してしまう。
もう二度とファイルを開くつもりは無い。
とはいえ、PCを捨てるのも、また壊すのも…
…………どうしよう?
─────第八話 終。
楽屋裏
理奈「怖いというより厭な話かしら」
正人「死んだ~、珍しい…あぁ前回もか」
武士「理奈が語り手だと僕ら下の名前出ないね?」
美奈「たまにはちょい役で(笑)楽ちゃあ楽だけど、もう少し出たかったかも」
理奈「…アンタ居た?」
美奈「ひどっ!?」