第六話『迷子』
「黒ちゃん、どっかいかない?車で」
そう言ってきたのは双子の姉、美奈の方。
学食の一角で僕らが遅めのお昼を済ませた時だった。
最初何を云われたのか理解出来なかった。
「ホラ、免許とったって言ってたでしょ?」
「あ…あ~、でも車が無いよ。それに何処に行くって?」
「そこはホラ、皆でレンタカー借りてさ、行き先は…要相談?」
「ノープランかよ…で?皆は?」
大概言い出しっぺは美奈なのだが、思い付きだけの事が多く、僕らはいつも振り回されるのだ。
「タケが良いんなら構わないよ。俺も免許あるから多少遠出しても」
正人はパックのジュースに口をつけながら言った。
学食に備え付けられたTVから何処かで起きた殺人事件のニュースが聴こえる。
「じゃあ…キャンプとか?旅館とかに泊まる金無いだろ皆」
「あ!それイイねぇ、そうしよ~♪」
しばらく何処のキャンプ場に行くか、何が必要か、などを話して学食を出た。
「…悪いね黒田、うちのバカ姉が面倒云って」
帰り際に双子の妹の理奈が苦笑しながら片手で僕を拝む。
「バカ姉とは何よバカ姉とは!?余計でしょ!」
「『姉』が余計だったわね、確かに」
「そっちじゃ無い!」
いつもの双子漫才に笑いながら校門まで歩く。
「まぁ…たまにはいいんじゃないの、アウトドアってのも」
────────
『…次のニュースで……一家四人を惨殺した容疑者…指名手配……』
カーラジオから厭なニュースが切れ切れに流れる。
ケチってカーナビの付いていない車を借りたのが不味かったな。
「……なぁ、この道で大丈夫なの?」
「え~と……多分」
美奈がナビをかってでて助手席に乗ったのだけど、最初からなんだか怪しかった。
こんな山道、走るものなのか?ロッジ付のキャンプ場なんだから道路も整備されていそうなものなんだけど…
「ちょっと美奈、スマホ見せてみなさいよ」
理奈がスマホを奪い地図アプリを凝視する。
「……アンタ全然違うじゃない!」
「えー、近道だと思って」
……やっぱりか。
「美奈、悪いけど私と席替わってくれる?黒田、私がナビした方が良さそうだわ」
僕は車を停め、二人が移動するのを待つ。
しかしUターンをするにしても道幅の狭い山道、もう少し先に進んで幅のあるところを探さないと…
「ホントごめんなさいね」
「まぁ、なんとかなるよ。きっと」
昼過ぎに集合して車を走らせたせいか、だいぶ陽が傾いている。
暗くなる前にキャンプ場へ着かないと管理人が帰るかもしれない。
なんとかなると理奈には言ったけど、自分の不安感は拭えなかった。
────────
「暗くなってきたね…」
「マジか…タケ、運転替わるか?疲れたろ?」
参った。Uターン出来る場所がまるで無い。
このまま陽が落ちると初心者の僕にはキツい。いい加減Uターンしたいのだけど…
「アレって家?ほらアソコ」
美奈の声に車を停めると、なるほど屋根が木々の間から覗いていた。道はそこへ続いている。
あそこまで行けば…
「取り合えず行ってみましょ?Uターンするくらいの場所はあるはずよ」
割りと近くだったけれど、家の前に着いた時にはもう陽が落ちてしまった。
「ちょっと休ませて」
運転席から降りて伸びをする。さすがに疲れた。
「やだ、ここ圏外じゃない」
目の前の家は…誰も居ないのだろうか?明かり一つ点いていない。
「真っ暗になっちゃうね」
「誰も居ないのか?……すみませ~ん!ごめんくださ~い!」
正人が玄関口で大声をあげたけれど、反応は無い。
戸に手を掛けるとガラガラと開いた。
「……空き家みたいだぜ?蜘蛛の巣張ってる」
────────
用意してきた懐中電灯で照らすと、床にホコリが溜まっている。
人が住まなくなってだいぶ経つみたいだ。小動物の足跡に混ざって靴跡もついている。
辺りはもう真っ暗だ。電灯も無く曇ってきたせいで車のヘッドライトと一つきりの懐中電灯だけが夜を照らす。
僕達はヘッドライトの前でバーベキューセットに火を入れた。
今からキャンプ場に行ってもロッジは借りれないだろう。どうせ空き家だ、火事にさえ気をつければ大丈夫。
「お水なんか無いよね?空き家なんだし」
「水か…どうかな?」
正人達に火を任せ、僕は鍋を片手に家に入った。
「ちょっと待って、私も付き合うわ」
「確かめるだけだよ?」
山の中の家だと水道ではなく井戸や湧き水を引いている場合が多い。
確かめるだけなのだが、理奈がついてきた。
「……黒田、ホントにごめんなさい。ウチのバカがやらかして…ちょっと離れたかったのよ」
「あぁ、なるほどね」
双子とはいえだいぶ違う。美奈は明るいのが取り柄だが、失敗した時の反省が感じられない。理奈の性格では腹も立つだろう。
台所に目星をつけて廊下を渡る。
「どれ、出るかな?……お!やっぱり出るね」
蛇口から赤く濁った水が流れた。
しばらく出しっぱなしにする。錆臭い滑った水がゆっくり流れ、排水口に消えていく。
「……あんまり勢いよく出ないわね?」
「山の水だからね、水道とは違うさ」
あぁ、でも貯水槽にどれだけ水が溜まっているんだろう?
下手すると蛇口からきれいな水が出る前に終わってしまうかもしれない。そう気が付いて蛇口を閉める。
「多分、外に貯水槽があるはずだ。そっちから水を汲もう」
台所の裏口から外に出る。
懐中電灯の光に照らされ、台所に直結する形で風呂釜の様なものがあった。多分あれが貯水槽だ。
「ひっ!?……なに!?」
「ぅ…マジか!?」
貯水槽の中には…
…長く黒い髪がまるで海藻の様に…
────────
「二人とも……どこに行ったんだ?」
金網を乗せられたバーベキューセットからは焦げた煙が漂っている。
貯水槽の中にまさか死体があるなんて……早く警察に知らせないと!
二人の姿が見えない。美奈はともかく正人は火を点けっぱなしでうろつく様なヤツじゃない。
いったいどこに……
「黒田、あれ…」
理奈が指差すのは空き家の二階。
窓の奥で懐中電灯らしい明かりが小さく揺れているのが見えた。
なんだよ?探検でもしてるのか?正人も一緒に?
「呼びに行ってくる。理奈ちゃんは車に乗って」
「ちょっと!?懐中電…」
理奈が呼び止めたが、構わず玄関から中へ。階段を上り部屋の扉を開けた…
────────
「理奈ちゃん、中に誰も居ない………理奈ちゃん?」
懐中電灯を辺りにかざす。
何処に行った?
ヘッドライトの光に僕独りの影が伸びる。
車の中を見て、家の周りを探し、もう一度空き家の中を探し回った。
何処に……
車のアイドリングしか聴こえない。
理奈が僕を呼び止めようとした声が頭の中に響く。
『懐中電…』
懐中電灯を預けておけば良かったのか?
でも懐中電灯は一つきりだし…
…一つきりしか持って来ていない。
正人達は懐中電灯を持って無いはず…
……じゃ、じゃあ、さっきの窓の明かりは……?
突然、背中に鋭い熱を感じた。
熱?………いや、これは痛み…!?
身体の力が…溶ける様に抜けて…
膝が地面に着いた。
意識が…
…視界が冥く……
────────
『……次のニュースです。今日午後3時頃、〇〇県〇〇山中の廃屋で男女併せて5人の死体が発見されました。そのうち4人は所持品から黒田武士さん、菅原正人さん、坂田…』
学食に備え付けられたTVからニュースが流れる。
その音声は、学食を利用する学生達のいつもの喧騒に紛れて、誰も注目をしていなかった。
『…貯水槽で発見された残る女性一人の身元は判明しておらず、警察では身元の……』
─────第六話 終。
楽屋裏
美奈「まさかの全滅!そして誰もニュース観てない!」
武士「『キャンプに殺人鬼』はまぁ……定番?」
正人「旧き良きB級ホラーかな?でも小説では…やらないよね?普通」
理奈「取り合えず今回一番悪いのは美奈ってコトで」
正人「あー、言い出しっぺも美奈、道間違えたのも美奈だし」
美奈「いやいや私はシナリオ通りにやっただけでしょ!?」