第五話『屋敷』
古い家だった。
家、というより屋敷と呼ぶべきだろうか?それとも洋館と呼ぶべきだろうか?
おそらく築百年は下らない。石造りの建物。背後を森に囲まれ、暗く陰っている。
庭に池が掘られていて、湿り気と濁り水の臭いが微かに感じられた。
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【ルームシェアリング募集 希望者は下記まで連絡を】
こんな貼り紙を見付けたのは大学生協の掲示板。
アルバイト募集やサークル勧誘に混じって隅の方に貼られていた。
『じゃあ学食で会いましょう!』
電話口に出たのは明るい口調の女子だった。
約束の時間、学食には二人の女子が待ち受けていた。
顔がそっくりだ…
「どうも、菅原です…」
「初めまして、坂田です。私が美奈、こっちは理奈」
理奈と紹介された方は会釈だけをする。
「ルームシェアですけど、男の俺でも大丈夫なんですか?」
「最近多いんですよ男女合同のシェア!同じ大学に在籍してるから身元は保証されてるし、不審者避けになるし」
「……変な真似したら追い出せばいいしね?」
美奈がメインで説明を引き受け、理奈が釘を刺す様に補足する。
「今私達と後一人男性の方が居て、他にも居たんですけど」
「…卒業して引っ越しちゃったから」
美奈と理奈の説明によれば、二人ほど他にシェアしていた面子が出ていったらしい。
卒業や、恋人と同棲を始めたりでシェアを抜ける者が出る度、そうやって面子を補充していく。
皆同じ大学だからそうやってリレーされて行くのだそうだ。
最初に借りた人物はとっくにいない。今は名義が美奈になっているという。
「私達が出る事になったら残ってる人に名義変更して、そうやって続くんですよ」
「…菅原君は一つ下だから順当にいけばキミが次の家主ってコトになるわね」
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「お?君が菅原君?話は聞いてるよ」
ガレージから三輪スクーターを押し出して来た男が俺に声をかけた。
「僕は黒田、黒田武士ね。これからよろしく…あぁ買い出しに行ってくるけど、何か入り用?立て替えておくよ?」
「ありがとうございます。じゃあコンビニ弁当と飲み物を…済みません」
「分かった…まぁ引っ越しだからね、落ち着いたら自炊した方がいいよ」
人懐っこそうな笑顔で黒田先輩はエンジンをかけた。
俺はレンタルしたワゴン車を屋敷に横付けして荷物を運び入れた。
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このシェアハウスに越して一ヶ月、同居人にも慣れてきた。
俺の後、一人越してきたが二週間もせずに出ていった事を除けばまずまず順調なスタートだと思う。
坂田美奈・理奈姉妹は今もルームメイトを探している。家賃を人数割りするのだから人は多い方がいい。部屋は空いている事だし。
坂田姉妹と黒田の三人はバイトをしていない様だ。
俺は近くのコンビニでバイトをしていた。夕方から深夜勤が来るまでの時間帯、帰った後はシャワーを浴びる。
さすがに毎日はキツい為土日は休みだが、バイト休みの夜は早く寝る様になった。
シフトの都合上、休みだった土日まで連続でバイトに入る羽目になり、休日にして貰った月曜の夜中。
ふと、目が覚めた。
ルーチンがずれたせいだろう、俺は起き上がり階段を下りると、一階の居間を抜けて台所へ向かった。
冷蔵庫から買い置きの缶コーヒーを取る。
缶に俺の名前が書いてある事を確かめるとプルトップを開けた。
台所の窓から庭の景色が見える。
誰も手入れをしていない庭は雑草に埋もれていた。
(夏場になったら虫が沸くな。池がある事だし)
庭同様、池も手入れなどされておらず、沼の様な臭気が漂う。夜中のせいか開けた窓からこの台所まで微かに臭いがした。
(そのうち黒田さんと池の水を抜くか……ん?)
パシャッ…と。
池の方から水の跳ねる音が聴こえた。
魚でも居るのか?
台所の窓からでは池の様子は見えない。
不審者が侵入していないとも限らない。俺は玄関に向かい、庭へ出てみた。
パシャッ…
池からはまた水音が聴こえた。庭に不審者らしき姿は無い、スニーカーを突っ掛けて池を覗く。
池の臭気が強く感じられた。
しばらく池を見ていたが、それ以上音はせず正体は判らなかった。
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「池?水を抜くって?」
黒田は面倒臭そうな顔をした。
全員が顔を揃える時間帯に俺達は予定などを話し合う様にしている。
ルームシェアで気をつけるべきは、お互い勝手をし過ぎない様に会話をする時間を持つ事だ。
「まぁ、面倒だとは思いますが、夏になったらかなり臭う様になりますよ?今のうちに庭とかも…」
「そうね、今でも結構臭いがするもの」
「あ~、臭いとルームメイト増えないわね!やるべきだわ」
双子も俺に賛成してくれた。
「しょうがない。じゃあ日曜にでも少しづつやるかぁ、後で鎌とか買ってくるよ」
大学が近い事もあって、俺達の中で乗り物があるのは黒田だけだった。
「じゃあ、必要なものは共益費から出す格好で」
「ガソリン代も出してよ」
「解ったわ、半分出してあげる」
何が必要かメモに書きおこし、解散した。
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庭の草むしりは夕方までかかった。シャベルや鍬を使い、根を掘り出すのに手間取ったせいだ。
最後に除草剤を撒き、掘り起こした土を踏み均す。辺りは夕闇が迫っていた。
「やっと終わったよ、池は来週だね」
「こんだけかかるんじゃ、ちょっと考えないと…」
双子の理奈の方が池を見ながら言った。
翌日、バイトから戻ると居間に黒田だけが居た。
「あれ?二人は?」
「あぁお帰り、二人なら不動産屋に行くって言ってたんだけど、まだ帰らないんだよ。メールしたら遅くなるって」
トラブルでは無いらしく、俺がシャワーを済ませて浴室から出たところで帰って来た。
「池の事なんだけど、私達がやらなくて済むよ!」
美奈がニコニコと笑う。
話を訊くと不動産屋から大家へ連絡してもらい、今まで大家と会っていたらしい。
大家さんは池がいらないらしく、こちらの事情を聞いて業者を手配すると約束してくれたのだという。
「今度の土曜に水抜きをして、日曜に埋めてくれるって!」
「あの臭いともお別れってわけ」
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金曜の夜、夜更けに目が覚めた。
トイレから出ると目が冴えて寝られそうに無い。明日はバイトも休みだし、講義は午後に一つきり。
少し起きてるか…
空気を入れ換えるつもりで自室の窓を開ける。
ぷん……と
…臭いが鼻をつく。
(二階まで臭ってくるのかよ)
自然と、池に視線が向いた。
池の中央、月明かりに照らされて波紋が拡がっている…
(魚はいないはずじゃあ…)
波紋の中心に…
…女の顔が見えた。
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夢だったのだろう、あれは。
目が覚めるとベッドに寝ていたのだから。
朝っぱらからトラックの音がうるさい。窓から見るとバキュームカーの様な車が池にホースを入れている。
美奈の言っていた業者だろう。さして大きくもない池の水位が下がっていくのが、ここからも見える。
「よ、おはよう」
「皆も見物?」
ゴボゴボとホースに吸い込まれてどんどん池は小さくなっていく。
「こういうの、つい見ちゃうよね……ねぇ、アレなに?」
理奈の指の先、丸いものが見える。
水が減っていくと共に、徐々にそれが顕に…
「うわ!?」
「あ、あれって…骸骨!?」
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作業は中断され警察が呼ばれた。
俺達は一通りの質問を受け、現場検証に立ち会わされた。
池から出た白骨死体は、何処の誰なのかすぐには特定出来ず、いつ死んだのか、それすら覚束ない。
他殺ではあるらしい。
過去にこの屋敷を借りた住人なのだろうか?この屋敷は寮の様に使われ、以前からのシェアリングで人の出入りは激しかったという。
あれから四年が経つ。
先輩三人はもういない。俺はじき卒業の為、シェアしている後輩の一人に借り主の名義を引き継がせた。
今でも夜中に目が覚めると水音が聴こえる。
あの水音はなんなのだろう?
パシャッ…と
池はもう無いのに。
─────第五話 終。
楽屋裏
正人「今回は恐い部分にくるまで長かったね」
美奈「生みの苦しみってヤツじゃない?」
理奈「因果関係をハッキリさせないとモヤッとするわ」
武士「ん?怪異に対する因果関係はあるでしょ?」
理奈「誰が池に沈めたか?とかの方よ」
武士「あー、それやると推理モノになるからでしょ」
美奈「それより気付いてる?今回初めて全員が一つのシーンに出てるのよ!」
正人「……それ、強調するコトかな」