第一話『右手』
「髪切ったんだ?」
「ん、ちょっとイメチェン。悪くないでしょ?」
美奈は長かった髪をバッサリ切ってショートボブにしていた。
「うん、似合ってる……って右手どうした!?」
「あぁこれ?ちょっとね、たいした事じゃないわ…で、今日は?何処行く正人?」
僕は『正人』と呼ばれた事に少し嬉しくなった。今までさん付けで呼ばれていたからな。
「なんだい、美奈が『欲しいものがある』って云ってたんじゃないか」
「あ……あ~いいのよ、考えたらそんなに要らないかなって…じゃ、映画でも行く?」
映画?なにかいいのあったかな……?
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映画はまぁ…それなりだったかな?
僕としちゃあ、アクション物が好みなんだけど、たまに恋愛物も悪くない。美奈は恋愛物好きだし。
ファミレスでお昼にする。
「私パスタ、う~んカルボナーラ」
「じゃ、僕はチーズハンバーグセットで」
オーダーをしてすこしマッタリしながら今観た映画の話とか、会社であった笑い話とかをする。
「ふ~ん…」
美奈はあまり気乗りしない感じだった。
「手、大丈夫?」
包帯をした右手がつらそうで、パスタを巻くフォークがぎこちない。
「大丈夫…フォークの柄が回しづらい形なだけよ、気にしないで」
あまり右手の事には触れて欲しくないらしい、美奈はちょっと眉をしかめた。
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「…ただいまっ、と」
言ったところで独り暮らしだ。誰から返事が来る訳でも無い。
僕はどさりとベッドに身体を投げ出した。
(今日は美奈、機嫌が良くなかったな……埋め合わせしないと)
何か気に障る事でも云ってしまっただろうか?
髪型を変えると性格も変わるなんていうからな、ロングだった時は大人しい感じだったけど、サッパリしたからか動きが身軽になったみたいだ。
「さ~てシャワー浴びて寝るか……また来週まで会えないのかぁ」
明日にでもメールしよう…今した方がいいのかな?
でもさっきアパートまで送っていったばかりだし、ウザがられるかもしれないな…
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その夜、夢で美奈に会った。
美奈はまだ髪を切る前のロングで、ぐっしょりと濡れた赤い服を着ていた。
悲しそうな顔を僕に向けて、何か口にしているけど声は聴こえない。
僕はベッドに横たわりながら美奈の顔を見ているしか出来なかった。
……変な夢だったな。
美奈はこの部屋に来た事無いし、赤い服を着ている姿も僕は見た事は無かった。
ま、夢なんてものは大抵ゴチャゴチャしたものだし、髪が長かったのもショートを見慣れていなかったからだろう。
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美奈と連絡がつかない。
なんだろう?忙しいのかな?
それともこの間のデートでやっぱり何か悪い事したのだろうか?
土曜日、連絡が一切取れずに一週間が経とうとしている。
やきもきしていると、チャイムが鳴った。
「どうも、〇〇県警の黒田と申します。菅原正人さん?」
「あ……はい、え?警察?」
「任意同行をお願いします……坂田さんの件で」
…………美奈?
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最近の取調室にはカメラが備えられていて、警察の強引な取り調べを抑制しているのだそうだ。
「……ですからそう固くならずに。暴力なんか振るいませんよ」
「はぁ…」
「ではこちらの写真を…坂田さんで間違い無いですね?」
黒田と名乗った刑事が机の上に広げたのは一枚の写真。
どす黒く変色した美奈の顔だった。
「ぅ、うわ!?」
「……この通り、坂田さんは死亡しました、三日前の事です。連絡はまだいっていませんでしたか」
な…何故?
「だ、誰が……僕じゃありません!誰が美奈を!?」
「えぇ、最初は菅原さん、貴方が怪しいかと思われていましたが…」
刑事はふぅ~っと鼻から溜め息を吹いた。
「…美奈さんと今仰いましたね?」
「み、美奈です」
「この方は坂田理奈さんといいます」
「………………は?」
……坂田……理奈?
「やはりご存じなかった?私どもも初め美奈さんだと思いました。部屋は美奈さん名義、所持品も……ですが」
刑事は言い難そうに続ける。
「お母さんに確認してもらったところ、美奈さんではなく理奈さんだ、と。この写真を見て下さい」
その写真に写っていたのは右手の甲。
古い傷がついていた。
「見覚えは?」
「ありません。美奈にこんな傷は無かった」
「子供の頃のものだそうです。理奈さんは元々左利きだそうで生活に支障は無かったそうですが…見覚えが無い、という事はやはり理奈さんで間違い無さそうですな。一応お訊きしますが、理奈さんとは面識は?」
「いえ、この理奈という人は…?」
「坂田美奈の双子の妹だそうです。」
……双子?
そんな話は聞いた事が無かった。
「確認しますが、理奈さんには会った事が無いんですね?坂田美奈とは最近会いましたか?」
なんで美奈を呼び捨てにするんだ?
「先週の日曜に会いました。髪を切…」
思わず立ち上がった。
あの日美奈は…
…髪を切って、右手に包帯を。
写真の女はショートボブで……
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『坂田理奈』の葬儀に参列した。
母親は焦燥した様子で僕に挨拶をした。
「この度は…」
「す、菅原さんと仰いましたね?美奈は……美奈から連絡はありませんか?」
美奈に化けた『理奈』に会った後、美奈からの連絡はまだ無かった。
警察は理奈殺害の容疑者として美奈の行方を捜索している。
僕もまだ容疑者として可能性があるらしく、アパートの前には警察のものらしい車が停まっている状態だ。
もっとも僕の場合、美奈から連絡が来るのではないか?という理由の方が大きいが。
焼香を済ませ、ふと顔をあげる。
髪の長い美奈が棺を見下ろしていた。
「え!?」
美奈は何処にも居なかった。
見間違いか……
見間違いに決まってる。
だいたい、双子の妹の棺に向かって…
…美奈があんな厭らしい笑いを浮かべる訳が無い。
────────
あれから半年、美奈からの連絡は無い。
警察車両らしき影も最近は見掛けなくなった。
警察は美奈を容疑者として手配しているらしい。
恐らく、美奈は見付からない。
あの日、理奈という女が美奈の振りをして僕に会ったのは、その前に理奈が美奈を……
なら、誰が理奈を殺したのだろう?
あれから時折、僕は白昼夢に襲われる。
姿見にチラリと横切る影を見たり。
浴室の戸の磨りガラスの向こうに誰かが居たり。
「……………美奈?」
つい声を掛けてしまうが、もちろん返事など無い。
白昼夢だ。
あまり酷くなる様なら薬を処方してもらおう。
そういえば美奈は髪を短くしたのだろうか?
あの葬儀以来…
…視界の隅に映る美奈は髪が短く見える。
─────第一話 終。
楽屋裏
美奈「始まりました♪…って最初っから私死んでるじゃん、このシナリオ」
理奈「それ云ったら私なんて悪役よ。正人なんか病んじゃうし」
正人「僕は面白かったけどね?部屋に君らが来るとか聞いてなかったからビビったけど」
美奈「もう血塗れ衣装は着たくないな~」
正人「あ!赤い服ってそういうコト!?」
美奈「……あんた今気付いたの?」
理奈「今回は黒田君ちょい役で悪いわね」
武士「次回はそれなりって聞いたよ」
美奈「では次回もお楽しみに~♪」




