表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

紫の写真帳

作者: ほえほえ

 会社からの帰宅中に日をまたいだ。社会人になってからは、よくあることだが、今はそれなりに幸せだと思う。

 デスマーチが片付いた。これで、しばらくは20時には家に帰れるだろう。

 閉店間近のスーパーマーケットで、半額の唐揚げとケーキが買えた。普段なら深夜にこんな重そうなものを食べない。仕事からの開放感がそうさせたわけではない。30歳になった祝いだ。


 そう、30歳。それなりに重みのある年月なのだろう。

 父が30歳の時に、私が生まれた。周りの社員は、結婚していない人が多いからか、普段は気にもしないが、親になってもいい年齢なのだろう。

 そう言えば、26の誕生日を迎えた時も、「父親が結婚したのは26歳か」と思ったな。私も30までには結婚と意気込んだが、結局は女性と話すこともなく30歳を迎えた。


 そんなことを思い巡らせているうちに、住んでいるアパートの前までついた。が、それを通り越して、アパートのゴミステーションに足を進める。街灯の下に、キラキラ輝く物が見えたのだ。 

 そこには、アルバムが1つ置いてあった。紫色の表面には金銀の糸で波が刺繍されている。立派で、高そうなアルバムだ。狭くて、安いアパートの住人には不釣り合いなその写真帳には、いったいどんな生活を切り取った写真が飾られているのだろうか。


 ——————覗いてみたい。


 他人の生活を覗き見る小さな罪悪感を感じながら、アルバムに手をふれた時に、遠くから若い賑やかな声が聞こえてきた。私は手を引っ込め、逃げるようにアパートの玄関をくぐり、自分の部屋に入った。


 一人部屋で、ケーキをつまみながらも、紫色のアルバムが頭から離れない。

 誰かが近づいてこなければアルバムを開いていたのだろうか。いや、アルバムを持ち去るだけの時間はあったはずだ。そうしなかったのは、自分が良くないことだと思っていたからだ。小心者だからではないのだ。大げさだが、道を踏み外さずにすんだのだと思い布団に入ることにした。

 

 かすかに触れた指先が、刺繍の波を覚えている気がする。

 その日は、キラキラ輝く穏やかな波打ち際に、一人たたずむ夢を見た。


 次の朝、出社前にゴミステーションを除くと、そこには何もなかった。




 そう、何もなかったのだ。

 なのに、今、会社から帰ってくると、あの紫色のアルバムがあるではないか。

 心臓が高鳴り、溺れているように苦しい。昨晩、アルバムに手を伸ばしたのは好奇心からだったが、今は運命を感じている。恋人が初めて手をつなぐ時は、きっとこういう感じなのだろう。指先が自然とアルバムに吸い寄せられていく。アルバムの重さを胸の中で感じながら、部屋に持ち帰った。

お読みいただきありがとうございます。

筆者の体験をもとにした創作となります。

"不思議というか、怖い"と言われたのですが、恋愛の話だと思っているので、読み終わった後に昔好きだった人を思い出してもらえると嬉しいのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ