障がい者施設で起きた事件について
まず、はじめに
いかなる理由があろうとも殺人という行為は許されるものではないと思います。今回は、あまりにも多くの罪の無い人が無惨にも命を奪われました。被害者の方にお悔やみ申し上げると共に、犯人には強い怒りを覚えます。同じ障がい者として、恐怖も感じます。私が今願うのはこの事件をきっかけに、さらに障がい者への差別が広がったりしませんようにという事です。どうか、この犯人に感化されないでください。確かに、障がい者は面倒で世の中の役に立つ事は少ないかもしれません。けれど、障がい者だってあなた達と同じ人間です。生きています。至る所で自分達への差別の声を聞きながらそれでも必死に生きています。その「生」を「未来」を「希望を」、「人生」を奪わないでください。
どうか、お願いします。
この「願い」を、障がい者の戯れ言だと、煩わしいと読み流したり、そもそもこのページを開きさえしない人にこそ、私は読んで欲しいと思います。
私は、障がい者です。
発達障害の一つのアスペルガー症候群を持っています。
そして現在は特別支援学校に通っています。
学校には、いろいろな障がいを持つ人がいます。
みんなと接していて思うのですが、
障がいを持つ人には、素直で裏表が少ない人が多いと感じます。
少なくとも、健常者だった元同級生達とよりは、よほど私は接しやすい。
彼ら、彼女らは、陰湿ないじめをしたりしませんから。
陰口をしたりもしません。
脱線してしまいましたが、私は障がい者で、支援学校に通っています。当然、将来はそういう施設へと入る事も視野に入れます。事件が起こったのは重度の知的障害を持つ方達が入る施設だそうです。私は、知的障害を持っていないのでそういう施設へは入ることはないでしょうが、類似した施設には入所することがあるかもしれません。実際にこの前機会があり、施設見学へと行ってきました。そこにいる方々は、コーヒー豆の選別をしたり、自動車部品の小さな部品の組み立てなどの軽作業を行っておられました。皆さん、目標を持ち真剣に作業に取り組んでおられたように感じました。
障がい者だって人間です。
彼ら、彼女らは、生きていて
その命はかけがえのないものです。
差別は…無くなる事はないでしょう。
人がいる限り差別が無くなる事は無いと思います。
けれど、少しでもその差別が少なくなれば
きっと、今よりもいい社会になると思います。
ですから、どうか祈りましょう。
この世界から差別が一つでも減るように。
最後まで、読んで頂きありがとうございます。
追記
事件から二年が経ちました。
私は特別支援学校を卒業し、現在一般の学校に通っています。周りに障がい者のいない空間を三年ぶりに体感して、思います。
誰の心にもほんの僅かでも障がい者への差別はあって、私自身の心にも障がい者だと知られれば、差別を受けるのではないか。障がい者である事が恥ずかしい。という気持ちがあって、それ自体が私が障がい者を差別している事の表れなのでは無いかとも思います。
まずは、自分の中にあるその感情と向き合って、障がい者である自分を受け入れて堂々と生きていけたら、世の中にあふれる差別の心を一つ、消す事ができるのではと思います。
被告にも、罪を犯したのであれば、19人も殺したのだという事実をちゃんと認めて欲しいと思います。彼らは被告と同じ人間なのです。意思疎通ができるかどうかで決められるほど、人間は簡単な生き物では無いと思います。
事件が風化しないように、皆さんに事件の事を覚えていて欲しいと思います。
※殺人はどんな理由であっても許される事ではない。というのに対して、正当防衛は除きます。