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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
自分らしくあるために
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 とりつく島のないバルバラ帝。

 ヴェラは頼みの綱と馬ばかりに、自分のほうを向いて目で訴えてくる。どうか兄を説得してください。

 もちろん、自分はそのつもりでここに来た。最悪、彼を無理やり王宮から連れ出すことも考えなくてはいけないけれど。

「はじめまして、バルバラ帝。自分は骨です。ただの骨」

「む?」

 怪訝そうな顔で自分に視線を送るバルバラ帝。あまりに言葉が少なすぎたのかな。もうちょっと自己紹介したほうがいいのかも。でも、なんていえばいいんだろう。自分のことさえわからないのに、これ以上、紹介する自己なんてない。

 そこにヴェラが助け舟を出してくれた。

「この方です! エルザの竜を退治したランバートの英雄ですよ!」

 ああ、そういう風に言えばよかったのか。でも、自分で竜を倒したなんて自慢以外の何物でもないし、なんか恥ずかしい。それはともかく。

「そなたが!」

 ずっと陰っていたバルバラ帝の顔に喜色が浮かぶ。でも、本当に一瞬だけだった。すぐに落胆したような表情になってため息をつく。

 

 自分はヴェラと顔を見合わせた。

 聞いていた話と違う。エルザを征服しようという野心などないし、狂ったようにも見えない。ただ、何かをあきらめているような、そんな感じ。

 バルバラ帝について状況から、いろいろ想像することはできると思う。だけど、目の前にいるのだからとりあえず本人から理由を聞いてみないことには。

「バルバラ帝、教えてくれる? なんで、そこまでしてエルザと……」


「こんなところにいらっしゃいましたか!」

 自分の声は誰かにさえぎられた。見ると、玉座の後ろから小さな影が一つバルバラ帝に近づいてきていた。夜中の暗い謁見の間に現れたのは、サル顔で中年の小男だった。頭も禿げ上がって頭髪は一本もない。小太りの体を貴族の衣装で包んでいた。

「バ、バルバス。お前もいたのか」

 バルバラ帝の狼狽するような声。


 バルバス。自分はここに来る前にヴェラから聞いた名前だ。皇帝が狂っているのでなければ、操られている可能性はたしかにある。だけど、魔法とか催眠術とかをかけられている気配は感じられない。

 ひょっとして、弱みを握られている? 

 でも、この場合はあんまり関係なさそうだ。このちっちゃいおっさん一人なら非力な自分だけでも取り押さえられる。

 ヴェラもこっちを見てうなづいていた。同じことを考えているみたいだ。


 自分はバルバスと呼ばれたサル顔の小男にゆっくり近づいて行った。

 不穏な空気を感じとったのか、バルバラ帝が制止にはいった。

「やめよ! バルバスに手を出すでない!」

 だけど、自分はそれを無視してバルバスを取り押さえた。逃げようともしなかったのが、気になったがあっさりと組み伏せて今は地面に押さえつけてある。


「ああ! バルバス! 許してくれ! 許してくれ!」

なんだ、この違和感は。なんで、皇帝はこんな態度を……。まぁ、いい。バルバラ帝が話してくれないなら、バルバスに話を聞くだけだ。


 自分はバルバスの頭を小突いた。

「皇帝になにしたのか、教えてもらうよ?」

 サル顔の小男は抵抗もせず、おとなしくしていた。バルバラ帝が玉座から降りてきて自分の邪魔をしようとしたが、ヴェラが抱き着いて阻止している。さすがに妹を振り払うような真似はできないみたい。だから、余計に混乱する。

 

 バルバラ帝は、大切なものが何かをきちんとわかっている(・・・・・・・・・・)のだ。


 そんな状況の中で、バルバスは自分に地面に組み伏せられながら言った。その声はとても淡々としていて、逆に不気味だった。あれ、もしかして、この人は皇帝に何もしていない? だから、冷静に話をすれば誤解も解ける、そんな風に思っている? 


 だけど、予想は裏切られた。しかも、最悪の形で。


「陛下――」

 バルバスは静かに話し始めた。

「そろそろ、終わりにしたいと考えております」

 なんだ? 何を言って?

 

 だけど、その声にバルバラ帝は過敏に反応した。

「まだ! まだだ! エルザ軍は帝都で撃退する。その後に敵国の皇都に攻め上って、陥落させてみせる! だから、そんなことを言うのはやめてくれ!」

 必死で訴えかけるバルバラ帝だったが、バルバスの反応は冷淡だった。

「いえ、無理でしょう。バルバラは負けます。そして、エルザもバルバラにはそれほどひどい仕打ちはしないはず。よかったですね、皇帝陛下」

「ま、待て! 見限ってくれるな。バルバラは、これからだ!」

 縋りつくような態度に、いい加減、嫌気がさしたのか。バルバスはイラつきながらこんなことを言い出した。

「わからん、若造だな。ここまでだ。あとは、全部壊しておしまいにする」


 ゴッ!


 激しい突風が謁見の間に吹き荒れた。自分は吹き飛ばされ、壁まで叩きつけられた。頭を振って立ち上がり状況に確認すると、皇帝がヴェラを抱えて立ち上がるところだった。二人とも無事なようだった。


 だが……。


 バルバスの姿は謁見の間にはすでになかった。代わりにそこには巨大な悪魔がいた。羊の頭、蝙蝠の翼、頑丈な体躯を全身毛で覆われた悪魔。竜よりは小柄だが、それでも自分が見上げるほど大きい。額には赤い宝玉がうまっていた。あれは……、災厄器!?


「な! な……!」

 突然現れた化け物に、ヴェラは声にならない声を上げた。

 バルバラ帝の顔には絶望が広がっている。

「待ってくれ、バルバス!」


 バルバス!? あれがバルバスなのか!


 悪魔は皇帝の言葉を無視すると、手の中に巨大な火の玉を生み出した。

「爆火!?」

 ワイズやオルガが放つ魔法に似ている。

 悪魔はそれを謁見の間の扉に投げつける。

 轟音が響いて、砂煙が舞った。謁見の間の入り口には大きな穴が開いていた。そればかりか、その向こうの壁まで破壊している。悪魔はその穴から飛び出していった。

 慌てて、3人で破壊された穴に駆け寄る。そこからはバルバラの帝都の町並みが見渡せた。

 

 バルバスは宙に舞いながら、両手から「爆火」を生み出した。そして、適当な感じで帝都に向かって放り投げると、爆発と火災、そして、バルバラ国民の悲鳴が聞こえてくる。


「やめてくれ! バルバス! 余の国の民を傷つけないでくれ!」

 バルバラ帝の悲痛な叫び。


「ハハハハハハハ! こういう終わり方も悪くない!」

 焦炎の悪魔は、赤く染まった帝都の夜空で高笑いを上げた。



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