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次の日から、ミザリと一緒の生活が始まった。
朝、日が昇るとすぐミザリは小屋に自分を迎えに来た。
村の人たちにはエミリが話を通してくれたようだった。
昨日の今日なのに、村の中を散歩していると、ちょこちょこ声をかけられるようになっていた。
「おはよう、骨」とエミリ。
「おーっす。骨」きこりのゲンさん。
「俺はまだお前のことを認めたわけじゃないからな!」冒険のあと、親友になれそうなことを言うロイ君。
まだまだ、自分のことを距離のある村人はたくさんいるけれど、昨日のように壁を感じることはあまりない。
ところで、やっぱり自分はぶらぶらと散歩して。
昨日と同じようにミザリにご飯を食べさせて。
それで寝かしつけた後、ふと気づいた。
テーブルの上に立てひじを突きながら、家の中に視線をめぐらせた。
今日、ミザリのお昼ご飯を持ってきたエミリは、お昼からずっとミザリの家の掃除をしている。
しばらく掃除してなかった、というのが彼女の言い分みたいだけど。
でも、昨日、家の様子から親がいるようには見えないって言ったのを心のどこかで気にしていたみたい。
それはそうと今日も一日、楽しく過ごした。
今日は小川で二人で遊んでいたけど、ちょっと深い場所に足をとられたときに気がついた。
どうやら、自分、水に浮かない!
まじかー。泳げないじゃない。とちょっとショックだった。
だけど、水の中から足を引っ張って「溺死した死霊が、更なる犠牲者を求める」ごっこをして遊んだらミザリがすごく喜んだ。
それを計算にいれて差し引きゼロか。
いやいや、だけどそうじゃなくて。
ミザリのお世話をお願いって言われたけど、こんなふうにただ遊んでていいのかなぁ?
これ、ぜんぜんお世話している気にならない。
そんな話をエミリにしたら。
「遊び相手してくれてるだけでも十分だよ」
「そうなの? でも、自分は今のままだとミザリのお世話してる気にならないんだよね」
だから、働こうと思ってると言うとエミリは怪訝な顔をした。
「働いてどうすんの? あんた、お金が必要な体には見えないんだけど」
「いや、お金を少しでも稼げたらこの子にご飯あげられるし、服も買ってあげられるかな、と」
へえーと関心したように言った。
「あんた、なにかできるの?」
「いや、それがとんとわかんなくて。だから相談してみた」
エミリはしばらく考えこんだあとこんな提案をしてきた。
「じゃあ、ゲンさんと一緒にきこりでもやる?」
「やる!」
ゲンさん、今、近くの町から木材の注文が入って忙しいのだそうだ。
でも、それだとミザリをずっと見ていてあげられないかも。
そんな心配をエミリが先回りしてくれた。
「あんたばっかりに押し付けて申し訳ないと思ってたからさ、そんなら、あたしとあんたで交代であの子の見ることにしようか?」
「そうしようそうしよう」
エミリはさっそくゲンさんに話を通してくれるらしい。
話が決まったところで、家の戸が乱暴にたたかれる音がした。
戸をあけるとそこにはロイ君が立っていた。
二十歳くらいのちょっとぶっきらぼうな若者だ。
「ちょっとよ、俺もミザリの様子が気になってな」
家の中に入ると寝ているミザリの様子を見に行くロイ君。
「ひょっとして彼も、理由がなくても人に優しくできる人間?」
エミリにそっと耳打ちすると、彼女はくすりと笑った。
「いいや、違うね。あいつの目当てはあたし」
あれ、そうなの。
「恋人なの?」
「違うね。手も握らせてない」
内緒話してる自分たちがいちゃいちゃしているように見えたのか。
ロイ君は、こちらに戻ってくるとごほんと大きく咳払いをした。
「そろそろ暗くなってきたからな。エミリ、送ってやるよ」
自分は再び、エミリにこっそり話しかけた。
「見え見えだけどさ、一緒に帰るくらいしてあげたら?」
「ん、そうするつもり」
「エミリ!」
ちょっといらいらした声で自分たちの会話をさえぎったロイ君にエミリがうっとおしそうにへんじした。
「あいよ。じゃあ、骨、そういうことでよろしく」
家の戸を開けて出てくるエミリ。
ロイ君は律儀にもこちらをひとにらみしてから家を出て行った。
自分も家を出て二人を見送った。
なにがよろしくなんだよ、と質問するも、うるさいね、あんたにゃ関係ないんだよ、とばっさり切られるロイ君。
二人は並んで帰っていく。
自分にも皮膚と筋肉と内臓があったら、あんなふうに誰かと歩くことができたんだろうか。
ま、ないものねだりしてもしょうがないよね。
とりあえず、骨だけでも残ったことに感謝しようじゃないの。