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クレイモアの切っ先をこちらに突き出すように構えたファルなんとかさん。
対して、自分は左腕に装着された盾を構えて、右手は腰の後ろに回した。
そこには、ベルトにスロットされた試験管が刺さっている。
自分はその一本を後ろ手のまま指で引き抜いた。
戦い方は事前に決めてある。
ワイズの作ってくれる薬品は、チャンスの時か、そうでなければできるだけ最初に使ったほうがいい。
竜のときもそうだったけど、戦いの衝撃でフラスコや試験管が割れて中身がこぼれてしまったら元も子もない。
それに今回持たされているのは、金属を錆びさせる液体だ。
自分にはある程度の目算があった。
盾だけ構えて背中に右手を隠している自分に警戒してか、ファルなんとかさんは動かなかった。
そこに向かってゆっくりとスロットの試験管を引き抜いて、適度な速さで投げつける。
くるくると回転しながら細長い試験管が宙を舞う。
我ながらうまく投げられたと思う。
とっさに躱さなければならないほど速くもなく、かといって無視できるほど遅くもない。
たぶん、何が飛んできたのか、ファルなんとかさんは見えてなかったと思う。
あるいは、投げナイフでも放ってきたと考えたのかもしれない。
彼は、自分が投げた試験管をその大剣で適当にたたき落とそうとした。
ある程度以上の技量を持っている人は、体勢を崩すのを嫌ってできるだけ最小限の動きで脅威を排除しようとする。
ファルなんとかさんも、ある程度以上の技術を持った人だったのだろう。
だけど、クレイモアの刃に当たった試験管はすぐに割れて中の液体をまき散らした。
「うおっ?」
たいして驚くでもなく、たたらを踏んだファルなんとかさんの目には、刀身からしゅうしゅうと煙を上げるクレイモアがうつったことだろう。
「あーっ! 俺の段平が!」
やりやがったな、という感じでこちらをにらむ彼に自分は左腕を向けた。
左腕の外側には盾、内側には連弩が装備されている。
手のひらを下に向ける形で連弩の照準を相手に向け、ハンドルをくるくると回す。
びすびすびすびす。
四発ほど、相手に向かって放たれた矢。
彼はそれを横に走ってかわしながら、「そういう戦い方かよ!」などとちょっと悔しそうに、でも余裕のある表情で叫んだ。
距離があるうちは、連弩で対応する。
矢にはこれまたワイズ謹製の睡眠薬が塗られている。
一発でも当たれば、眠気でふらふらになってくれると思う。
これは余裕かな。
連弩の矢もまだまだある。
なんて思っていた矢先。
ふっと、ファルなんとかさんの姿がぶれた気がした。
「え?」
思わず声が出てしまう。
気づいた時には彼は目の前にいた。
ご丁寧にクレイモアを腰溜めにして。
ごっ。
風を切る音がした。
あ、この音聞いたことある。
竜がしっぽを薙ぎ払った時の音だ。
それとおんなじ音。
吹き飛ばされていた。
とっさの癖。
盾は頭を守るようにしてかかげていたのが幸いした。
が、地面が自分の頭上にある。
違う。
自分の体が逆さまになっているんだ。
ぐしゃ。
頭から落ちた。
とっさに起き上がる。
すぐにファルクラム(名前をおちょくる余裕がなくなった)の姿を探す。
いた。目の前。
納得いかないといった顔をしている。
「なんだ? 手ごたえが軽すぎる。盾ごと両断できるはずだったんだが」
そりゃ軽いよね。
だって自分、鎧の中スカスカですから。綿とか布とか詰まってるんだけどね。
だけど、言ってることが怖い。
盾ごと両断とか冗談だよね?
いや、できちゃうのかも。
自分は軽かったから吹き飛んだ。
けど、普通の人間の体重があったらそのまま斬られていたかもしれない。
考えるだけで、ぞっとする。
ファルクラムが自分をいぶかしげに見た。
「おまえ……?」
彼はおそらく自分がと骸骨だということを知らないのだろう。
エルザの間者がバルバラの軍にいるように、バルバラの間者もまた数人エルザ軍の中にいると思う。
ひょっとしたら、ばれてるかもと思ったが、どうやらそうでもないみたい。
盾を見ると、剣の刃が食い込んだようにへこんでいた。
これも竜のしっぽの威力と同じだ。あれを食らった時も鎧がべっこりへこんだもの。
一発攻撃を食らっただけだが、破壊力だけならあの竜といい勝負をするのではないだろうか。
しかも、体がコンパクトな分だけ動きも速い。
身震いがした。
あの隊長と戦っている時でさえ、こんな感覚に陥ったことはない。
訓練だから木剣だった。
けど、それを差し引いてもラルゴ隊長よりも数段上の強さを持っている気がした。
自分は剣を抜いて、盾を構えた。
ファルクラムは意外そうな顔をした。
「お、やる気になったかい」
こうなったら、いつもの戦法で体力を削ってやる。そんでふらふらになったら攻撃に転じる。
そう思っていたが。
ふっ、と。
またファルクラムの姿がぶれる。
気づいた時には間合いに入られている。
そして。
ごっ。
また横なぎ!?
吹き飛ばされながら、なんとか空中で体勢を立て直そうとする。
なんとか、足から着地して顔を上げる。
するともう目の前にファルクラムがいた。クレイモアを斜めに振りかぶっている。
「うわあああ!」
慌てて盾を掲げる。
これはもう防御するとかそういうレベルじゃない。
いじめっ子が振り上げたこぶしを避けようとして、反射的に自分をかばうのに似ていた。
ごっ。
何度も吹き飛ばされる体。
木の葉のように空中に舞いながら、落ち、また吹き飛ばされ。
そんな中で、おぼろげに考えていた。
レ、レベルが違いすぎる……!
待ちの戦法が通用するような実力差じゃなかった。
防いだ盾は一撃で崩されて意味をなさず、躱そうにも向こうの踏み込み速度が速すぎて対処できずにいる。
隊長の打ち込みだって、しっかり腰を落として防御すれば防げた。
やばそうな攻撃はしっかり見て、かわすこともできた。
だけど、これは無理だぁ!
だって、踏み込み見えないもの!
ファルクラムの攻撃はもうそういうレベルではない。
力……。
力だった。
圧倒的な速度で間合いを詰める脚力。一撃で相手を吹き飛ばす腕力。
霧を吸っても大丈夫なように対策すれば、この人は竜もあっさりと討ち取ったかもしれない。
だって、攻撃の一つ一つが竜と同じくらい痛いもん。
パワーで同等なら、スピードで圧倒的に勝るこの人は、竜に対してもやりたい放題できる気がする。
きっと、こういう人がみんなの思い描く勇者や、英雄なのだろう。
シルディアの城壁の上で、兵士たちがやんやとファルクラムをはやし立てていた。
彼も「へへへ」と笑いながら答えている。
連撃は止んでいた。
ファルクラムが呼吸を整えているようだった。
勝負を決めにくるのだろう。
だけど……。
「仕事はさせてもらうよ……」
自分は口の中に手を突っ込んで、頭蓋骨の中にある試験管を指で割った。