81
あまりにもヴェラが煽るので少々不安になってきた。
「そのファルなんとかさんは、そんなに強いの?」
そんな当たり前の質問に彼女はあいまいな表情で返した。
「いえ、なんというか……。たしかに、ファルクラムは強いです。
両手持ちの大剣から繰り出す一撃は、一度に数人を吹き飛ばすほどです。
でも、なんというか、それだけではなくて……」
言葉を探しているようだった。
「魔術を使ってくるとか?」
「いえ、彼は魔術を使えません。そういう素養は持ってないです。
ただ、なんというか、うまく言えないのですが、立ち回りがうまいというか、気づくと彼の思い通りに事が運んでいるというか……」
うん?
言ってることが、わかるようで、わからない。
ヴェラもどう説明したらいいか、悩んでいるようだった。
「なら、無視しちゃう? ってそれはないか」
よくわからない相手と真っ向から戦う必要もないと思う。が、エルザの状況がそれを許さない。
早くシルディアを落とさないと、もう国がもたない。
これからの戦局を有利に運ぶには、たとえ嘘だとしても竜の力が使えるぞってところを決闘で見せなければならない。
せっかく敵の兵士は、怯えてくれている。
どんなに堅固な要塞でも守るのは人間だ。
竜の力は使えないのだ、と敵兵士が心の底から思わせるのはダメだ。
怯えてすくんでいた兵士たちが、元気になってしまう。守りはもっと硬くなる。
それだけは防ぎたい。
ヴェラの話から、ファルなんとかさんは両手大剣を使うパワータイプの騎士だということだけはわかった。
まだ頭を抱えて、どう説明したらいいか悩んでいる小さな頭に手をおいて、フードの上から頭をぐりぐり撫でてやった。
不思議そうな顔で、こっちを見上げてくる。
顔は相変わらず、すすだらけだ。
よくわからないが、放浪の民族はあまり体の汚れが気にならないのかもしれない。
まぁ、それはともかく。
戦うなら、装備を整えなくては。
まずは鎧。
これはすでに着ているもので十分だ。留め具も確認したけど、どこにも不備はない。
次に剣。
これもきちんと手入れしておかなきゃ。
それから、エルザ軍に置きっぱなしになってた斧と連弩。
ふと思いついてワイズに相談する。
「ねぇ、連弩の矢に毒って塗れるかな?」
ワイズはハハハと、面白そうに笑う。
「できるぞ? 三日ぐらいもがき苦しんだ後に、全身から出血して死ぬやつでいいか?」
「なんで、いきなりそんな物騒なのを……。そうじゃない。即効性の麻酔みたいなもの」
「麻酔か……。できないことはない」
なんで急に詰まんなそうな顔をするんだ、こいつは。
「骨さん」
「何? オルガ」
「決闘するなら、わたし、体を見てあげようか? いま、けっこうボロボロになってるでしょ?」
そういえば、長いことオルガに見てもらってない。
「幸い、戦場だから、替えの骨はいくらでも調達できるしね」
なんて、彼女も物騒なことを言い出した。
まぁ、これが戦争なんだろう。日常とは考え方が違っちゃうんだと思う。
ふと、見るとロイが連弩を前にして、工具のようなもので分解、整備してくれていた。
ねじを締めたり、油をさしたり、いろいろ自分がわからないところを細々といじってくれている。
そういえば、村でも農具の手入れとか、修理なんかをやってたっけ。
けっこう器用なのだ。
こうして、みんなが力を貸してくれるのを見ると竜と戦った時のことを思い出す。
あの時は何百もの人が自分を支えてくれた。
今だって、規模は小さいけど、あの時と同じ感じがする。
決闘は、シルディア城塞の正門前で行うことになった。
戦う意志をエルザの将軍に伝えると、バルバラとやりとりして場所を決めてくれたみたいだった。
手間が省けていいが、なんでここなんだろう。
高い崖の上にあり、細い道しか通じていないシルディアの正門前は武装した兵士百人程度で手狭になってしまうほどの広さしかない。
そんな場所に、自分はみんなが揃えてくれた装備を身に着けて立っていた。
実は追加で二つの薬品が持たされていた。
今朝、ワイズは白い煙が出る液体と一緒に、金属を錆びさせる液体と、気体を吸うとめまいがする液体を持たされていた。
三つの液体は、栓のついた三本の試験管に入っている。
煙が出る液体の試験管は頭蓋骨の中に。
残りの二つはロイが作ったというベルトのスロットに収まっている。
二人とも、目の下にクマができている。きっと寝ないで作ってくれたんだろう。
頼んでもないのに、いろいろ考えてくれたんだ。
試験管を差しておけるベルトなんて、二人が話し合わないと作れるわけがない。
なんだかんだで、やっぱ二人は仲がいいみたい。
先に決闘の場所に到着して相手を待った。
場所が手狭なので、自分はここに一人で立っている。
エルザのほかの兵士たちは、崖の下から自分を見てくれているらしい。
崖から見下ろすと、エルザの兵士で埋め尽くされていた。
なんか、話が大きくなっちゃってるような。
もっとも、この決闘は今後の戦いを占う意味もあるのかも。
それに娯楽の少ない戦場での面白い見世物なのかもしれなかった。
あ、占いといえば、マルガ。
皇都も今、大変だと思うけど元気でいるのかな。
目の前のシルディア要塞正門は、分厚い鉄の扉だった。
城壁の上には、たくさんのバルバラ兵がいて、こちらを見下ろしている。
「あれが恐怖騎士か」なんて声がここまで届いてくる。
しばらく待つと、正門がぎぎぎぎぎと重そうな音を立ててちょっとだけ開いた。
人が一人通れるくらいの隙間だけ開いた。
見ていると、中から誰か出てきた。
大きな人だった。自分より三回りくらい大きい。
でも、ラルゴ隊長よりは小さいかな。
顔は……一言でいうならかっこいい。短髪で物語の主人公のような風貌。
でも、女性が好む感じではない。
気の荒い少年が、こんな風になりたいと思うようなそんな顔だち?
手紙の文面は「我、バルバラの騎士ふぁるなんちゃらは、ランバートの英雄にうんぬんかんぬん」だっけ。
もらった手紙は、ちょっと硬い感じを受けたが、目の前の人からはそんな感じは受けない。
騎士というより、傭兵といった感じがする。
背中に背負った大剣は、シンプルなクレイモア。
自分は全身鎧だけど、ファルなんちゃらさんが着けてるのは人体の要所の部分だけを守るプレートメイルだった。
防御は落ちるけど、動きやすそうだった。攻撃的な印象を受ける。
彼が城門から出てきたとき、城壁の上にいたバルバラ兵が一斉に声を上げた。
ファルなんとかさんは、それに応えるように振り返ると、片手をあげた。
「おら! しっかり見とけ! 俺が買ったらてめーら銀貨三枚ずつだからな!」
軽口を叩くと、城壁の上からは一斉にブーイングが飛んだ。
でも、ブーイングを飛ばしているバルバラ兵達はみんなすごく楽しそうだった。酒場でさわいでいるような雰囲気だ。
ファルなんとかさんも、笑いながら「チッ」と舌打ちしてこちらを振り向く。
声は自分からかけた。
「ラブレターありがとう。でも、文体はもっと柔らかくしたほうがいい。ちょっと硬い感じだから」
自分の言葉に、ファルなんとかさんは、不意を突かれたような顔で一瞬固まった。
が、すぐに大声で笑い飛ばした。
「ラブレターか、そいつはいい! でも、硬い? 俺の出した手紙にはどんな風に書いてあったんだ?」
自分で書いた手紙なのに、変なことを聞くんだな、と思ったが。
手紙の文句を教えてあげた。
「あー」とファルなんとかさんは考えるようなそぶりをする。
「一言『ぶっ殺す!』って書いた手紙を送るつもりだったんだが、俺は文字は書けねぇ。
だから、代筆を頼んだんだが。そうか、どっかのバカが内容変えやがったな」
なるほど、それだけのことか。知ってしまえば、たいしたことはない。
自分は黙って一歩、相手に近づいた。
ファルなんとかさんは、ニヤリと笑って背中のクレイモアに手を伸ばす。
「ほんじゃ、ぼちぼち、はじめますか」