8
約束をしたあと、エミリはさっさとどこかに行ってしまい、自分とミザリはその場に取り残された。
朝のごたごたした時間も終わったのか、村は若干の静けさを取り戻した。
さて、じゃあ、誰かつかまえにいこうかな。
と思ったけど、なんだか村は閑散としていた。
もともと、そんなにたくさんいるわけでもない人間が、仕事に出払ってしまったみたい。
ああん。
そういうこと?
村にいるのは、年寄りと子供くらいだった。
今も、ちょうど三人組の子供が脇を通りすぎていった。
まぁ、この際、子供と遊ぶのも悪くないと思ったので「ねぇねぇ」と声をかけた。
けど、一番やんちゃそうな男の子は、こっちをじろっとにらむと何かを投げつけてきた。
昨日、石を投げつけられたのを思い出す。
とっさに頭を抱えたけど、頭蓋骨にこつんと当たったのは小さな木の実だった。
それを拾って呆然と立ち尽くす。
すると、子供たちはもう一回、同じように木の実を投げつけてきた後、走って逃げていった。
もう、なにこれ。
自分はミザリのほうを見て
「木の実、当たらなかった?」
彼女は首をふるふると振った。
この子には、当たらないように投げたのかな?
「ねね、あの子たちはミザリの友達?」
聞くと、ミザリはただじっと自分を見つめたまま、首を縦にも横にも振らなかった。
あてどもなく村の中をぶらぶらと歩く。
相変わらず、ミザリは自分の手を握って放さなかった。
自分も一人でいるよりはぜんぜんいい。
会話をしなくても別に変な空気にならない。
彼女が隣にいるのはとても自然なことに思えた。
だから、そのままにしておいた。
ただ、太陽が一番高くなるころになるとミザリのおなかが小さく鳴った。
自分が立ち止まると、丸い瞳が見上げてくる。
「おなか減ったよね? ご飯食べにおうちに帰る?」
何かすこし考えた後、ミザリは自分の手を引いて歩き出した。
連れて行かれたのは、村のはじっこにある小さな家だった。
彼女は一旦、つないでいた手を放すと、両手で家の戸をあける。
そうして、また手をつなぎなおすと自分の手を引っ張って家に中に入れてくれた。
家の中に人の気配はなかった。
入るとそこは土間だった。
木と石でできた柱と壁、かまどと壁にかかったなべなどが目に入った。
かまどにはうっすらとほこりが被っている。
テーブルには、いすが三つあった。
ミザリは自分をその一つに座らせると、てってと戸棚のほうに走っていく。
そこからパンを取り出し、両手でそれをもって戻ってくると自分の隣のいすに座った。
そして、ざっくりとそんなに大きくもないパンを二つにわると、半分こっちに差し出してきた。
ふむ。
差し出されたほうを少しちぎると、口をあけてそこに放りこんだ。
噛みもせず飲み込まれたパンは重力にしたがってあごの下から落ちていく。
それをアバラの下に差し出した、もう一方の手で受け止めた。
「見ての通り、食べられないんで。全部食べちゃって」
ミザリはまん丸な瞳をさらに丸くして、しばらく呆然と眺めた後、きゃっきゃと笑い出した。
なにが面白かったのか。
彼女はパンをちいさくちぎっては骨の口に放り込んでくる。
さっきと同じように下で受け止めては、逆に彼女の口にせっせと運んでやった。
それはパンがまるまる一つなくなるまで続けられた。
その後は家の中で遊んだ。
彼女は自分の肋骨をつかんでぶらさがるのが好きなようだった。
自分も調子にのって、ミザリがぶら下がったまま体をゆすってやった。
けど、そのうち、肋骨がぴきぴきと音を立てたので怖くなってやめた。
しばらくするとミザリがうとうとしだしたので、ベッドに運んで寝かせてやった。
朝、早かったからな。
なにもはまっていない小窓から、西日が差し込んできていた。
「遅かったね」
エミリはとくに責めるでもなく言った。
夕方、自分は約束どおり村の近くにある小川のほとりに来ていた。
「どこいってたんだい?」
その声がやけにやさしく聞こえたので、素直に今日のことを話した。
「あの子の面倒を見ててくれたんだろ? ありがとね」
「違う違う。一緒に遊んでただけ」
エミリはぷっと吹き出した。
「心配で通りがかるたびにちょこちょこ見てたんだけどね」
「え、ぜんぜん気がつかなかった」
「気づかれないように見てたから」
ちょっとだけつり気味の目、ほほに薄く浮いたそばかす、赤い髪は西日を受けてもっと赤く見える。
「あの子のこと、どこまで?」
彼女はこちらを見てなかった。視線は夕焼けの小川、そのせせらぎの上にある。
「そんなに詳しくはわかんない。家の中の様子だと、多分、家族はいないのかな?」
「ほかには?」
「あと、頭に包帯まいてるけど、あれ、おしゃれじゃないよね?」
「誰かに聞いた?」
「いーや、今日まともに話をしたのは君だけ。あの子はしゃべれないみたいだったから」
そうか、とエミリは言った。
「あの子さ、三つのときに二人とも親を亡くしちゃってさ。ほかに親類もいないってんで村の人間で面倒見るんだよ」
「ほうほう」
「まぁ、それだけならよくある話かもしれないんだけどさ。ただ、それだけじゃなくてさ。半年くらい前だったかな。あの子、死にかけてね」
「頭の怪我?」
「うん。ちょっと高いがけから頭から落ちたんだ。そりゃひどい怪我で血もいっぱい出てた。最初、倒れてるあの子を見たとき、あたし悲鳴をあげちゃったよ」
「包帯巻いてるって事は、まだ直ってないの?」
「いや、傷はふさがってる。ただ、まだ傷跡が目立つから」
「そうかー」
自分はエミリに視線(と自分で思っているもの)を向けた。
「で、自分にどうしろって?」
話がはやいね、とエミリは息をつく。
「あんたにもさ、あの子の面倒を見てもらえないかと思って」
「いいよー」
「子供一人だよ? 大変なことくらいわかるだろうに」
自分で言っておいて意外な顔をする。
「どうせやることないし」
エミリは、ハーッと息を吐いた。
「そうかい。でも、さすがにただってわけにはいかないよね?」
「えっと、それならねぇ……」
たまにここで一緒におしゃべりしてほしいと告げるとあきれたように笑った。
「欲がないね」
「それはお互い様だとい思うけど。でも、なんでミザリにこんなにやさしくするの?」
あの子には親類はいないといった。
エミリだって赤の他人のはずだ。
そんな自分を見て、エミリはとても不思議そうに言った。
「理由がなくちゃ他人にやさしくしちゃいけない?」
そういって、彼女は微笑んだ。