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「分かってはいたが、ついに来たか」
そうつぶやいたのは、ラルゴ隊長だった。
シルディア城はバルバラの難攻不落の城として軍人なら誰でも知っている城らしい。
テーブル上に隆起した崖の上に立ち、はしごをかけて上ることすらできないほどの高低差がある。
唯一攻めることのできる正門は曲がりくねった丘の道の上にあり、足場がないため一度に攻めることができるのは少数の兵のみ。
その歩兵さえ、城壁の上から矢を射られたり、石を投げ落とされたりしたらすぐに大打撃を受ける。
囲むこともできず、どんな大軍でもわずかな手勢でしか一度には攻撃できない作り。
おまけに備蓄も十分にあるらしく、一年は籠城して戦えるそうだ。
時間があればずっと囲み続けてもいいかもしれない。
シルディア城内の備蓄が尽きるまで。
でも、エルザにはもう残された時間はない。リム平原とバルバラ森林の戦いですでに一月半の時間がたっている。
もってあと三か月だと言っていた隊長の言葉を思い出す。
食料だけでも三ヶ月。加えて、マトレンが北から攻めてきていることも加えるとやはり焦らざるを得ない。
残り一月半。五十日程度か。
それだけの期間で、この要塞を攻略し、その先にある帝都バルバラも陥落させなければならない。
「最も、シルディアはバルバラの防御の要所。ここを落とせば、バルバラは降伏する可能性は十分高い」
とのこと。
そうなれば、早く決着がつけられるが、そもそもこの城、落ちたことがないらしい。
「なら、この城を素通りして帝都に行っちゃえば?」
なんて素人の意見を言ってみたが、ヴェラに怒られた。
「帝都の兵と、城から出てきたシルディアの兵にエルザ軍が挟撃されるじゃないですか。だめです。無視はできません!」
なるほど。
めんどくさい。すごくめんどくさい。
ただ、素通りできないなら落とすしかないわけだけど、どうすればいいんだろ……。
う~ん。
自分も、隣でシルディア城を見ていたラルゴ隊長も、ヴェラもうなるしかなかった。
もっとも、だからこそバルバラの要所なんだろうけど。
考えていてもしょうがない。
ということで、エルザ軍は一部の部隊で城の正面を攻めながら、周囲を魔術師で囲んで城に「爆火」を撃ちまくっている。
大変なのは、オルガとワイズだ。
城を囲むこともできないし、正門を攻めるのは持ち回りでやるので兵士は基本暇、というかできることがない。
だけど、こんな時こその魔術師なわけで、彼らは毎日何発も「爆火」を撃つ砲台のような役割をさせられていた。
ヘロヘロになったオルガが幕舎に帰ってきて、すぐにごろんと横になる。
あとから聞いた話だけど、「爆火」は一日に十発くらいしか撃てないらしい。
よくわからないけど、精神的にどっと疲れるそうだ。
身体的な疲れじゃないけど、長く読書や勉強をした後みたいな疲れを感じるらしい。
「つ、つかれたぁ~」
「おつかれー」
対して、自分たちは気楽なものだ。だけど、何もできない焦燥感はある。
あの城は、敵に何もさせないことでその防御力を高めている。いやらしい作りの城だけど、逆に言えば非常に考えられている。
負けない戦いを信条とする自分とどこか似ている感じの城。がっちり守りを固めて、相手に何もさせず、自滅を誘う。
自分はあんなに頑丈じゃあないけどね。
寝っ転がって起きないマルガ。その短いローブの裾から下着が見えた。
「パンツ見えてるよ」
はっきり言ってやったが、無視して直そうともしない。ごろんと横になったままだ。それくらい疲れているのか。
あるいは自分がそういう対象として見られていないのかもしれない、というか見られていないのだが、そういえば自分、まだ男か女かも分かっていない。
どちらかというと男なのかなーなんて思うけど、今使っているこの骨の下半身、伯のご先祖様の女性のものなんだよね。
下半身が女性なら女なのかな?
そんなあほな考えが頭の中にふと浮かぶ。
遅々として、進まないシルディア攻略。
もともと、わかっていたエルザの将軍たちは、それでも打開策を求めて頭を悩ませている。
将軍たちは、「そもそも無茶ぶりなんだよ」とか「できないことはできんのだ」とか毎日愚痴を言っているそうだ。
あ、これは隊長情報ね。
とはいうものの、自分もこのままでいいとは思っていない。
かといって、本当にいいアイデアが思い浮かばない。
シルディアをせめて数日たつころに、隊長に呼び出されて将軍たちと会議したこともあった。
彼らは執拗に求めてきた。
「あの霧で、城を包みこんでもらえないか」
うーん。確かにそれなら手っ取り早いかも。
霧にさらされた装備は腐蝕してダメになるし、それを吸い込んだ人間は血を吐いて死ぬ。
霧で包んでしまえば、無条件で城を放棄して逃げないと中にいる人間はみんな死ぬ。
一時的に拠点を制圧するには、腐蝕竜の霧ってすごく便利っぽい。
でも、もうあの力は手元にはない(ということになっている)。
それに自らの手に余る力は逆に自分たちに牙をむく。
そもそも、あの力を使おうとしてもろくなことがなかった。
むしろ普通に戦っている人たちの邪魔なのだ。
もっとも、こんな難攻不落の要塞相手では特別な力に頼りたくなるのも道理なのかもしれないが。
そんなこんなで、期待していたヴェラさえも攻略の作戦を立てることができずに一週間ほどが過ぎた。
正直、その間、シルディアはほぼ無傷で崖の上に立っていた。
連日、エルザ全軍の魔術師、五十人ほどが城壁に「爆火」を撃ち込んでいるが、城壁がちょっと焦げるだけで全然効いていないらしい。
相当、分厚い城壁らしい。
さらにそれから三日くらい。
業を煮やした将軍たちが、自分の部下に八当たり始めるくらいになってなんだか敵に動きが見えた。
いつもは城壁の上に配置されたバルバラ兵が、下にいるエルザ兵を見下ろしながら矢や投石をお見舞いするだけの日常。
それに変化が起きた。
その日もエルザがさんざん無意味な攻撃をシルディアに行って、昼過ぎに一旦休憩を取ろうと軍を引いた時だった。
ごごご、とシルディアの正門が開いて中から数人のバルバラ騎士たちが出てきた。
将軍たちは「いまだ、突撃ー」とか叫んでたけど、休憩前で気は抜けているし、疲れているのでみんなあまりその指示には従わなかった。
そんな士気の低い兵士たちを薙ぎ払いながら、バルバラの騎士の一人が弓を構えると、一本の矢を放った。
そして、そのまま全員、シルディア城に帰っていく。
矢には、何か手紙がくっついてたみたい。
エルザ兵の一人が拾って、将軍のもとに届けたそうな。
自分も一応戦闘準備してたけど、特にやることもなく幕舎に帰った。
が、すぐそのあと。
「すまん、骨。来てくれないか」
また、隊長が自分を呼びに来た。が、様子がいつもと違う。
バルバラ騎士が矢につけてこちらに放った手紙があることから、なんとなくわかってた。
またどうせろくでもないことが起こりそうな予感がする。
エルザの将軍の幕舎に入ると、彼らは一斉に自分を見た。
うあん、やっぱりそうみたい。
促されて末席に座ると、将軍は手にしていた紙切れ――バルバラからの手紙が自分の手元に回ってきた。
目を落として読んでみる。
『我、バルバラの騎士ファルクラムは、貴国が誇るランバートの英雄に決闘を申し込む』
やっぱ、ろくでもねーじゃねーか!