78
戦場の中では、自分たちはいつも動かされてきた気がする。
命令に。
状況に。
あるいは感情に。
でも、ここに来てようやく自分たちの意志で戦いを始められる。
幕舎でオルガと今後の相談をしていると、ヴェラとロイが不意に入ってきて言った。
「骨さん。敵の補給路、見つけてきました」
「え!」
昨日、お願い(命令ではない。隊長だけど、とても、上からものを言える立場じゃない)したばかりなのに、もう見つけてくるなんて。
「早いわ、本当に補給路?」
オルガも同じことを考えていたらしい。
ロイは、自分の体にくっついた葉っぱや細かい木の枝なんかを払いながら、言った。
「間違いねぇ。荷物を積んだ馬車が何台もそこを通り過ぎていくのを見た。ほかにも経路はあるかもしれんが一つは確定と思っていい」
自信のある声。でも、かなり疲れを感じさせる。
「ごくろうさま。すぐにみんなに休むように伝えて。それからヴェラもロイもゆっくりして」
「ああ」
ロイが返事をした瞬間、どこかけがをしたのか、一瞬、痛そうに顔をゆがめた。
「どうしたの? けが!?」
慌てて立ち上がるとロイの肩を抑えて、体中を見まわした。
二の腕に切り傷がある。どう見ても刃物傷だ。
「これは……」
ヴェラがやれやれと肩を落とした。
「敵の兵士に見つかってしまいまして。肉厚のナイフを持った一人の猟兵でしたが、かなりやるようです。
すぐに逃げたんですが、恐ろしくしつこい兵士で。何人かやられましたよ。死人が出なかったのが不思議なくらいです」
エリク……。
その名前が不意に浮かんだ。
自分が殺しそこなった猟兵。そして、自分を見逃した猟兵。
ロイは数人を連れて、敵の補給路の探索に行ったはずだ。それに一人で戦いを挑んで、あっさり返り討ちにしてしまうなんて。
やはり殺しておくべきだった?
いや、今さらか。
「骨?」
黙り込んだ自分にロイが怪訝な顔を向ける。
「ごめん。何でもないよ」
いや、この際、正直に全部話してしまおう。後で、どうだったってのが一番いけない。
自分はヴェラとロイにエリクとのことを話した。
すると、二人ともため息をついた。そして、それだけだった。
え、なに。
「なんで、殺しておかなかったんだって。もっと怒られると思ってた」
そう話した自分に。
「まぁ、骨ならしょうがないな」
「骨さんですから、しょうがないですね」
あきれたように言われる。
なんだか、釈然としない。
「でも、ロイもほかの人もけがしたんだよね?」
ロイはちょっと笑って言った。
「なんつーか、お前のやることにはもうあきらめがついてる」
「なにそれ?」
「悪気がないっていうもの、厄介なもんだよな」
彼は笑いながら、幕舎の敷物の上にどかんと腰を落とした。
いつの間にかワイズも来て、車座の中に加わっていた。
次は、こちらからの報告だ。
オルガといっしょにラルゴ隊長に掛けあって、敵の補給部隊を狙っている隊を教えてもらい、そこで話を聞いてきた。
説明は彼女に任せる。
「えっとね。敵の補給路は全部で三つあるらしいの」
そう言って、いろんな隊を回るうちに手に入れた、この辺りの地図を床に広げる。
地図には、敵の野営地につながる三つのルートが示されている。
エルザの斥候は、敵の部隊の大体の配置をつかんでいる。
ヴェラがそれを見ていった。
「あ、ここです! 私たちが見たのは、このルート!」
自分はオルガと顔を見合わせる。なるほど、間違いないらしい。
ならば。
「エルザ軍内の情報と、自分たちで確かめた情報が合致してる。
ルートはこれで、ほぼ間違いないよね。
なら、あとは襲撃か」
でも、どうしようか。
ルートは三つある。部隊を三つに分ける?
それとも、どこかにあたりをつけて一か所に戦力を投入する?
「ヴェラ、敵の補給部隊にも護衛は当然ついてたよね?どれくらいの数?」
「はい。部隊単位で輸送を行っているみたいです。大体、四十~五十人といったところでしょうか」
ロイもそれにうなずく。
「なら、部隊を三つにわけて、全部に網を張るのは厳しいよね」
自分たちも大体五十人程度の集団だ。それを三つに分けると十数人。
かりに三つに分けてると、相手の護衛部隊と1:3の戦力比で戦わなければならなくなる。
オルガが手を挙げた。
「ならさ、少人数の斥候を三ルートに配置して、自分たちのルートに来たら合図で知らせるってどう? そこにみんなで襲い掛かるの」
どうよ? とばかりに得意げに語るオルガにヴェラが遠慮がちに言う。
「いえ、難しいでしょう。三つのルートはそれぞれに距離がありすぎる。それに大きな音や狼煙で合図すれば、敵も呼び寄せてしまいます」
「そっかぁ」
オルガはへこみつつも、ワイズに聞いた。
「監視魔法でどうにかならない?」
ワイズはしばらく考え込んだ後、「いや」と続けて、監視魔法の性質を説明してくれた。
監視魔法は離れた場所を見ることができるけど、視点をどこに置くかが重要なのだそうだ。
今回のような森林戦の場合、あまり高い位置に視点をおいても木々が邪魔で見えにくいし、かといって地上に近い位置に視点をおいてもやっぱり木々が邪魔で見通せないのだそうだ。
「どこかに一か所にあたりをつけてそこを襲うしかないな」
それがワイズの見解か。
「運頼みになりますね」
そういいつつも、ヴェラは三つのうちの一つにルートを絞った。
「仮にルート1、ルート2、ルート3としましょう。
私たちが昨日見たのはルート1、連続で同じルート使うのは人間の心理として難しいでしょう。
確実性はありませんが、1は外します。
あと、2と3のルートのうちのどちらかですが……。
骨さん、前回、ほかの部隊が急襲したのはどのルートか聞いてますか?」
「えっとね。なんでもバルバラに潜入した間者からの情報で、ルート2を通るって聞いてそこで待ち伏せしてたらしいんだ。
けど、結局、補給部隊と遭遇できなかったんだって」
「とすると、前回は1か3を使ったってことですね。
ところで、次回の襲撃はほかの部隊の参加するのですか?」
「いや、ちょっと次回は見送るらしい。だから、この部隊だけでやるよ。だから、悩んでたんだ。どこにしようかなって」
「なるほどな」とワイズが考え込む。「なら、今回はルート2にあたりをつけて待ち伏せしたほうがいい」
「なんで?」
「3は地図を見てもかなり遠回りだし、正直、私だったらあまり使いたくない。1と2を普段使って、3は何かあったときのために、使うとか」
「何かって?」
「たとえば、バルバラ軍のお偉いさんが、エルザに侵入したバルバラの間者から襲撃予定の連絡を受けた時に使う、とかな」
「「「あ」」」とみんなの声が重なった。
ワイズは続ける。
「バルバラに潜入した間者からの情報で待ち伏せしたのに、相手はそこを通らなかったって言うのは、つまり、そういうことだろう?
こっちも間者を忍ばせてるなら、向こうも同じことをしてるはずだ。
骨、ちょうどいいじゃないか。ほかの部隊には一切知らせずに、私たちだけでやったほうがいい」
その言葉通りになった。
狙うは敵の定期補給部隊。
一定の間隔で補給に来るので、タイミングはとりやすいのだが、どのルートでくるのかわからないのが難点。
今まで、他の部隊は、それで肩透かしを食らってきたけども。
自分たちはぴたりと当たった。
「ほんとにきましたね」
ヴェラが緊張した面持ちで言う。
荷馬車が十数台。たっぷりの物資を積んだ馬車が列をなして進んでいる。
ルート2の付近。二日前から潜伏していた場所は山の中腹だった。
崖の上から、敵の補給部隊が丸見えだった。
荷物を運んでいるため、速度はそれほど出せないようで、一つの馬車につき大体四人くらいの兵士が前後左右について進んでいる。
不思議なことに警戒はほとんどしてなかった。
まるで、襲撃などないと思い込んでいるような気安さがバルバラ兵の顔にはある。
「みんな、いくよ」
身を伏せつつも、いつでも飛び出せる体勢の五十人ほどの兵士たち。
この部隊は、軽犯罪者や、厄介者などの集まりなので、みんな人相がよくない。いや、悪い。
道行く馬車を狙うその面構えは山賊か盗賊かという風情。
「逃げた人は追わなくていい。抵抗してくる人も、できるだけ殺さないであげて。
自分たちの狙いはあの積み荷だ。
もう、この際、奪って自分のものにしてもいい。でも、持てない分は燃やすなりなんなりして、バルバラの手に渡らないようにするよ!」
「奪ってもいい」というところで、人相の悪い兵士たちの間から「ひゅー」と口笛がなった。
あ、ばか! 敵に気づかれるだろ!
見ると、隣の兵士にぼかんと頭を殴られて、「ぐへへ」と笑っている。
ああ、これもう軍隊じゃない。山賊だぁ。
半ばあきらめながら、「突撃!」と命令を出す。
49部隊の兵士たちは、「ヒャッハー!」と声をあげながら嬉々として敵に襲い掛かった。
敵は一瞬で散り散りになった。
どの兵士も、なんでこんな場所にエルザ兵が、という驚愕を顔に張り付け、武器を捨てて逃げていった。
49部隊の兵士たちは、敵の捨てた武器を確かめて自分の持っているのより良ければそれを奪って自分のものにした。
両手いっぱいに食料を抱えて、ご満悦の顔をしている奴もいる。
オルガからの報告で被害はないのはわかっていた。
奇襲は大成功と言ってもいいはずだ。
ワイズは自分が持っていたカバンからフラスコを取り出すと、すべての馬車に中に入っていた液体をかけた。
そして、みんなを下がらせると「爆火」の小さいのを次々に馬車に向けて放った。
ごうごうと燃え上がる敵の馬車とそこに積まれていた物資。
「早く引きましょう。立ち上る煙を見て、バルバラの本陣から兵士がやってくるかもしれません」
ヴェラの言葉に自分たちは慌てて逃げ出した。
退却というよりも、とんずら、というのがお似合いのありさまだ。
何が楽しいのか、逃げながらみんな声をあげて笑っていた。
こんなことを何度も続けた。
備蓄もあるだろうから、一回の補給分くらいなくても大丈夫だったかもしれない。
だけど、何度も続けられるとさすがにバルバラも苦しくなったようだ。
自然、バルバラ兵士の一部が補給部隊の守備に回された。
もっとも、それは誰が見ても悪手だ。
いつ襲ってくるかわからない敵を待ち続けるのはつかれる。緊張が続かないのだ。
対して、自分たちは好きな時に好きなように攻撃した。
本当にいたのかどうかわわからないが、きっとエルザ軍に侵入したバルバラの間者は焦ったと思う。
だけど、自分たちは完全に独立した部隊だ。
誰かの命令を受けてやっているわけでもないので、いくら間者がエルザ軍の中を嗅ぎまわったところで意味はない。
補給部隊を襲うエルザの独立部隊。その対応にバルバラは兵士を裂かなければいけなくなった。
自分たちは、ある時は襲い、ある時は敵の数が多いので襲撃をやめたりした。
好き勝手に飛び回るハエのような自分たち。
それに気を取られて、バルバラはそちらに兵士を裂き過ぎた。
戦線に投入する兵士の数を減らしたため、エルザに付け入るスキを与えたのだ。
エルザの部隊が、バルバラの部隊を突破して本陣に牙を突き立てた。
撃滅にまでは至らなかったが、それでもバルバラは体勢をくずして、また後方に下がった。
それを追ってバルバラ領内を侵攻する。
そして、敵を防衛拠点まで追い詰めたが、エルザの勝鬨はそこで途絶えた。
進軍の果てに目の前にある巨大な城塞を見て、誰もが息をのんだ。
シルディア要塞。
天然の岸壁を利用した、その巨大な城塞はバルバラへ侵入するものを拒む、巨大な盾に見えた。
バルバラの不落の要塞である。