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「独立部隊って、ほ、ほんとですか……」
ヴェラの問いにあっけらかんと答える。
「そうだよー」
「な、なんで、急にそんなことに」
正直、エルザ軍に戻った自分は今後のことをいろいろ考えてはいた。
だけど、「こわがらせて、ごめんなさい」をしながらみんなのところを回っているうちに思った。
他の部隊の人たちと一緒に戦っていくのは、まだ、ちょっと難しそうだな、と。
もちろん、口では「もういいよ」と許しくてくれた。
だけど、その声も震えてるし、きっと心の中ではまだ自分のことを怖がっていると思う。
そんな相手が横にいて、力を出せるわけがない。
そう考えた自分は、その足で、エルザ軍の将軍のところに行って話をしてみた。
将軍も確かにそうだな、と納得してくれて、それなら一部隊だけ切り離すか、ということになったのだ。
やり方は自由に決めていいと言われた。
正直、独立部隊なんて言っても雑用のように使われるかと思ったのに、太っ腹である。
将軍は言った。
「ランバート伯とは旧知の中だ。よくしてやってくれと、頼まれてもいる」
ということらしい。
久しぶりに伯の名前を聞いて、懐かしい気持ちになった。
自分はやっぱり一人じゃ何もできないらしい。
見えないところで、いろんな人に支えられているのだ。
自分は目の前に集まった兵士たちの顔を見た。
こんな自分にもまだついてきてくれる兵士たちの顔だ。
「それじゃ、今から生まれ変わった49部隊の方針を発表する。
みんな、よく聞いてほしい。
まず、第一に、『できるだけ、人は殺さない』」
部隊の中から、ブーイングが飛んだ。
やらなきゃやられちまう!
甘いこと言ってんな!
戦争しにきてんだぞ、おれたちは!
確かに、その通りだ。
でも。
「なら、聞くよ?
この中で、人を殺したいから戦争に参加してる人はいるの?」
みんな、黙り込んだ。
ひょっとしたら。
俺は人を殺したくてたまらねぇからここにいるんだ、ヒャッハー!
なんてやつがいるかもしれないと思ったけど。
でも、いなかった。まぁ、たいていはそうだろう。殺すのも殺されるのも嫌なのだ。
自己の保存、種の保存。
それが生物の本能なのだ。
「でしょ? 誰も殺したくない。でも、殺されるかもしれないから殺す。
だからさ、みんな心の中では本当は罪悪感を抱えてる。それに後悔も。
自分も、一人でいるとき敵の兵士の一人と戦った。
森の中で一対一で、相手を気絶させたけど殺せなかった。
生かしておけば、味方が殺されたかもしれないのにね。
でも、できなかったんだ」
隅で話を聞いていたワイズが言う。
「なら、どうするつもりだ? 何を言ってもこれは戦争だ。相手を殺さなければ先には進めん」
ほかの部隊のみんなも、不承不承うなずく。
さっきほど、強固に反対はしない。
だけど、こんな骨の言っていることは理想に過ぎないこともわかっている。
戦っているのは現実なのだから。
だけど、やり方はあるはずだ。
「殺して進む。確かに、それは常道だと思う。一番、手っ取り早い方法かもしれない。
けど、みんなそれをするのは嫌なんだ。もちろん、敵だってそうだと思う。
だから、戦争は長引くのかも。
だけどさ、殺さずに勝てる方法があれば、それが一番いい。
みんなだって、そんな方法があれば、思いっきり戦えるでしょ?
嫌々やることより、これが正しいと思ってやったほうが結果だっていいはずだ!」
オルガは難しい顔をする。
「それは、そうかもしれないけど。でも、どうやるの?」
自分はきっぱり言い切った。
「わかんない!」
「「「おいぃ!」」」
兵士たちから総突っ込みを受ける。
「だから、一緒に考えてほしい。力を貸してほしいんだ」
そうだ、自分は非力な骸骨だ。頭もあんまりよくない。
だけど、力とは何かはもう学んだはずだ。
そして、それはすでにここにある。
しかし、みんなの反応はいまいちだった。
「殺さず勝つ方法って。そうは言ってもな……」
誰かのつぶやきに、ヴェラが考え込むそぶりをしながら返した。
「ようは、相手を戦えなくしてしまえばいいのですよね?
それだったら、よくやるのは補給部隊を強襲する方法ですかね」
「補給って食料?」
「はい。それも含めていろんな物資ですね。
軍隊って何万人も抱えなきゃいけないから、維持が大変なんですよ。
現地調達にも限界はあるし、必ずどこかから補給を行うはず。
補給部隊を叩けば、維持できなくなって後退せざるを得ませんよね」
「なるほど」
それなら、とワイズもつづけた。
「頭を叩くのもありだよな。作戦がなければ軍は戦えないからな。もっとも、それができれば苦労はしないが」
オルガも悩みながら。
「武器とかが無くなっちゃっても戦うのって無理よね。素手じゃ戦えないし」
ロイがまとめてくれた。
「つまり、作戦か、食料か、武器を叩けば、人はなるべく殺さなくてもいいということか?」
ヴェラが付け加えた。
「そうなりますね。あと、殺すまでは行かなくても、兵士を叩くのもアリです。
けがや病気にさせることができれば、戦うことができなくなります。
病傷兵は看護に人手を割きますし」
よし、決めた。
「作戦を、敵の頭をたたくのは無理そうだね。それに武器を取り上げるっていうのもちょっと難しそう。
なら、一番現実的なのは、敵の補給をたたくことか」
「でも、すでにエルザもバルバラもお互いに補給部隊を攻撃するようなことは、やっているかと思います」
「だから、やらないほうがいいって?」
「まぁ、そういうことです……」
自分を気遣ったのか、語尾が弱くなるヴェラに自分は首を振る。
「いいや。それは違う。成果を出せてないのは自分たちとは別の部隊だ。
それに、今、この部隊にできることは敵の補給部隊を攻撃することだけだよね。
だったら、それをやろう」
オルガが不安な表情をする。
「でも、いまさら、わたしたちがそれをやったところで……」
すでに誰かがやっていて、成果が上がっていない。
難しいことだからなのか、それとも別の理由があるのか。
だけど、自分たちはそれをやっていない。
それに。
「なら、また、ただただ殺し合うだけの戦場に出る?
罪悪感や後悔を抱えながら戦う?
ほかの部隊の兵士たちは立派だと思うよ。
でも、自分は自分のやり方で戦う。
相手を傷つけて勝つ戦い方は、自分の部隊には合わない。
負けない戦い方をする。
するんだ」
みんな、納得できないといった様子だった。
誰一人、自分には賛同してくれない。
しかし、竜と戦った時もそうだったはずだ。
自分一人から出発して、最後はみんな協力してくれた。
今回もそうなるとは限らないが、それでも最初はいつも一人だった。
廃墟で目覚めた時も、村に受け入れられた時も、竜と戦った時も、そして今も。
だから、寂しくないし、悲しくもない。
むしろ、俄然やる気が出てきた。
ようやくスタートラインに立てた気がする。
「オルガと自分はエルザ軍内で、敵の補給ルートを知ってそうなところを回ろう。
ヴェラは何人か選んで、独自に敵補給ルートを探索して。
ワイズは、ここに残って。何かあったら。すぐ自分を呼んでほしい」
みな返事をして、散っていく。
自分は、幕舎の中にヴェラと二人きりになったのを確認すると。
「ヴェラ」
「はい?」
ほいっと、彼女に向けてかくしていたものを放った。
「え? え?」
それを受け取ったヴェラは目を丸くして、自らの手の中にあるものを見つめている。
「これって、腐食の赤玉……、なぜ、こんなところに!」
あの時、崖の下に捨てたとみんな思っているはずだけど、実は捨てたのは事前に拾っていた石だった。
自分はあの時、右手でいくつか石を拾い、数個だけ先生に投げつけ、左手で眼窩の赤玉を外し、右腕を振って手の中に残っていたものを投げた。
つまり、投げたのはただの石だ。わりと、みんな気づかないもんだな。投げた後も、左手の中に赤玉はあったのだ。
「それは、たとえまぐれでも誰かの手にわたってはいけないものらしい。自分の中にいる誰かがそう叫ぶんだ。
だけど、それを持っていると自分はまた、まやかしの力に頼ってしまうかもしれない。
だから、もっていてほしいんだ。いいかな?」
ヴェラは息を飲んだ。
「なぜ、私に?」
そりゃそうか。預かってもらうならワイズでも、ロイでも、オルガでもいい。
「わかんない。
けど、君は大きな力を手にしても、変わらずにいられるような気がする。
もっとも、その赤玉はめったなことでは使えないだろうけどね」
ヴェラは神妙にうなずくと「わかりました」と赤玉を服の中にしまった。
さぁ、本格的に作戦開始だ。
この行動が、どういう風に転ぶかなんてわからない。
だけど、迷ったら進むしかないんだ!