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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
恐怖騎士(テラーナイト)は戦場をさまよう
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 自分を呼ぶ声が遠ざかり、そしてすぐに聞こえなくなった。

 それもそうだろう。

 こんな場所で、大声を上げるなんて敵に自分の居場所を知らせるようなものだ。

 ロイだってそんなことはわかってるはず。

 だから、口をすぐに閉ざしたんだと思う。

 

 まるでみんなから逃げるように森の中を走った後。

 後ろ髪をひかれる思いで、走り去ってきた来た方向を振り返った。

 

 みんなと、一緒に居たかったなぁ。


 胸の奥で湧き上がる気持ち。それを何と呼べばいいのだろうか。

 敵をやっつけて褒められようとは思っていなかった。

 ただ、それでもエルザのみんなのためになればと思ってやったことに偽りはない。

 いまさらながらに。

 竜の力は確かに恐ろしいものだと思う。

 目の当たりにすれば、誰だっておびえてしまうのは無理はない。

 いろんな人から怖がられたり、気持ち悪がられたりするのも覚悟していた。

 だけど、オルガやワイズ、身近な人たちはそれでも受け入れてくれると心のどこかで思っていたんだ。

 はっきりいって甘かった。

 恐怖は等しく植えつけられ。

 力を見せた後で、ヴェラがどれだけ勇気を振り絞って自分に話しかけたか、今になってようやくわかったような気がする。


 森の中をどんどん進む。

 方向はこっちであってるはずだよね?

 なんて聞いたところで誰も答えてくれやしない。

 たまに、斥候や弓を持った猟兵が息をひそめて隠れながら移動しているのを見つける。

 そんな彼らに、腐蝕の視線を向けてみることもあるが、やはりというかなんというか。

 まったく効果が表れなかった。

 腐食竜の力を自分のものにしたと思っていたのにこのありさまだ。

 ただ、まったく使えないわけでもない。

 さっき、ヴェラたちを助けようとした時。

 あの時は、残りかすのような力だけど、ちらっと出た。

 あれは何だったんだろうか。


 この右の眼窩にはまっている赤玉は、本当に気まぐれに力を発揮する。

 その発動条件を理解しない限り、力を使いこなすことはできないように思う。


 しばらく進んだところで。

「いた……」

 思わず、小さな声が出てしまう。

 あれが、敵の本隊じゃないのだろうか。

 こちらも気づかれないくらい離れているが、多数の兵士が誰かを守るように周囲を警戒しているのが見えた。

 すぐに移動できるほど、少人数の部隊ではない。

 森の少し開けたところに、数百人か、あるいはもっとか。

 そんな規模で兵士が展開している。そこにはひっきりなしに、伝令が行き交いしていた。

 戦況を報告しているのだろうか。

 

 本当だったら、今から赤玉の力を使って霧を発生させ、視線を使って敵陣に斬り込んでいく予定だった。

 敵の大将を逃さずに、視線でからめとってやれば、一気に戦いの決着がつくと考えていた。

 けど……。

 力をうまく使えないことが分かってしまったからには考えを修正しなければならない。

 どうしよう。

 どうしようか。

 リム平原で見せたような力が使えたなら。

 いや、きっともう一度同じ状況になれば力は使えるのかもしれない。


 同じ状況……。

 自分に汗腺があったら、冷や汗をかいていたかもしれない。

 あの時は。軍の陣形が乱れて、敵がそこに攻め込んできて、死に物狂いで戦って……。

 また、あれをやれというのだろうか。

 今、目の前にある軍隊に一人で突っ込んでいけば同じような状況になると思う。

 でも、それは自殺行為に等しい。

 

 不意に背後に気配がして、慌てて振り返った。

 見ると、敵の猟兵の一人が片手斧を振りかぶっているところだった。

 慌てて、避けて剣を抜く。 

 敵の本陣のそばなんだ。その周囲に単独で行動する猟兵がいても不思議じゃない。

 

 ただ、ここで暴れるわけにはいかない。敵に気づかれたら、一気に囲まれてやられてしまう。

 自分はすぐさま、来た道を引き返した。

 かなりの速度で逃げていたが、それでもバルバラ猟兵は不思議なくらいしつこく追ってくる。

 なんなんだよ、もう。


 敵の本陣から大分離れたところで振り返って、剣を構えた。

 今の自分にあるのは、鎧とこの剣だけだ。

 盾がないから、頭部を守りにくい。

 兜はかぶっているけれど、それでも武器で殴られたら、中の頭蓋骨が無事で済むとは思えなかった。

 

 木々がうっそうと茂る森の中で。

 足を止めた自分に、バルバラ猟兵は大ぶりのナイフを構えて迫ってきた。

 自分なりに一対一の戦いの基本は、知ってるつもりだ。

 よく敵を見ること。

 それから、チャンスまでは決して自分から仕掛けないこと。

 どちらかというと、このほうがやりやすい。

 周りと歩調を合わせて集団と集団でぶつかりあう平原でやったような戦いは、もろに自分の力のなさが出てしまうような気がした。

 

 負けない戦い方。

 相手をよく見る。

 バルバラ猟兵は体格のいい青年だった。

 そういえば、ヴェラが言ってたっけ。

 猟兵は、どちらかというとエリート兵士に属するらしい。時に単独で行動し、敵の兵士を殺害していく。

 自分で状況判断をし、適切な行動を選択する。戦場でそれができるのは、ベテランや一部の優秀な兵士だけなのだそうだ。

 ため息がでる。

 しかるに自分はどうなのだろか。

 一人になってから、ずっと迷ってばかりいた。

 力も使いこなせないし、戦いの見通しも全然できてない。


 まったく攻撃してこない自分が怖気づいたと思ったのか、バルバラ猟兵は鋭い踏み込み大ぶりの短剣を振るってきた。

 短剣といっても、肉厚で鉈のような感じの重量のあるものだ。

 盾がない今、それを剣で受けるか、後ろに下がってかわすくらいしか手がない。

 とりあえず、逃げ回ってやればいいか。

 自分が逃げた場所は、エルザとバルバラがぶつかっている区域からは離れているようで、多少、騒がしくしても誰かがやって来ることはなさそうだ。

 味方の援護は期待できない。

 だけど、敵の増援も考えなくていい。

 竜と戦った時と似ている。あの時も一対一で戦っていた。

 

 ずっと攻撃をやり過ごしているうちに、敵の表情が変わった。

 何かがおかしい、そう思い始めているようだった。

 きっと、自分の動きがいつまでたっても衰えないから、不審に思っているに違いない。

 皮も筋肉も内臓もないから力はないが、同時に疲れも知らない。

 自分のほとんど唯一の長所だ。

 ここで、腐蝕の赤玉の力を使ってみる。ああ、ダメだ。まったく反応しない。

 赤い玉を通して、目の前の猟兵に視線をぶつけてみたが、一向にどうにかなる気配はない。

 リム平原の時も、戦いの最中に力が発動したから、もしかしてと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 その後も、霧を出そうとしたりいろいろ試してみたが、なにもできなかった。

 本当にこの赤い玉は、どうしたら返事をしてくれるのだろうか。


 猟兵との戦いは、しばらくして終わった。

 いつまでたっても決着がつかず、それどころか体力ばかり消耗するので、見切りをつけたのか。

 バルバラ猟兵は逃げようとしたが、さっと、距離を詰めて逃げ道を通せんぼしてやった。

 焦って、ナイフを突き上げてきて、それが自分の鎧にガツンとあたった。

 だけど、中途半端な体勢と動き疲れて力を失った腕では大した威力は出ていない。

 自分はその攻撃を食らいながら、低い体勢で自分の懐にもぐりこんだその兵士を見下ろしていた。

 振り上げた両手には、剣を握っている。

 腐蝕の視線を向けておいていまさらなのに、自分は刃ではなく、柄頭を敵の頭に振り下ろした。

 脳震盪でも起こしたのか、バルバラ猟兵はそのまま昏倒した。

 

 倒れた敵を目の前にして、自分は悩んでいた。

 猟兵という兵科がエリートの集まりなら、自分はこの男をこの場で殺しておくべきだった。

 このまま放っておけば、いずれ意識を取り戻し、エルザ軍の兵士を再び襲うはずだ。

 それを考えると、手にした剣の切っ先をこのバルバラ兵ののどや、胸につき下ろすのが正解だ。

 だけど、それができずに困っている。

 相手は無抵抗な人間に成り下がっていた。

 命を奪うのは、たやすい。さっきまでそうしようと思っていたのだし。

 しかし、実際、こうして剣を振り下ろそうとすると決心が鈍る。


 いまさら、あれだけバルバラの兵士を殺しておいて自分は何をためらっているのだろう。

 いや、ひょっとしてバルバラの兵士を殺したのは竜の力であって、自分ではないと心のどこかで思っているのかもしれなかった。

 だから、今、こうして自らの手で、本当に自分の手で他者の命を奪いことにためらいを感じているのかもしれない。

 

 結局。

 殺すことができなかった。

 その辺に生えていた蔓をつかって、その兵士を縛りあげるとその辺に転がしておいた。

 このままでも獣に襲われたり、エルザ兵に見つかって殺されたりする可能性は十分にある。

 助けるなら助ける、殺すなら殺す。

 そんな覚悟さえできていない、中途半端な自分が出した答えがこれだった。 

 

 森の中はすでに真っ暗だった。

 戦場に戻ってみると、すでに両軍がひいて野営の準備を始めている頃だった。

 

 ああ。

 今日一日、自分は何をしていたのだろう。

 あんなに必死になって、駆けずり回って、敵とも戦って、でも何かを成し遂げた感じはまったくない。

 エルザ軍の野営のたき火が見えるような場所に来ると、背中を木の幹に預けて座り込む。

 膝を抱えて、その光を眺めていると、いまさら一人きりになってしまったことを実感する。

 あの光の中には仲間たちがいて、苦しい戦いの中だけど、冗談を言ったり、喧嘩したり、小突きあったり、馬鹿にしあったりして過ごしている。

 そうれを思うと。

 その中にいない、こんな暗い場所で一人で座り込んでいる自分がひどく寂しい。


 いっそ、今から敵の軍の野営地に侵入して敵の大将の首をとってこようか。

 自分は休まず動き続けられる。寝込みを襲うのも、あるいは正解かもしれない。

 竜の力ははなくても、自分自身の手で直接、敵を倒せばいい。

 いや……。

 本当に、自分の手で敵を殺せるのだろうか。

 今日、たった一人の敵兵士でさえ殺すことができなかった自分が。

 わからない……。

 わからない……!

 どうしたら、いいんだ。

 自分は何をしたらいいんだ。なんのためにここにいる。


 皮も肉もない両手で、やっぱり頭髪もなにもない自分の頭蓋骨を抱えた。

 

 後ろの茂みが音を立てたので、そばに置いていた剣を慌てて手繰り寄せた。

「……」

 気配を殺して、そちらを見る。

 ラルゴ隊長が立っていた。

 全身の力が抜ける思いがする。

 隊長は、なにか哀れなものでも見るようなまなざしを自分に向けて来る。

 そして、開口一番こういった。


「バルバラと交戦している今が、チャンスだと思ったのか。隣国のマトレンがエルザに侵攻してきた」


 たぶん、自分はそれを聞いたとき、よっぽど間抜けな顔をしていたと思う。

 バルバラに手間取っている間に、エルザは別の国から攻められていた。

 

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