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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
恐怖騎士(テラーナイト)は戦場をさまよう
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 軍を出てから数日がたった。

 リム平原の戦いで崩壊しかけたバルバラ軍は領内の森林地帯まで後退して、軍を再編。

 それを追ってエルザ軍もバルバラ領内に侵入し、戦いの場は平原から森林へと変わっていた。

 

 自分は、単独で行動しながらエルザとバルバラ両軍の動きを見ていた。

 タイミングを見計らって戦いに参戦するつもりだったのだ。


 状況を知りたくて。

 気づけば常に、小高い場所から戦況を観察するようになっていた。

 リム平原で自分が暴れた戦いがよっぽど両軍に与えた衝撃は大きかったのか、軍を再編するのにかなり時間がかかっているようだった。

 それはバルバラもエルザも同じだったが、今日、なんとか両軍が体勢を整えて、ぶつかる気配を見せていた。


 平原のような広い場所だと、一度にたくさんの人間がぶつかり合う戦いが多かった。

 だが、森林地帯では見通しも悪いし、木が邪魔で大軍では動きがとりにくい。

 地形が邪魔して陣形も組めないから、敵と遭遇したらそのまま乱戦になるだろう。

 こうして近くの山から両軍を見下ろす。

 生い茂った木々のせいでよく見えないが、小分けにされた部隊が無数に配置されているのがなんとなくわかった。人が大勢いたり、動いたりするところは一斉に鳥が飛び立ったり、木々が葉を揺らしたりする。

 

 さぁ、そんな中で。自分はどうやって戦ったらいいのだろう。

 自分の武器は大きく分けて二つ。

 一つは腐食視線。

 もう一つは黒い霧。

 まず、木々が邪魔で腐食視線は通りづらい。

 視線は確かに相手を即死させる強力な攻撃だが、きちんと対象に視界の焦点を合わせなければいけない。

 その都合上、なんとなく全体をぼんやり見ても効果はなく、広範囲の物体を腐食させることができないのは、先の経験からわかっていた。

 あくまで腐食視線は、敵単体に対する切り札だ。


 なら、霧はどうかというとこれは即効性はないが、たくさんの敵を徐々に蝕むことができる。

 吸い込めば生き物は肺をやられて苦しむし、そのまま吸い続ければ血を吐いて死ぬ。

 ただ、弓矢などで遠距離から攻撃されると苦しい部分はある。

 やはり先の戦いでも、霧を貫いて何本もの矢が自分に到達していた。

 さらにこの霧は発現すれば目立つ上に、敵味方の区別もできない。

 もっとも、霧の範囲はある程度感覚で操作できそうな気はしていた。あの時も、エルザ軍に被害が出ないように、なんとなく操作していたと思う。

 広範囲に広げたり、自分の周囲に圧縮したり。

 圧縮された霧はたぶん腐食竜のブレスに相当する攻撃力を有すると思われる。

 数秒間さらされただけで、普通の剣や鎧はボロボロになって使い物にならなくなる。

 

 最初、自分の鎧も霧でダメになるかと心配した。

 だけど、腐食竜の体が腐って落ちなかったように、なぜか自分の着ている鎧なども無事だった。

 どんな仕掛けになっているかわからなかったが、これはありがたい。

 戦いの最中に丸裸になることだけはなさそうだ。


 ただ、今回みたいに部隊が散開しているような戦いでは、霧も広範囲になってしまう。

 範囲を広げれば、それだけ効果は薄くなる。

 時間をかければ、竜がやったみたいに濃度の濃い霧を徐々に広げていくことができるかもしれないが。

 それが逆に味方の邪魔にもなりそうな気がする。

 

 結局のところ、平原と違って、森林は腐食竜の力が使いづらい地形だとわかる。

 あるいは。

 敵もそれを見越してここでエルザを迎え討とうと思ったのかもしれない。

 いや、おそらくそうなのだろう。

 彼らはたぶん、まだ自分がエルザ軍にいると思って警戒しているはずだ。

 相手だって考える人間なのだと、いまさらながらに痛感した。

 

 なら、どうしようか。

 そもそも時間のないエルザが勝とうと思ったら、やはり頭をつぶしていくしかないような気がする。

 自分は単騎で敵の本陣に乗り込んでいって、大将首をとればいい。竜の力があれば、造作もないことに思える。

 そうすれば自然と敵軍も瓦解するなり、退却するなりするだろう。

 その繰り返しで追い詰めていって、最後には帝都に侵攻すればいい。


 とりあえず、自分の装備を確認する。

 今は全身鎧と、剣しかなかった。

 エルザ軍に戻れば、自分が持ってきた斧や連弩もあるはず。

 だけど、どんな顔して取りに戻ればいいんだろうか……。

 いや、いまさらか。

 あんな装備はもうなくてもいい。

 パン屋の倉庫から出てきたような連弩や、メッキされた斧なんて。

 竜の力に比べたら、なんの役にもたたない。


 森林のあちこちから戦いの声が聞こえてくる。

 戦いが始まったようだ。

 さっき山の上から見ていたときも、本陣がどこにあるかわからなかった。

 だが、たぶん敵軍の一番大きな部隊がそれなのだろうと思う。

 そちらの方角に向かって警戒しながら森の中を進む。


 今頃、森林のいろんな場所で両軍がぶつかっているのだろう。

 自分は木々に身をひそめながら、先ほど確認した本陣に向かって進んでいく。

 しばらく進む。すると……。


 ん?

 人の気配がする。

 茂みに隠れて顔だけのぞかせる。

 エルザ軍だった。しかも自分のもと居た部隊。

 四十人ほど部隊が、慎重に進みながらどこかを目指している。

 ヴェラがあれこれとみんなに指示を出していた。

 全員、平原で使ってた長い槍はもう持っておらず、森林の中で戦うために各々が剣や、斧、メイスなどを手にしていた。

 みんなの姿が目の前を横切ろうとしていた。

 息をひそめて、みんなを見送る。そんな自分がなぜだか情けなかった。

 オルガ、ワイズ、ロイ、だけどゲンさんの姿はない。

 不意にみんなに話し話しかけたくなって、でも、できなくて落ち込んだりした。


 彼らが去った後で、自分も目的地に向かって進む。

 たまに敵の斥候らしき姿を見かけた。

 森林だとたぶん監視魔法なども使いづらいのだろう。

 監視魔法の視点がどこにあるのかはよく知らないが、同じようにものを見るのなら生い茂った木々は邪魔なはずだ。

 だったら、原始的な手段に頼るしかないのか。

 人をやって確かめる。

 すぐに隠れたため見つかることはなかったが、注意して進まなければなるまい。


 しばらく、隠密行動をとりながら。

 するとようやく敵の部隊の一つにぶつかった。こちらは六十人ぐらい。

 やはり小分けにされていて、そんなに大きくない部隊だった。

 が、どうしようか。

 戦うか、それとも見過ごしてさらに先にあると思われる本陣を目指すか。

 

 見過ごそう……。

 

 そう考えた。いちいち、小さな部隊にかまっている暇はない。それに大局を見失うわけにはいかない。

 ここで自分が敵大将を倒すことができれば、バルバラはさらに追い詰められる。

 その分だけ戦争が早く終わり、余分に人が死ぬこともなくなる。

 その場から立ち去ろうとした。

 そのときだった。

 さっきすれ違ったヴェラたちと今見ていた敵の部隊が鉢合わせたのだ。

 

 相手の姿が見えない場合、先に見つけたほうが先制攻撃を仕掛けることができる。

 だから部隊から斥候を出して、敵の位置を補足したら進軍し攻撃を加える。

 ヴェラもきっと斥候くらいは出していたとおもう。

 そして、敵の部隊を見つけたから叩きに行こうとしたのだろう。

 だけど、その途中で別の敵部隊と遭遇してしまった。

 

 一瞬だけ、時間が止まったようだった。

 鉢合わせた両軍は、互い動きを止め、でも、すぐに武器を手に取ると戦い始めた。

 敵味方入り乱れての乱戦だった。

 しかし、どう見てもヴェラたちが劣勢だった。

 いつもだったら、きっと自分は飛び出していったと思う。

 だけど、今はなぜかそれができなかった。


「そうだ。こんな時こそ」

 自分は右眼窩の赤玉に意識を集中した。

 それを通してものを見るような感覚。赤く染まった視界の中で。

 敵兵士の一人に視線をぶつける。焦点を合わせようとして、一瞬、戸惑って。

 しかし、味方の命には替えられない。

 ぎゅうっと胸の奥が締め付けられるような痛み。

 だけど、視線をぶつけた敵の兵士は一向に腐り落ちる様子を見せなかった。 

 その兵士は、今も必死の形相で剣を振り回している。


「……」

 おかしい。赤玉がうんともすんとも言わない。前はあんなにまぶしい輝きを放っていたのに。

 使えるようになったと思っていたのに。


 目の前で、ロイが戦っていた。両手にナイフを持って敵の攻撃をさばいている。

 しかし、二対一だ。徐々に追い詰められていた。体勢も崩れかけている。


 どうしたんだ! 

 なんで、できない!

 心の中で叫んでも、どんなに焦っても赤玉は応えない。


 ロイが、戦いのさなか、足を取られて転んだ。

 彼と戦っていたバルバラ兵が二人、剣を振りかぶる。

 

 やめろ!!


 ぶわっ。

 黒い霧が出た。全身から黒い霧が吹きだした。

 自分は茂みに隠れたままだったけど。

 それを見て、バルバラの兵たちは恐慌状態に陥った。

 バルバラの隊長が「退却だ!」と叫んだ。

 兵士たちは、即座にその命令に従って、あっという間に退却していった。


 もっとも。

 霧が出たのは、ほんの一瞬だけだった。量も少なく、範囲も狭く。

 わずかに、自分の周辺を覆っただけだった。

 自分は。腐食竜の力を自分のものにできた、と思っていた。

 なのに。


 制御、できない……?


 いや、まだ判断するには早い。今だって、こうして霧を出すことができたのだから。

 とにかく、今はここを離れよう。


「骨!」

 

 背後からロイが叫ぶ声がした。一瞬、ハッとしたけれど。

 だけど、振り向かなかった。そのまま走って、敵の本陣を目指した。


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