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あの後、自由になった自分は嬉々として村の中を歩き回った。
でも、すっかり暗くなった村の中にはひとっこひとりいやしない。
たまに、小さな窓から子供がこっちを見てたりするが、
「やあ」
挨拶をするとびくっとして顔をひっこめてしまう。
うん、つまらん。
つまらん。
大事じゃないことだけど、二回言っちゃいました。
仕方ない。
よい子はお休みの時間なのか。
今日のところを小屋に戻っておとなしくしとくかね。
あれ、でも、そうなると悪い子は起きてるって事?
悪い子でもいいから、自分と会話してくれないかなー。
もう、十分夜も更けたし、悪い子ってどんな子かな?
えっちなお姉さん? グヘヘ。
まぁ、よっぱらいのおっさんでも話ができるならいいかー。
…。
……。
………。
べ、別に寂しいわけじゃないんだからねッ!
普段は、風がぴゅーぴゅー入ってくるだろう掘っ立て小屋のすきまから、朝日が差し込んできた。
ようやく朝かー、っと柱を背にして座っていた自分はおもむろに立ち上がると背伸びをした。
のばすべき筋もないような気もするがこういうのって気分が大事。
昨夜はずっと小屋の中でおとなしくしてた。
行き倒れた白骨死体ごっこや、天井のはりからつるした縄で首をつって白骨した首吊り死体ごっこなんかをして遊んでいた。
とくに「行き倒れ」の方はポーズが大事で目的地にたどり着けなかった無念を全身で表現する高等芸術。
家族が住む街の方角へ伸ばした右手や、這ってでも先に進もうとする足の形を模索していく。
ポーズをいくつか変えたところで、なんだかむなしくなって柱を背に三角すわりをして天井を見上げたのは内緒。
ともあれ、日も昇ったことだし、遊びにいこうかなーなんて思っていた矢先。
小屋の戸が、小さく、開いた。
そして、そこからちょこんとちっちゃな頭と顔が出てくると、こっちをじっと見つめ始めた。
あらら、女の子?
頭に細くて長い布を巻いた女の子が、じーっとこっちを見ていた。
なんだか意味がわからないけど、いつまでもじーっと見てくるので自分も黙って相手を見ていた。
すると、今度はその小さな戸のすきまから、やっぱりちっちゃな体を滑り込ませるようにして小屋の中に入ってくる。
歳はいくつくらい?
六つ? 七つ?
そんな感じの女の子。
長袖の服と、長いスカート。大きな丸い瞳に、ちっちゃな鼻と口。
細くて長い布だと思っていたものは、どうやら包帯みたいだ。
頭にまかれた包帯の隙間から綺麗な金髪が流れ落ちている。
その子は、目の前に来ると自分を見上げて口をなんどもパクパクさせた。
うん?
最初は、自分の耳(耳なんてないけど)がおかしくなったかと思ったがそうではないらしい。
村人たちも起きて活動を始めたのか、小屋の外からは、あわただしい生活音が朝の鳥の声に混じって聞こえてくる。
うん、そういうことか。
自分は腰をかがめて彼女の口の動きを読もうと思ったが、それもうまくできない。
「うーん」
と、自分がこまった声を上げる。
それでも彼女は口をぱくぱく動かし続けた。
そんな状況が続いたが、彼女は自分が言いたいことがぜんぜん伝わらないのを悟ったのか。
これもよくわからないのだけど、とたんに自分にぎゅーっと抱きついてきた。
とはいえ、胴体なんてアバラと背骨くらいしかない。
女の子は、あばら骨の内側で背骨を抱きしめる格好になった。
なんだか、変な感触に女の子も戸惑っているようだったが、しばらくそうした後、ゆっくりと体をはなした。
うん、ぜんぜん状況わかんない。
でも、とりあえず、予定通り村の中を散歩しようかな。
自分は小屋の戸を指差して、彼女の顔を見た。
彼女はそれで伝わったようだ。
骨ばった、というか骨だけの右手を差し出すと彼女はそれをためらいもなくとった。
そして、手をつないで小屋から一緒に出た。
小屋を出るとすでに村の人たちが行きかっていた。
洗濯物の入ったかごをもって小川のほうへ行く女の人。
斧をもって森に入っていく男の人。
弓をかついで狩りに行く人。
なんかとりあえず、はしゃいでる子供。
人がいれば話ができると思ったんだけど、そうでもなかった。
朝だからかみんな忙しそうで、逆に話しかけづらい。
もうちょっと落ち着いた午後の昼下がりくらいに話しかけたほうがいいのかな。
それまでは村の中を散歩しようかな。
夜と違って人が回りにいるだけでも活気が違う。
そうして、少しだけ歩くと二十歳前くらいの髪の長いお姉さんが、こちらを見てつぶやいた。
「おや、ミザリ?」
この子の名前かな?
「ミザリって言うの?」
自分の右手をしっかりと握っている女の子はしばらく呆然とこちらを見上げたあと、こくこくとうなづいた。
え、何、今の間は。
まぁいいや。
だけど、お姉さんの目は厳しい。
「あんた、その子をどこに連れてく気?」
はい、冤罪。
「別にどこにもつれてく気なんかないよ。なんか、さっき、この子が小屋に来たから一緒に散歩してるだけ」
「はぁ~?」
と、お姉さんはうさんくさそうな目でこっちを見てくる。
「ミザリ、こいつの言ってることはほんとかい?」
ミザリはやっぱりこくこくとうなづくと、お姉さんはやっと納得したようだった。
「そうかい。でも、よりによってこんなのか」
こんなのって何だ。
自分のこと?
お姉さんはやっぱりこっちを見つめながらぶつぶつと何かつぶやいている。
「おい、あんた」
「なに?」
「名前なんてんだっけ?」
「わかんない」
「そうか、じゃ、あんた骨だから、骨って呼ぶわ」
えー。
「私はエミリ。おい、骨。あたし、ちょっとやることあるからさ、夕方くらいにあっちの小川で待っててよ」
なんか、きっぷのいいお姉さんに呼び出し受けました。