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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
戦争の準備
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 そこからはあわただしかった。

 ただ、戦争の準備と言っても何をすればいいのやら。

 自分が考え込んでいると、お届け物ですと部屋の中に荷物が届いた。

 皇都にある伯の屋敷の使用人さんが二人がかりで運んできた木箱。

 打ち付けられた釘を抜いて、ふたを開けると中にはよく見慣れた装備が入っていた。

 剣、斧、連弩、そして、全身鎧。

 中には紙切れが一枚入って、そこにはこう書かれていた。

「まだ、竜を斬れる剣は作れないが、この拙作でも多少は役に立つと思う」

 ふっ、と笑いがこみ上げてくる。

 ランバートの親方が作ってくれたものをまた装備することになるとは思ってなかった。

 ただ、前より出来はいいように思う。

 木箱を運んできてくれた使用人さんにお願いして、鎧を着せてもらい、すかすかの部分には布や綿を詰めてもらって準備を整える。

 背中には斧、腰には剣、連弩も腰の留め金にひっかけられるようになっていた。

 なんだか懐かしい感触。

 ずっと昔のことに感じるけど、でも、竜と戦っていたのってまだ一月くらい前のことなんだよな。

 部屋に呼びに来た伯が、自分を見て笑った。

「何?」

 不審に思って聞くと、

「いや、私の目がおかしくなったのかな。そうやって装備を整えた君は、なんだか強そうに見える」

「ちょっと。これでもランバートの英雄なんだよ?」

 茶化して言うと、

「そういえばそうだった」

 なんて。

 軽口をたたきあいながら屋敷を出る。


「馬を用意した。それに乗って、西のリム平原まで行ってくれ」

 リム平原……。

 どうやら、皇都からみんなで戦場までいくわけじゃないらしい。まさかの現地集合だった。

 ただ、それってどっちなんだ。西っていうことしかわからない。

 地理に明るくない自分にそんなこと言われても。

 それに。

「あの、こんなことを言うのはなんだけど。自分、馬に乗ったことなくて」

 てへへ。

 と、笑ってみたが伯は口を半開きにして固まっていた。

「そういえば、そうだったな。竜と戦いに行くとき、君はいつも馬車に乗るか、徒歩だったよな……」

 そうなんだ。馬に自分でまたがったことがない。

 伯はしばらく悩んでいたが、しょうがない、と手を打って自分に馬の乗り方を教えてくれる。 

 

 少し練習してみてわかったのだが、乗馬、かなり難しい。

 あと、自分には肉がついてなくて軽すぎるのか、乗るとなぜか馬がそわそわしだす。

 街の中は危ないから、乗っちゃダメという伯のお言葉をいただく。

 時間もないので、簡単な乗り方を教わったところで、馬を引いて徒歩で皇都の城門まで行くことにした。

 自分がたずなを引いて歩く横で、伯は別の馬に乗って一緒についてくる。

 見送りしてくれるのか。

 外門につくと、伯は馬から降りていろいろとこれからのことを教えてくれる。

「リム平原の手前に、皇国軍の部隊が集まり始めている。たどり着くことができれば、そこにはもう隊長が待っているはずだ。彼の指示に従ってくれ。

 あと、手筈通りに」

 ぐっ、と伯は自分を鎧の上から抱きしめた。

「ミザリとエミリのことはよく見ておくから心配ない。また、会えると信じているよ」

 そうか。

 そうだった。予定通りにいけば、自分は戦場で一回戦ったあと、そのまま帝国の領土に潜入する手はずだった。

 行きは、帝国の王女様が手引きをしてくれる手はずになっている。

 でも、帰りはどうなるかわからない。

 自分もがっ、と伯を抱きしめかえす。

「また、会えるよ。何度だって、自分はみんなのところに帰ってきたでしょ?」

 どちらからともなく体を放す。

 自分は馬にまたがって、西に馬のはなさきを西に向けると両足で馬のわき腹を蹴った。

 馬は、ゆっくり歩き出す。

「ほんじゃ、行ってくる」

 何度も言ったそのセリフに、伯は一瞬目を丸くした後、笑顔になった。


 とにかく西に向かって進む。

 なんとなーく、ぼうっとしながら進んでいたけど、それがいけなかったのか。

 気づいたら馬がバテ始めていた。

 そんなに進んだかな。

 後ろを振り返ってみるとあんなに高かった皇都の城壁はもう見えない。

 たしか、お昼頃出発して、今はもう日が暮れ始めている。

 ハッとする。

 馬はこまめに休ませろと伯に言われていたんだっけ。

 皮も筋肉も内臓もない。筋肉ないから力がない。

 けど、代わりに自分は疲れない体を持っている。

 そこが普通の人と違うのか、ぼうっとしたり何かに集中したりすると途端に時間の感覚がなくなる。

 気づくととんでもない時間が過ぎていたりする。

 

 「気をつけなくちゃ」


 馬を潰すわけにはいかない。

 この子は、自分と一緒に戦場をかけてくれる馬なのだから。

 もうとっぷりと日が暮れた。

 この時間になると普通は野宿の準備でもしているころだろう。

 今度は自分一人で戦うわけじゃない。みんなと一緒に戦うんだ。

 だから、今のうち。

 みんな、皮も内臓も骨もある人達に合わせておかないと自分だけ戦場で浮いてしまうような気がした。

 馬を下りて、街道沿いの木の下で休むことに決めた。


「ごめんね」


 鼻先をなでてやると、馬が顔を寄せてきた。

 嫌われているわけでもないみたい。でも、あんまりうまく乗ってあげられないのが申し訳ない。

 火は起こさず、そのまま木の幹に体をあずけて座り込む。

 しばらくすると、馬も足をたたんで眠り始めた。

 この街道を通ってほかの人たちも戦場にいくはずだと伯から聞いている。

 だけど、誰も通りかからない。誰ともすれ違わない。

 

 一人になると自分はいつも空を見上げる。

 今日は雲が少しあって、あまり星は見えない。

 だけど雲の切れ間から、たまに月がちらちらと顔をのぞかせる。

 みんな苦しんでいるからな。

 月だってそんなみんなの姿を見たくはないんだろう。

 自分だってそうだ。

 脳みその入ってない頭で、最近よく考える。


 戦争って、どうやったら早く終わるんだろう。


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