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おそらく話してもらえることは全部聞けたと思う。
だが、ところどころ主観の混じった話があった。
なので、もう一度、要点だけ整理してみる。
バルバラ帝の身に何かが起こっている可能性がある。
一度、戦場働きをした後、戦線離脱。
アリーシャ王女と合流して、帝都を目指す。
折よく、帝と会えたら真偽を確かめる。
あとは状況次第で、説得になるのか救出になるのかはわからない。
うん、シンプル。
でも……。
「バルバラ帝に会うのも大変だと思うけどさ、会った後ってどうやって帰ってきたらいいのかな」
それを言うとエルザ皇も、マルガも、伯も黙り込んだ。
あ、そうですか……。
そりゃそうだ。
王女様がいれば、確かに行きは楽になるかもしれない。
王女の身分があれば、お供に誰を連れてようと関所を通れそうだし、敵兵に見つかってもごまかせそうだ。
そういう意味ではありがたい。帝都までの道のりが格段に楽になると思う。
だけど、帰りの保証はない。
これは半分死にに行け、と言われてるようなものだ。
だから、伯は皇様が自分にこの話をしようとしたときに声を上げた。止めようとした。
アリーシャ王女が、逃亡の手助けをしてくれる可能性は高い。
だが、帝国の領土内で何らかのことを起こした自分たちには執拗な追手がかかるような気もする。
なんとか、無事に帰れる方法……。
…………………。
あー、もう!
会う前からごちゃごちゃ言っててもしょうがない!
とりあえず行くだけだ。
その時のことはその時考えるしかない。
なんの情報もないものを想像だけであれこれ議論したってらちが明かないのだ。
もう一度、自分の意志を伝えると伯が不安そうに問いかけてきた。
「本当にいいのか?」
「うん、わかんないけど、多分、だいじょうぶ」
そんな自分の態度にあきらめのようなものを顔ににじませる。
伯は今度は皇に問うた。
「皇も、なぜ骨君にこのようなことを……。別の者でもいいではないですか」
もともとは他の人が行く予定だったらしい。
だけど、自分に会って、皇様は考えが変わったそうだ。
「ランバート。何も、その場の思い付きというわけではない。
もし、バルバラ帝が狂っていたとき、あるいは誰かに操られていたとき。
誰の言葉なら、かの帝に届くだろうかと、わしはずっと考えていた。
同じ為政者の自分か。あるいは別のものか。
今のバルバラ帝には、妹のアリーシャ王女の言葉さえ届かない。
肉親の声さえ届かないものが耳を傾けるとしたら、それはどのような者なのだろうか」
マルガも、また、自分が帝都に潜入するのはあまりよく思っていないようだった。
「だから、骨さん、なのですか?」
ふむ、とエルザ皇は二人の臣下を前にして諭すように言った。
「やはり、竜の時のことがわしに決断させるのよ。
あの時、黒い霧に飲まれそうだったランバート城。
危険から遠ざけるため、ランバート伯、マルガ、お前たち二人には再三に渡って皇都への帰還命令を出した。
なのに、お前たちは書状一つで、ランバートに残ると言い出す始末。
たしかに、わしはランバートを見捨てた」
「いえ、皇は最後まで会議で難民の受け入れを主張してくださっていた……」
「よい、ランバート。
国の決断は、皇の決断。
だが、身内びいきと言われようと、お前たちだけは死なせたくなかった。
にも関わらず、お前たちは言う。
あきらめの悪いヤツがいます。
一緒には行けませんが、共に戦いたい。
わしの命令を無視してまで、一緒に戦いたいものがいるのか。
寂しくもあり、うれしくもあった。
結局、わしは、お前たちには好きにさせることにした。
状況は知っていた。
二人のことはあきらめるつもりでもあった。
だが、あの時、書簡越しに感じたお前たちは滅び行くものとは思えない、なにかを感じた。
前向きな、明るい、光のような何か……。
そして、お前たちの信じたその骸骨は、本当に状況を覆してみせた。
わしは、お前たちにそこまで言わせた者に、この国の運命を託したい。
たとえ、それがどんなに非力な者であっても。
人は命令で動くものだ。金でも動く。だが、最後の最後には権力も金も通用せん。
人間は、最後には心で動く。
最初は、ただのふざけた骸骨だと思った。
だが、あの時のお前たちの気持ちがようやくわかったのよ。
どんなに悲惨な状況でも、この骨なら、つまらない冗談を言いながら進んでいくだろう」
伯もマルガも、もはや何も言わなかった。
話は終わり、自分はいろいろ準備しなくちゃいけないらしく、伯と二人で部屋を出た。
宮廷の廊下を伯と歩きながら。
彼は前を見つめたまま、ずんずん進んでいく。
遅れないように、自分はそのあとをついていった。
「すまない。君には借りばかり作ることになる」
「べつにいいよ? それにみんなが困っているときに自分だけ何もしないほうが、やだ」
ははは、と伯が小さく笑った。
「あの方が、ああ言ってしまったんでは私もマルガも何も言えない。
骨君、初めて会ったエルザ皇の印象はどうだった?」
「う~ん? 一言では言い表せない。
でも、なんか。普通とは違う感じがした」
「違う、とは?」
「やっぱり、皇様なんだなって」
「その印象は正しいよ」
「そう?」
「ああ。あの方が包んでくださるから、エルザは国として成立している」
「ねぇ、伯」
「何かな?」
「一つ、お願いがあるんだけど」
「ほう?」
「とても、言いづらいことなんだけど……」
そんな前置きをして。
「ミザリとエミリだけでも、その、なんとか便宜をはかってくれないかな?」
便宜、と言葉を濁したけど、ようは食料を融通してやってほしいということだ。
伯は意外そうな顔をした。
だけど、すぐに快く応じてくれた。
「私のできる範囲なら」
「本当!」
やった!
あの月夜の晩、小川のほとりで。
普段、寝たら朝まで起きないミザリがひょっこり顔を見せた、
それは、もしかしたら空腹のせいだったのかもしれない。
そんなことを考えるたび、どうしようか、どうにかならないか。そんなことばかり考えていた。
「だが」
「え?」
「食料を送っても、エミリは受け取らないような気がする。
しばらく一緒にいて、彼女のことは、君ほどではないがわかっているつもりだ。
彼女はああ見えて強情だ。
自分だけ特別扱いされることを良しとしないだろう」
「それは……」
きっと、そうなるだろう。
山で獲物をしとめてきたときのことを思い出した。
彼女は自分たちが得たものさえ、他人に分け与えてしまう。
自分たちが幸せになっても、周りの人が不幸なら、それを気に病んでしまう人間だ。
それでは真の幸福は得られない。
伯が食料を送っても受け取らないか、あるい村中で分配してしまうだろう。
「それでも……」
少しでも、足しになるのなら。
「わかった……」
自分は前を歩く伯の背中に頭を下げる。