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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
エルザ=マリアの皇様
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 掴まれた肩の骨から熱が伝わってくる。

 言うまでもない、この皇様の手の平の熱。

 それがじんわりと広がっていく。

「もし、そんな方法があるなら。それが自分にできることなら、やるよ」

 思わず言ってしまった。

 多分、また大変な目に会うんだろうなぁ、なんて。

 なんとなく察してしまう。

 だけど、目の前に本当に困っている人たちがいて、自分にできることがあるならやってあげたい。

 最近、よく思うんだけど自分は頼まれたら嫌とは言えない性格なのかも。

 まぁ、それは、置いといて。


 皇様はそうかそうかと頷きながら、目配せする。

 それを受けた伯は、ため息をついて苦笑する。

「骨君、今から言うことは極秘事項だから、絶対誰にも言わないと誓えるね?」

「うん」

「返事が軽すぎて若干心配だが、まぁ、君のことだから大丈夫だろう。

 心して聞いてくれ。

 まず、目的だけ明確にしておきたい。

 骨君、我々の目的はなんだ?」

「食べ物を獲得すること」

「その通り。戦争はその手段に過ぎない。

 本来であれば領土の一つも切り取ってやりたいところだが、今回はそれに固執しない。

 食料をめぐる戦争。

 それがこの戦いの本質だ。

 備蓄の食料はなんとかある。だが、それがなくなって戦えなくなる前に一気に勝負をつけなけれならない。

 我々、エルザ=マリアは総力をもってアンナ=バルバラに侵攻する。

 当然、向こうもそれに匹敵した戦力で対抗してくる。

 こちらからは全軍で約三万。向こうも同程度かそれ以上の戦力でぶつかってくるのは間違いない」

 六万人ってどのくらいの人数なのか、想像できない。

 あのランバートの街の人口が一万人くらいだっていうのは聞いた。

 それでも、城の前庭に群衆が集まった時、眼下は人が埋め尽くしていた。あれの六倍と言っても。

 やっぱり想像できない。

 人間の脳はある一定以上の数を前にすると、数えることを放棄して「たくさん」と認識するのだそうだ。

 自分にも脳みそがあった時の名残なのか、そういう感覚が残っている。

 ああん、また聞いたこともないような知識が頭を掠めた。

 この知識も、皮や筋肉や骨があった時の名残なんだろうか。


 伯は続ける。

「当然、勝負は短期決戦だ。食料がなくなる前に終わらせる。

 エルザとバルバラの国力はほぼ同じ。お互いが野戦軍の主力をぶつけ合うことになる。

 そこで相手の軍を撃滅し、戦う力をなくしたところで、こちらに有利な状況で講和を結ぶ」

「同じ力で戦ってたら、そんなにすぐには終わらないような」

「それは……。その通りだ。これはあくまで理想に過ぎない。おそらく、戦闘は長引くだろう。

 バルバラのほうも長引かせようとしてくるに違いない。

 だが、できるだけ早く敵軍を倒す。

 それしかない。

 私は文官なので、やり方は武官に任せることになる。

 皆、難しい顔をしていたが」

「かなり苦しいね」

「それに長引けば他国が戦争に介入してくる可能性もある。

 バルバラと戦っている背後を別の国に突かれたら、そちらにも軍を割かねばならない。

 とりあえず周辺の国は静観するように話を通してある。だが、いつ手のひらを返されるかもわからない。

 とにかく、短期で終わらせる。

 そして、そこまでが表向きの筋書きだ」

「表向き?」

「そう。そして、もう一つの作戦を我々は裏から実行する」


 黙って聞いていた皇様が伯の話を継いだ。

「ここからは、わしが話そう。

 これは竜がこの国に来る少し前の話だ。

 バルバラの、とある高貴な身分の人間から、ある頼まれごとをした。

 最初は書状。

 次に彼女はわしに謁見を求めてきた。

 彼女は、必死の形相で訴えた。


 バルバラ帝をお救いください。

 

 あまりに突飛な発言だ。

 もちろん、どういうことか問いただした。

 すると、あまり知られていないバルバラ帝室の実情を話し始めた。


 バルバラ帝室の人間は、現在のバルバラ帝とその妹の二人を除いて、みな、亡くなっていること。

 それでも国は家臣たちによってなんとか形を保っていたこと。

 後を継いだバルバラ帝は、最初はよく周りの意見を聞き、適切な判断を行っていたこと。

 しかし、しばらくすると虚勢を張るようになり、強引な政策を独断で行うことなども増えてきたこと。

 今はまだいい。だが、臣下の中には不信感を抱く者も少なくない。

 だんだん無茶な施策をするようになり、しかも、それをいさめるものを遠ざけてしまう。

 誰の言葉にも耳を貸さない。

 だけど、エルザ皇の言うことになら聞くかもしれない。

 国がばらばらになる前に、どうかいさめてほしい。


 そんな話だった。

 わしは思い出していた。

 即位後に、一度だけ会ったことがあるが、バルバラ帝はまだ二十を少し超えた若い帝だ。

 わしなど比べ物にならないほど、頭もよさそうだ。

 おまけに顔もよく、背も高いので見栄えがする。若いながら、王者の風格を備えていた。

 自信に満ちた若者だった。

 だが、迷うこともあるだろう。

 あるいは野心にとらわれることも。

 誰にも文句を言わせず、自分の力で国を動かしてみたいと思っただけかもしれない。

 人の上に立った人間がかかる、はしかのようなものだ。

 そのうち現実を見つめなおし、己の無力を自覚して周囲と協調するようになる。

 時間が経てば、立ち直るだろう。その時はそう判断した。

 だから、その時は断ったのだが、今になって思えば前触れだったのかもしれない。

 マルガ」


 はい、と今度はマルガが口を開く。

「バルバラが輸出を禁止してからのことです。

 私は皇に頼まれてバルバラ帝のことを占いました。

 何を考えているのか、帝はどういう状況なのか。

 しかし、どうも妙な様子。

 星々が言葉を濁すのです。いつもははっきり答えてくれるのですが、この時もあいまいな返事をして黙り込んでしまう。

 どの星もそうです。こんな風に占いがぶれたことは今まで一度しか経験がありません。

 そう、竜です。

 竜について占っても、やはり星は言葉を濁す……。

 そうなってくると、わたしでなくても考えます。

 この二つはつながっているのではないか、と。

 エルザは、何度も密偵をバルバラに送っています。

 ですが、誰一人として帰ってきません。その安否を占うと、いつも出てくる答えは死亡……。

 しかも、死因を占っても、また言葉を濁される。

 送った密偵の数は数十に上りますが、何一つ情報を持ち帰らないまま、バルバラ国内で変死。

 これ以上、犠牲者を増やさないため、いったん密偵を送るのはやめています。

 が、今、バルバラで何が起こっているかを確かめるのは急務であると思うのです」


 皇が再び話はじめる。

「マルガは、エルザをここまで発展させた優秀な占星術師。

 もしも、それが世界の枠組みの中の話なら、全てを見通すと言ってもいい。

 だが、そんなマルガに見抜けないものがあるとしたら、それは……。

 なにか、よくないものがかかわっている気がする。

 よくよく考えてみると、やはり、妙な話なのだ。突然の輸出の禁止もそうだ。

 確かに今、エルザは弱っている。だが、まだ十分に戦う力は残している。

 まともにぶつかったらバルバラだってただでは済まない。

 先々のことを考えれば食料を売っておくほうが賢い。

 恩も売れるし、金もたまる。国力に差をつけられる。

 しかるに、このような判断……。

 まるで、たくさんの命を殺すこと、そのこと自体が目的のような。

 帝は正気をなくして、操られている。

 こんなこと、臣下に話したらわしの正気が疑われそうだ。

 自分でも、変な妄想をしているのではと思うこともある。

 だが、もし、本当によくないものが関わっているとするならば。

 そして、それはバルバラ帝の近くに潜んでいるのなら。

 バルバラ帝を救えば、ひょっとしたら戦争は終わるかもしれん。

 会ったことのあるわしの勘だが、あの若者は抜け目がない、だが気前よく食料を売ってくれる気がする。

 そうなれば泥沼になった戦いの中で、無駄に人が命を落とすこともない

 エルザは食い物がほしいだけなのだから」


 なるほど。

「でも、もし、バルバラ帝自身が本当に戦争を望んでいたのだとしたら?」

「その時は、わしも腹をくくる」


 大体の話は分かった。

 なら、自分は次にどう動けばいいのか。

 それを聞くと伯が応えてくれた。

「まず、表の目的のために君には会戦に参加してもらう。

 兵士たちの士気を高めるために、軍の先頭にたってランバートの英雄としてふるまってもらおう。

 会戦はエルザ・バルバラ国境付近の平野で行われる可能性が高い。

 一度では終わらず、何日にも渡ってぶつかることになると思うが、最初の一回の戦闘後、部隊を引き連れて戦線から離脱。

 そのまま迂回して国境を越え、帝都バルバラに向かってほしい」

「戦線を離れてもいいの? 士気が落ちない?」

「そのことに関しては、影武者を立てようと思っている。張りぼてでも作って、鎧を着せ、ラルゴに守ってもらう」

「ラルゴ?」

「ああ、隊長だよ。隊長」

 そうだった。隊長の名前すっかり忘れちゃってたぜ。

「あと、もうひとつ。

 自分はあんまり潜入とかそういうことやったことない。

 廃墟の中で目を覚ました時、隠れながら移動してたことがあったけど、敵地への潜入ってどうすればいいの?」

 なんの知識もない自分が敵の領土に侵入したら、あっという間に見つかって捕縛されそう。

 それにすでにバルバラに潜入してた密偵の人たち、全員変死してるんだよね?

 大丈夫なのかな、自分……。

「それについては協力者がいる。

 できるだけ目立たないように行動してもらうが、その方がいれば、帝都までにいくつかある関所さえそのまま素通りできる可能性がある」

 なんか、変な言い方。

『その方がいれば』


 ああ、口がすべったと伯が肩をすくめる。

「帝都までの道を案内してくださるのは、実は高貴な方なのだ」

「誰?」

「わしの話の中で、もう出てきておるよ」

 え。

 皇様の話の中で出てきた人って……。

「皇様に助けてってお願いに来た人?」

「半分、正解じゃ」

「なら、あとは……。バルバラ帝と、その妹……」

「そうじゃ、帝室で生き残った二人のうちの一人。

 バルバラ帝室第三王女、王位継承権第一位、アリーシャ=アンナ=バルバラ。

 わしに助けを求めてきたのは、バルバラ帝の妹、本人だ」


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