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「ほんとに騎士? 棒切れ振り回して遊んでるガキにしか見えないけど」
自分が放ったその言葉に若い騎士の顔色が明らかに変わった。
憎々しげに、忌々しげに。
ぶち殺す! と言葉を選ばなければこんな感じの表情だったと思う。
「この! 偽物が!」
そんな叫び声を上げながら斬りかかってきた。
少し離れたところで見守っていた隊長がぽつりとつぶやく。
「若い」
そして、若さは己を自滅へと導く。
ごん!
がん!
若い騎士が振るう木剣は、全身鎧を着た自分の体をしたたかに打ち据える。
だが、人間の力で、しかも木剣でたたかれても大して効きはしない。
普通の人間だったらば。
鎧を通じて衝撃が皮膚や肉を襲うだろう。打ち身にもなるかもしれない。痛みを感じるかもしれない。
あるいはもっと重たい鈍器で殴ったなら骨も折れるかもね。
でも、武器は木剣だ。
いくらでもたたけばいい。
自分は、剣と盾でがっちりと頭部だけを守る。
頭と胴が切り離されないように、しっかりと守る。
最初はその戦いを見ていたほかの騎士たちも、その若い騎士に声援を送っていた。
「やれ!」
「偽物を叩き殺せ!」
若い騎士の剣が、自分の体を叩くたびに周囲から喝采が上がった。
ため息をついて戦いを見守っているのは隊長だけだ。
「終わったな」
なんて、つぶやいている。
終わった?
確かに終わったね。
楽な戦いだった。
だんだん、剣筋に目が慣れてくると微妙に体を動かして直撃を避けられるようになってきた。
攻撃は自分にがんがん当たる。
だけど、少しずつ剣を体に受ける場所を変えて衝撃を和らげている。
微妙な手ごたえの違いに、若い騎士の顔には怪訝な表情が浮かび始めた。
変化はそれだけではない。
数十発も打ち込むと、若い騎士はハァハァと肩で息をし始めた。
疲れたんだと思う。
少し攻撃の手を休めようとしたみたいだけど、周りの人間がそれを許さなかった。
「何してる!」
「あと少しだろ!」
「根性みせろ!」
かわいそうに、と心の中で同情しながら向かい合う。
自分に向かって振り下ろされる剣の勢いが明らかに鈍っている。
これはらくらくに躱せてしまう。
仮に当たったとしても痛くない。
頭に酸素足りてるのかな? 攻撃が単調になってるよ?
ついに、剣を振る腕が止まった。
顔は酸欠なのか青白くなって、冷や汗が浮かんでいる。
剣を持つ手がぴくぴくと震えている。
あー、限界みたい。
そろそろ、楽にしてあげたほうがいいのかな?
ちら、と隊長を見たら、うなずき返してきた。
自分は防御の姿勢を解いて、木剣を右手にぶらさげ、その若い騎士に歩み寄っていった。
彼が焦ったのがわかった。
反撃しようにも、あまりに激しく動きすぎたため、呼吸が整っていないのだ。
自分が剣を振りかぶる。
「うわぁぁ」と彼もなけなしの体力を振り絞って自らの剣で受け止めようとした。
だけど、これはフェイント。
変な態勢で相手の攻撃を受け止めようとしていたので、重心がぐらぐら。
剣を振り下ろすのをやめて、足払いをかけるとあっさりとすっころんだ。
仰向けに倒れてうめく若い騎士の眼前に木剣の切っ先を突きつける。
「参った?」
「…………」
若い騎士は肩で息をしながら、唖然とした表情で自分の顔を見上げてきた。
こんなはずはない。おかしい。目がそう言っていたが、それは計算違いというものだ。
勝利にはそれなりの条件が必要だ。
自分は竜との戦いでそれを学んだ。
気持ちだけでは勝てないのだ。
もし、鎧をつけずに木剣だけもって戦っていたら。
首を胴と切り離されて、負けていたのは自分のほうだっただろう。
「それまで!」
隊長の野太い声が練兵場に響いた。
「ほかに、まだ文句のある者はいるか?」
迫力のある視線が、周囲を見回す。
周りにいた何十人もの騎士たちが下を向いて黙ってしまった。
それを見るとなんだか胸が痛む。
「なんか、悪いことしちゃったかな……」
ばつが悪そうにつぶやくと、隊長が「あ?」とにらんできた。
角刈り頭と太い眉、普通の人よりも二回りも大きな体格。
あの日、マルガと村に訪れた時からまったく印象が変わらない隊長。
「お前の性格は知っているつもりだ。だがな、バカにされてたのはお前なんだぞ?」
だから、怒ってくれたのは知っている。
みんなに自分の力を示す機会を与えてくれたことも感謝している。
だけど、自分はバカにされてても全然気にしないよ。
そう告げると、
「お前はそういうやつだった。これは、いらぬ世話だったかもな」
苦笑いをして許してくれた。
うーん、でも、どうなんだろう。
もし、隊長がいわれのない侮蔑を受けていたら、自分も怒るような気がする。
そう考えると、隊長が自分のために怒ってくれたことは純粋にうれしかった。
周りにいる騎士たちは、そんな自分たちをずっと遠巻きにして眺めていた。
自分と戦っていた若い騎士がようやく呼吸を整えると、声を上げた。
「隊長、その、そいつは一体何なんですか!?」
隊長はふん、と鼻から息を吐く。
「お前たちは、馬か牛の類か? それとも、ブタか?」
まさかのブタ呼ばわり。
二の句を告げられない騎士たちに、隊長が言い放った。
「もう一度、言う。こいつが! 竜を倒した! ランバートの! 英雄だ! お前たちが! 胸躍らせながら! 会いたいと言っていた! ランバートの! 英雄だ!」
どん、と背中を叩かれる。自己紹介をもう一回しろということだろう。
「ども、こんにちは。自分は骨です。ただの骨」
隊長が掌で顔を覆った。
なんだ、その気の抜けた挨拶は。
あの日、ランバート城のテラスから視界を覆いつくすほどの群衆に応えたお前はどこ行った?
そんなことをぼそぼそつぶやいている。
いや、あれは、なんというか。
気持ちが昂っちゃってたというか。
ガラにもないことをしてしまったというか。
隊長はそんなこと言うけどさ。
でもさ、あれって、けっこう恥ずかしいんだよ?
空を見上げる。
この練兵場はドーム型になっていて、天井がない。
青い空が広がっている。
どーして、こんなことになっちゃったんだろう。
竜を倒してから、村で生活していたけど、ひと月もしないうちに、また、すぐ伯からお呼びがかかった。
その時のことを、ぼんやりと思い出していた。




