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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
ただの骨 VS 腐蝕竜
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 見慣れた道をさっさと進む。

 霧で視界が悪いけど、歩けないほどではない。

 ネビルまでは、徒歩で一日半と行ったところか。


 その間にもう一度、戦い方を整理しよう。

 自分が竜に勝っているところは、スタミナと、それからスピードだ。

 これだけは間違いない。

 何度も戦って確認したことだから、いまさら言うまでもない。


 今までの感じだと

 ①完全防御の待ち戦法で、敵の体力を削る

 ②敵が疲れたら、攻勢にでる

 ③酸を足にかけて、斧でたたく

 ④竜が横倒しになる

 ⑤届くようになった逆鱗に酸をかけて、武器で攻撃

 ⑥敵は死ぬ

 ⑦骨、大勝利!

 という、感じのシナリオを想定している。


 途中で思い通りにならないこともあると思うんだけど、それを今考えたところでどうしようもない。

 それはその時に対処するしかない。

 ただ、心配ごとが一つだけある。

 いま、カバンの中にある酸の入ったフラスコのことだ。

 フラスコごと敵に投げつけろとワイズに言われているけれど、それってある程度の衝撃で割れちゃうってことだよね。

 それを身につけたまま防御に徹するってどうなんだろう。

 一発でも食らうと衝撃でフラスコが割れて中身がこぼれちゃうと思う。

 なら、どこかに置いておく?

 洞窟の入り口にでも置いておいて、敵の体力を削った後で取りにもどる。

 それが正解かもしれない。

 でも、どうしよう。

 五つのフラスコ全部、外に置いておく?

 いや、なんかそれも怖いな。

 一個だけは自分で持ってようかな。

 でも、これどこにしまっておこう。

 全身鎧にポケットなんてついてないし……。

 悩んだ挙句、頭蓋骨の中にしまっておくことにした。

 兜をとって、衝撃吸収用に頭蓋骨の内側に詰めてくれた綿を取り除き、そこにフラスコを入れ、さらに綿を詰めなおす。

 これなら、多少のことなら大丈夫。

 でも、あれ、待って。

 頭に攻撃くらって中でフラスコ割れたら大変なことになっちゃうんじゃ。

 いや、そもそも頭に攻撃食らうことがダメだから問題ないのかな。

 かといって、ほかに入れておくところもない。

 頭には絶対に攻撃を受けない。衝撃を与えるような事態は絶対避ける。

 それを固く誓って、この問題は取り合えず決着をつける。

 

 さて、そんなこんなでネビル山についた。

 いつものルートで山を登り、洞窟の前にきた。

 道なりに考えてきたとおり、フラスコ四つが入ったカバンを入り口のわきに置く。

 一つはすでに、頭蓋骨の中にある。

 本当に大丈夫か、ここに来るまでに歩いたり走ったりして確かめてみたが、頭蓋骨と綿に包まれたフラスコは思いのほか安定している。

 かなり激しい動きをしても大丈夫だった。

 

 洞窟の中を進んでいく。

 もう目をつぶってても中の構造がわかる。

 奥行きがない洞窟。

 その先の、広い空間。

 やっぱり、そこには竜がいる。

 もう何度も対峙した、腐蝕竜。

 体を横たえていたヤツはもうめんどくさいことはごめんだとばかりに、おもむろに立ち上がった。

 ふむ。

 相手が冷静さを失って攻撃が単調になってくれれば、こっちも攻撃はかわしやすい。

 連弩を装備して、距離をはかる。

 自分は羽ばたきの風圧以外、攻撃が届かない距離で相手を待つ。

 ずぅん、ずぅん、と軽い地響きを鳴らしながら竜が間合いを詰めてくる。

 最初に来る攻撃はなんだろう。

 かみつきか、ブレスか、それとも尻尾。

 どれも呼び動作が大きい。

 かみつきは弓の弦を引く様に一度、首に溜めをつくる。

 ブレスは肺に空気を吸い込むため、胸が膨らむ。

 尻尾は反動をつけるため上半身を、ぐっとねじる。

 たまにフェイントとか織り交ぜてきたりするけど、そこは相手をよく見て冷静に対処だ。

 大丈夫、何度も見てきたから問題ない。

 でも、あれ……。

 竜は中途半端な位置で足を止めると、今度は自分をにらみつつ、じりじりと横に移動した。

 ??

 こんな動き見たことない。

 やがて、竜は岩壁までくると今度は壁際にそって移動し始めた。

 なに?

 この空間の入り口近くで陣取っていた自分は、その不可解な行動の意図が読めなかった。

 ともあれ、竜が壁にそってこっちに近づいてくるのは間違いない。

 自分もその場を離れ、竜が近づいてくるのと同じだけの速度で距離を保ち続けた。

 しばらくしたところで。

 竜が、にやりとわらった気がした。

 え?

 気が付いた時には遅かった。

 竜はぴたりと動きをとめた。

 そこは、ついさっき自分が入ってきたこの空間の入り口だ。

 背筋が凍る思いがした。

 竜はそこで、岩壁に肩から体当たりをした。

 ごぅぅん。

 と、洞窟全体が揺れた。

 体当たりを食らった岩壁は崩れ落ち、岩や土砂が下に降り注いだ。

 そう、入り口をふさぐように。

 そこでようやく気付いた。

 竜の狙い。

 入り口は崩れ落ちた岩で完全にふさがれている。

 小さな岩がびっしり積み重なってどこにも隙間がなかった。

 大きな岩は見当たらない。時間をかければ、それを取り除いて外にでることはできると思う。

 だけど、そんな事を戦いの途中で許してくれるほど竜は甘くはないだろう。

 外にフラスコを置いてきてしまったのを後悔した。

 もう、切り札は自分の頭蓋骨の中にしかない。

 これを守りながら、相手の攻撃をしのぎ続けなければならない。

 自分の作戦では、フラスコは足首と逆鱗を攻撃するときに必要だった。

 最低、二つは必要だったのだ。

 けど、もはや一つしかない。

 使うタイミングも選択しなければならない。

 フラスコはどうしよう。

 このまま頭蓋骨の中に入れておく?

 それともどこかに隠しておく?

 いや、不測の事態が山ほどある。

 入り口をふさがれてしまったこともそうだ。

 なら、手元にあったほうが安全な気がする。

 それにしても……。

 竜はこちらをじっと見ていた。

 もう、お前は逃がさない。

 ここで食い殺す。

 行動が、目が、明らかにそう言っている。

 

 最初から不測の事態に見舞われる。

 逃げ道をふさがれ、切り札もたった一つになってしまった。

 竜としては逃げ道をふさぐだけのつもりだったと思う。

 だけど、結果的にはこちらの作戦を阻害することとなった。

 運が悪いにもほどがある。

 廃墟で、こんな体で目を覚ました時から思っていた。

 仮に神様が、この世界にいるとして。

 きっと、そいつは自分のことが嫌いな気がした。

 ブレスが来た。

 横に避ける。

 ブレスが横凪ぎに自分を追ってくる。

 とっさにマントを体の前で広げた。

 そのまま、さらに横に走る。

 一瞬、ブレスの直撃をうけた。

 マントは意外にもよくもっている。

 ブレスにさらされて、針を刺したような穴がぽつぽつ開いている。 

 が、全身の装備を腐蝕から十分に守ってくれていた。

 これは街の服屋さんが用意してくれたものだ。

 工房の親方がメッキ加工してくれた装備。

 パン屋の倉庫にあった連弩。

 ワイズのフラスコ。

 自分の装備は、人間たちのけなげな力が寄り集まっただけのものだ。

 特別なものなんて何一つない。

 でも、それがこんなに力を貸してくれる。

 逃げ道はふさがれた。

 もはや逃げることはできない。

 ひょっとしたら、自分は心のどこかで「次」を考えていたのかもしれない。

 毎回、決着をつける覚悟でのぞんでるつもりでいても、どこかで甘えていたのかもしれない。

 しかし、それももう消えた。

 すべてをぶつける。

 それだけだ。


 ブレスも、尻尾も、かみつきも。

 全部、うまく捌けていた。

 竜は前回の戦いの疲れがまだ残っているのか、どこか動きが緩慢な感じがする。

 逃げ道を潰して、勝負を急ごうとしたのもそのせいなのだろうか。

 最初に二つも計算違いがあったから焦った。

 けど、悪いことばかりでもないらしい。

 こんな攻撃ならいくらでも避け続けることができる。

 頭蓋骨のフラスコも動くたびに中の液体がちゃぷちゃぷ音を立てている。

 でも、割れる心配はなさそうだ。

 ああ、今、自分、油断してる?

 だめだ、もっと神経を集中して……。

 

 逃げ道をふさいでしまった以上、竜もまた自分を倒さねばならない。

 大した攻撃力はないと思っているが、それでもこんなものをそばにおいたままではゆっくり休むこともかなわないはずだ。

 もう、連弩でいちいち挑発する必要もない。

 何もしなくても、相手は勝手に攻撃をしてきてくれる。

 そして、そのたびに体力を使ってくれる。

 いつか、ろくに動けなくなるときまで。

 今でさえ、竜の動きは緩慢だ。

 たまに休むように動きを止めることもある。

 作戦通りに事が運んでいる気がした。

 フェイントだって、通用しない。

 ブレス、と見せかけて、かみつき。

 羽ばたき、と見せかけて、ブレス。

 呼び動作が大きい。それにしっかり見てしまえば躱せる。

 躱した自分を追尾してくる横凪ぎのブレスだけが、少々、厄介ではあるが。

 竜は決め手を欠いていた。

 自分のことを侮って、攻撃を見せすぎたと言ってもいい。

 何度来たって敵ではない。遊んでやればいい。

 そんな慢心があったはず。

 だから、自分を何度でも見逃した。

 だけど、ようやく気付いたはずだ。

 いや、自分がそこまでになったのか。

 目の前にいる小さな骨の塊は、自分を害しうる存在だと。

 やっと認めてもらえたのか。

 それもおかしな話だが。

 自分は最初から真剣だった。


 ここまで戦ってわかったが、竜には連続で繰り出せる攻撃がないことに気付く。

 竜は、どうやって自分にでかい一発を当てるか。それをずっと模索しているように思う。

 ブレスのフェイントからのかみつき。尻尾で砂埃をたて、隠れながら近づいての、かみつき。

 ただ、それも距離をとってしまえばどうとでもなる。

 そもそも、ブレスや風圧以外届かない間合いをずっと保ち続けている。

 何とかして追い詰め、攻撃を当てない限り、竜はじり貧になっていくだけだ。

 逃げ道を封じたところで、ここには十分に広い空間がある。

 天井でも崩す?

 自分と一緒に生き埋めになる気ならその選択肢もあるかもしれないが。

 今、警戒しなければならないのは、尻尾で砂埃を上げられたときくらい。

 ただ、その場合、相手も自分の位置を見失うことになる。

 少なくとも最初にいた場所から退避してしまえば、どうとでもなる。

 と、思っていたが。

 竜はやはり賢かった。

 バカになれるくらい賢かったのだ。

 ぐ、と体をねじる。

 このくらいの距離だと尻尾の薙ぎ払いは届かない。

 砂埃をあげてめくらましするのだと、容易にわかる。

 直前にいた位置から離れる。

 右でも、左でも。

 自分は竜を見失った。でも、巨大な気配や足音などから大体の位置は把握できる。

 ずぅんずぅんと竜が移動しているのがわかる。

 あれ、でも直前に自分がいた位置じゃない。

 なんだ?

 明後日の方向に、向かって歩いている?

 音からしか判断できない。

 砂埃が舞い上がっている間は視界はほぼゼロだ。

 ゴッ。

 っと音がした。

 な、なんだ。

 何をした?

 砂埃でわからない。

 だけど、それだけは終わらなかった。

 ゴッ。

 何かが風を切る音がする。

 やや、砂埃がおさまってその隙間から竜の姿が見えた。

 自分とはまったく反対の方向で、尻尾の薙ぎ払いをしていた。

 竜もまた自分の姿を見つけたようだが、すぐに尻尾を地面にこするように薙いで砂埃を上げる。

 つまり……、そういうこと?

 その意味を知って、またもや背筋が凍る。

 こいつ、視界をゼロにして、適当・・に攻撃を繰り出してやがる。

 なんつー、恐ろしいことを……。

 砂埃が上がると竜も自分も相手が見えない。

 だけど、竜はかまわないのだ。

 適当に移動して、そこで広範囲を尻尾で薙ぎ払う。

 狙ってあたらないなら、運よく当てようと攻撃を繰り出してくる。

 自分も相手の姿が見えないんじゃ距離は測れない。

 ある程度、足音や気配でわかるけど、完全に安全だと見切って躱すことはできなくなる。

 いままでの竜は、砂埃をあげて攻撃し、結果を確認する。それの繰り返しだった。

 連続で砂埃を巻き上げると視界がふさがれてしまうからだ。

 だけど、もう、目で見て狙うことはあきらめたらしい。

 自分の視界を犠牲にするかわりに、こっちの視界もふさいできた。

 

 攻撃は尻尾だけではなかった。

 もっと広範囲に繰り出せる攻撃を竜は持っていた。

 向きさえ合っていれば相手を吹き飛ばせる攻撃だ。

 再び巻き上がった砂埃の中で、自分は身構えた。

 適当に移動して、尻尾で薙ぎ払う。

 そんな攻撃をしてくると思っていた。

 それが甘かった。

 足音は全く聞こえなかった。

 移動していない?

 でも、気配はある。

 なにか動いているのはわかる。

 自分も移動する?

 音から、気配からできるだけ遠くへ。


 浮足立った、と言っていい。

 ぶわっ。

 移動し始めた横合いから、豪風に襲われた。

 羽ばたきだった。

 姿勢を低くして、剣を地面につきたてて耐えれば吹き飛ばされずに済んでいた。

 だけど、こんなふうに重心が浮いている状態じゃだめだ。

 体は風にあおられて木の葉のように舞った。

 そのまま、岩の岸壁にたたきつけられて、ずるずると地面に落ちる。

 ハッとして、口をあけて、頭蓋骨の中に手を突っ込んだ。

 かなりの衝撃を受けたらしい。

 フラスコにひびが入っていた。

 割れてはいない。

 でも、いつ割れてもおかしくない。


 風で砂埃もまた消し飛んでいた。

 その向こうで竜が、どうだ、といわんばかりにこちらをにらみつけている……。


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