47
か細い糸がつながる気がした。
最初から最後まで。
矛盾なく連なった何かが頭の中で構成される。
イメージはそこにあった。
だったら、迷っている暇はなかった。
会に参加していた人たちは、彼に頼るのを渋った。
けど、竜のうろこを溶かす酸は絶対に必要なものだった。
止める人たちに、
「誰か同じものをつくれる?」
聞いたら、みんな黙り込んだ。
街の人たちに聞いた。
ワイズは数年前に王都からこのランバートの裏路地に移り住んだ。
陰気で口も悪い彼に街の人たちは近寄りもしなかった。
日がな一日家の中で何かをやっていて、たまに街を歩いているのを見かけるくらいだった。
性格は最悪の一言。
初対面でも人を見下したような態度をとるし、口を開けば誰かを嘲る。
ただ、特殊な薬を調合できるのは街で彼だけらしい。
だから、人はしぶしぶ彼に会いに行く。
少なくとも、いい話は一つも聞けなかった。
知り合いだったみたいなんで、オルガにも話を聞いてみた。
「私の口からはあんまり言いたくないな」
ということらしい。
とにかく、あの薬は必要だ。
彼がどんな人物であれ、訪ねていくだけ。
骨勝会がお開きになったあと、自分はワイズのところに向かった。
ランバートは豊かな大地で農業を営み大きくなった街だった。
中央通りは活気にあふれ、たくさんの人が往来する。
整備された石畳や、整然並んだ建物、街は毎日清掃され、ごみも全然落ちてない。
噴水の水は日の光を受けてきらめく。
綺麗な街だった。
だけど、どんなところにも影はある。
街の北東、城壁周辺エリア。
初めて足を踏み入れたエリアは、自分が最初に目をさました廃墟に勝るとも劣らない荒廃ぶりだった。
日の射さない狭い路地にボロボロになった家屋が立ち並び。
いたるところに生ごみが散乱して、ひどいにおいを放っていた。
猫の死骸をカラスがつついているのも目に付いた。
たまにすれ違う人は、明らかにこちらを警戒していた。
外出用にマントと帽子はつけている。
自分が骸骨だからじゃない。
あとで聞いた話だが。
このエリアではすれ違う人間が強盗や窃盗に早変わりすることがちょこちょこあるらしい。
ワイズは、住んでいる家はすぐに見つかった。
石造りの古い建物だが、それでも比較的ましだった。
薄暗くて陰気な建物には間違いないが、雨風を防ぐには問題ない。
腐りかけた木の戸をたたく。
薄い木の戸だからか。
中から、舌打ちする声が聞こえてきた。
数秒後、戸が開く。
「ども」
挨拶したが、迎えにでてきたワイズは自分の顔を見るなり固まった。
なんだなんだ。
「さっきの今だぞ」
来るのが早すぎた?
「うん」
「もう来たのか」
「うん」
「もっと後で来ると思っていた」
やっぱり?
「あるいは来ないかとも思ったがな」
それはない。
「入れ」
言われて家の中に入っていく。
二間だけの小さな家。
手前にはテーブルのある部屋。
奥が作業室。
仕切りがないから、作業室は丸見えだった。
「ビーカー、フラスコ、蒸留器……」
戸棚には薬品の入った瓶が並んでいる。
「お前……」
ワイズが不思議そうに聞いてきた。
「なに?」
「こういう器具を見たことがあるのか?」
「え?」
そういえば、自分なんかつぶやいてた。
「わからない」
「わからない?」
「たまに、見たこともないものの名前が頭に浮かんだりして」
ワイズは驚いたように自分を見つめていたが、やがて座れとテーブルと椅子を指さした。
「すぐ作ってやる」
言われて、自分はおとなしく席についた。
目の前で、ワイズが作業をしている。
戸棚から瓶を取り出して、いろいろやっていた。
自分はテーブルからおとなしく彼の背中を見つめていた。
沈黙したまま時が流れる。
薄暗い部屋の中。フラスコに入れて混ぜた液体をカンテラの光にすかして何かを確認している。
何か話しかけようと思った。
でも、作業の邪魔になる?
遠慮していたが。
彼のほうから話かけてきた。
作業の手は止めない。こちらも向かない。
「オルガの知り合いなのか?」
オルガ?
うん、とうなずく。
「ワイズも?」
「ああ、同じ学校で学んでいた。私が一番で、オルガは二番だった」
それは聞いた。そしてオルガはこう続けたのも聞いた。
「でも、君はこんな場所にいて、オルガは宮廷にいる」
怒るかな。
だが。
「数年前までは……、私も宮廷にいた」
「なら?」
なんで今はこんなところに?
性格が災いしたのか。
ほかに理由があったのか。
「当時の私は、いわゆる人格者だった。誰にも優しく、平等で、協力することを惜しまなかった」
想像できない。
「だがね、事件があった」
「事件?」
そうだ、と。
「師に生涯をかけた研究を奪われた。同僚はみんな口をつぐんだ。
師はあまつさえ、私が無用の騒ぎを起こしているとして罰しようとした」
声に怒りはない、ただ、悲しいだけだ。
でも。
「だからって、街の人たちにあたるのは八つ当たり」
「あー、それは……。その通りだな。だが、勘違いするな。
私はそれで変わったわけじゃない。
もともとこういう人間なんだ。
いわゆる嫌われ者ってやつだな」
ははは、と自虐的にわらう。
作業のために、あっちを向いているから表情はわからない。
「でも、自分に協力してくれるんでしょ?」
そうだな……、と彼は息をつく。
「伯爵には協力する気はなかった。
あいつの目をみたか?
私を見る冷ややかな目。
自分と意見を異にするものは、排斥する人間の目だ。
私を追いやった宮廷の人間と同じ目だな」
それを言ったら。
「自分も伯の仲間なんだけど」
「でも、私に協力を求めてきた」
「だって、必要だもの」
「皆は止めたろう?」
「うん」
「伯爵は?」
「何も言わなかった」
ワイズはくっくと笑った。
「つまりはそういうことだ」
作業が終わったらしい。
5つの三角フラスコの中に透明な液体が入っていた。
それを目の前のテーブルに並べてくれた。
「頑丈なガラスに入ってるが、叩き付ければ割れて中の液体が飛び散る。
扱いには気を付けろ」
手ぶらできた自分のために、カバンを用意してその中に入れてくれた。
「お前たちは集まってなにかやっているようだが。
あれは街の住人のうちのどれくらいか知ってるか?」
……。
「広間いっぱいの人数などと思っているかもしれないが、あれは街のほんの一部に過ぎない。
街には、いろんな人間がいる。
明るい者、よく働く者、頑固な者、いろんな人間がいろんな役割を演じている。
そして、私のように嫌われ者の役を割り当てられたものも大勢いる」
……。
「伯爵は街の人間を助けるつもりなのはわかる。
だが、そこに私たちのようなものが含まれているかは疑問だな。
あそこまでデモンストレーションしてやったのに、まだ頼ろうとしないのだから」
「でも、あれは……。部屋に入ってきたときの態度から問題があったと思うよ?」
「わかってないな、お前も」
落胆したような。
「人間の中にはな、必ず一定の割合で嫌われ者が存在するんだ。
もし、仮にそいつらを排斥しても、残った中からまた別の嫌われものが出てくる。
そうして、どんどん嫌われ者を処分していったらどうなる?
最後に何人残るのかな。
仮に最後の二人になったとしても、お互いを憎しみ合うような気がする」
「それが、そんな態度をとる理由?」
「ははは! 話がそれた。
つまりな、本当の意味で人間を守ろうと思ったら、いい人間も悪い人間もひっくるめて守らなければならないと言いたかっただけだ。
少なくとも伯爵には、嫌な奴とでも手を組む度量はないらしいがな」
……。
「伯爵には無理だ。領土は守れても、街は守れない。
だが、お前なら。
私たちのようなものも守ってくれる」
「言ってることが理解できない。
ここに来たのは君の力が必要だったからってだけ。
理由があれば、来るのは当然でしょ?」
「理由があっても、嫌なやつとは協力はできないさ」
「そんなことない」
「実際、そうだったろう?」
「それは……」
止めたみんな。何も言わなかった伯。
「そんな顔するな。人間は感情の生き物だ。
でも、お前、不思議なやつだな。
顔の筋肉がないのに、どんな表情をしてるかなんとなくわかる」
席を立った。
家を出ようとして、戸口で振り返る。
「オルガになにか伝言はある?」
ワイズはこんなこと言われるなんて思ってもみなかったようだ。
「う~ん。そうだな。なら、一言たのむ。
あの日、みんなと同じように口をつぐんだお前は、ずっと賢くあれ、と」
城に帰ると玄関でオルガに出会った。
どこかに出かけていた様子もない。
ただ、ここで誰かを、あるいは自分を? 待っていたのかもしれない。
自分の姿を見かけると、軽い足取りで近寄ってきた。
「ねぇ、ワイズなんか言ってた?」
口調は軽い。
でも、直球でワイズのことをたずねてくるのは余裕がない証拠かもしれない。
彼女はいつもと同じだ。
気楽な感じの笑顔、瞳。
だが、その奥に恐れや後悔があるように思える。
ここで、ワイズに言われたことをそのまま告げるほど、自分は無邪気じゃなかった。
「特に何も言ってなかったよ」
嘘をつく。
「そっか。そっか……」
気楽に見える彼女もまた、なにかを抱えているのかもしれない。
いろんな思いが街の中にある。
とにかく、これですべての条件は揃った。
いよいよ、決着をつける時だ。