46
ランパートの城門に帰り着く。
もうすでに街の人たちには自分が骨であることをばらしてしまったので、気を遣う必要もないと思う。
門番の兵士には悪いけど、口を布で覆ってもらって鎧を脱がすのを手伝ってもらった。
城門前で鎧を脱いで、丸裸?になる。
鎧や装備はいっぱい瘴気を浴びているので、これを着たまま城に帰るのはいけない。
それに気が付かなかったせいでエミリは肺を病んでしまった。
どうして気が付かなかったのか。
脱いでいる最中で、何かが鎧の中からポロリと落ちた。
そうそう、竜のうろこを一枚持ち帰ったんだった。
あとはこれを調べてもらって、竜に有効な武器を探すなり、作ってもらうなりしなければならない。
とりあえず、工房の親方にでも見せようか。
門番が馬車を呼んでくれたらしい。
いつもの御者が迎えに来てくれて、城に送り届けてもらう。
掌サイズの竜のうろこを手の中でもてあそびながら街の景色を眺める。
人通りはほとんどない。
みな、霧を吸わないように屋外には出てこないのか。
これがあれだけ活気のあったランバートなのか。
城に戻ると、すぐに全身水浴びをした。
少しでも体に付着した瘴気を洗い流したかった。
汚れはたまに落としてたけど、汗もかかないので、衛生面には無頓着だったが、これからエミリに会おうと思ったら、少しでも清潔にしとくべきだと思った。
城の井戸から水を汲んでばしゃばしゃとかぶり、ブラシで頭蓋骨を丁寧にこすった。
そして、さっぱりするとさっそくエミリに会いに行った。
彼女はベッドで上半身を起こして窓の外を見ていた。
そばでは看病のつもりなのかミザリがいたが、ベッドにしがみつくようにして眠ってしまっていた。
自分が部屋に入って来たのを知ると、彼女は「ごめん」と一言つぶやいた。
謝られる理由がわからなかったが。
「大変なときなのにね。あたしだけ寝てるなんて」
彼女らしい。
なんだかおかしくなって、ぷっと吹き出した。
「あ! なんで笑う!」
いつもより青白い顔が、ちょっとだけ赤くなった。
「病気の時くらい寝ててもいいんだよ?」
「そうはいうけどさ……」
「じっとしてるのがつらい?」
「つらい……」
ふと、エミリは自分の体をじろじろと眺めだした、
「今回は、きれいなままだね」
全部揃った全身骨格。
肋骨にひびも入ってない。
「言われたとおりにしたからね」
「え?」
「負けない戦い方」
「ああ」
うわごとのように言っていたから、覚えてないかと思っていたけど。
「そろそろ、終わりにしてくるよ」
エミリを見舞った後。
骨を竜に勝たせる会。通称、骨勝会の会議を開いてほしいと伯に頼むとすぐに人を集めてくれた。
昼間からたくさんの人が城の広間に集まってくれた。
一目じゃわからないが、数百人はいると思う。
隊長や、工房の親方はもとより、八百屋、服屋、パン屋、などなどその職種も様々だ。
品物も流通してないので、どうせまともな商売ができないのか、
それにしても、よくここまで人を集めたものだと思う。
伯は領主の権限を使って人を徴発したわけじゃない。
頭一つをさげてこれだけの人数を集めたのだ。
烏合の衆が集まってどうなのか、と思うなかれ。
たくさんの人が集まるからこそ、パン屋さんの倉庫から連弩が出てきたりもする。
なかなかバカにできないのだ。
自分は今回の竜との戦いをみんなに語った。
待ちの戦法をとったこと。
それは有効らしいということ。
ただし、相手の体力を削いでも、攻撃力が不足していて手詰まりになってしまったこと。
そして、今回のおみやげをみんなに披露した。
腐蝕竜のうろこだ。
それを取り出したとき、みんな驚いた様子でそれを見ていたが、実際に触ろうとする人は皆無だった。
伯もめっちゃびびってた。
「だいじょうぶなのか。触れた途端、手が腐り落ちたりしないのか」
「ダイジョブダイジョブ」
うろこを手に取って、伯のほうに放り投げてやると慌てて避けようとして転ぶ。
いつも冷静な伯の慌てぶりを見て、みんな笑った。
そんな中で、工房の親方だけが恐る恐るうろこに手を触れた。
そして、その感触に驚く。
「なんだ、これは……」
親方が触ると、ほかの人たちも手を出し始める。
みんなうろこの硬さに驚いているようだった。
会議に来ていた隊長が言う。
「こんな物で全身が覆われているのか」
分厚い鉄の鎧をまとっているのと変わらないぞ。
そう漏らす。
また、同じく出席していたマルガも手触りを確かめながら言った。
「新しい占いの結果が出たので、お教えに来たのですが……。
竜は頭に脳、胸に肺や心臓、基本的なつくりはほかの生物と一緒のようです。
しかし、こんな硬いうろこを持っていては急所への攻撃も無意味ですね。
背中の逆鱗は狙うには難しいし」
みな口々に感想をもらしたところで、本題に入りたい。
「無理を承知でお願いなんだけど、やっぱり防御を抜いてダメージを与えられないことにはじり貧なんだ。
時間をかければ、竜の体力を奪い続けることができるかもしれない。
だけど、時間の経過とともに装備もダメになってしまう。
武器が全部だめになったらもうそれこそ打つ手がない。
何か、何か、無いかな。
有効なダメージを与えられるようなものは」
みなが口をつぐむ。
いきなり、そんなことを聞かれたって困るのはわかってる。
そんな中で、八百屋のおじさんが声を上げた。
「鈍器とかはどうだ? 硬い鱗の上からダメージをあたえられる」
むかし、ちょっとだけ戦争に行ったことがあるらしい。
硬い鉄の鎧の上からは刃物は通らない。
だから、その下の肉体に衝撃を与えるため、鈍器などは有効らしい。
隊長もうなずいた。
「そうだな。と、するとメイス。それにハンマーあたりか」
「試してみる価値はあるのでは?」
マルガがこちらに同意を求める。
だけど……。
なんか違う。イメージできない。
「メイスは片手鈍器だよね? それで竜の巨体を殴っても、さすがに威力が乏しいような気がする。
それにハンマーってどんな感じなの?」
親方がお弟子さんに言って、工房から持ってきてくれた。
「これは……」
長い柄の先にでかい鉄の塊がついている。
お、重い。
かなりの重量だ。
斧よりもかなり重い。
確かに、これなら……。
そう思うが。
「これを装備したままで回避運動をするのはちょっと辛いかもしれない」
親方が提案する。
「なら、頭の部分を小さくしようか?」
「けど、そうすると威力はおちるよね?」
うーむ。
なかなかいい案が浮かばない。
それから親方は別の提案をしてくれた。
「メイルブレイカーはどうだ? 刺突専用の剣で、鎧通しって別名なんだが」
「仮にうろこを貫通しても、針でつつかれて、竜が倒れるかな」
「なら、その先に毒を塗るとか?」
毒!
それはいい案かもしれない。
たしか、薬屋さんがいたはず……。
話を聞いてみると、体に良いくすりしか取り扱ってないとのこと。
それに体が大きいほどたくさんの薬が必要になるので、効果は薄くなるだろうとのことだった。
そもそも全身が毒の塊みたいな腐蝕竜に毒物が聞くかどうかはあやしい。
黒い霧が、竜の吐息なのかなんなのかはわからないけれど、それを物語っている。
時間は確かにない。
が、本当に、あと、ちょっとだと思うんだけど。
なんとなく竜を倒す計画はできてきている。
イメージもできている。
足を攻撃して、転がして、逆鱗をたたく。
逆にいえば、転がすことさえできればあとはなんとかなりそうなのだ。
だけど、その壁が限りなく、高く、硬く、分厚い。
意見も出尽くしたが決め手がない。
そこに一人の青年が現れた。
広間のドアを開けて、「ここか?」とぶっきらぼうに言い放つ。
眼鏡をかけ、マントを羽織った青年。
彼が入ってくると広間の空気がちょっと変わった。
ん?
なんか、剣吞な……。
彼はこちらまで歩いてくると、鱗を手に取ってぽいっと机の上に投げ捨てた。
「ハッ、こんなものか」
なんかちょっと偉そう?
みんなはこの青年が誰かを知っているようだった。
自分とは初対面かと思ったが、よくよく思い出してみると一度だけ顔を見たことがあった。
あの日、みんなの前で頭を下げたあの日。
仲間内での猿芝居か、そんな風にののしられた。
そんな嘲りを口にした人と、今、目の前にいる青年が記憶の中で合致した。
青年は大きくため息をついて、あのな、と語り始めた。
「バカがどれだけ知恵を絞っても、問題解決なんてできるわけないだろ。
八百屋、服屋、パン屋に、あとはなんだ?
工房はまだましか」
な、なんなんだろう。
いきなり、現れて喧嘩でも売りにきたのだろうか。
伯は冷ややかな目で彼を見つめている。
知り合いでもないのだろうが、ここまでの無礼を言われて平気な顔……、ではなかった。
表情は穏やかだけど、理性がそうさせているだけか。
自分を抑えているのは伯と、それからマルガくらいだった。
いや。マルガはただ単に驚いているだけなのか。
ただ、街の人たちはもう荒れ狂っていた。
手こそ出さないが、「帰れ!ワイズ」「消えろ!」「死ね!」うまく聞き取れないけど他にもなんかいっぱい言われてる。
自分、こんなに悪口言われたらへこんじゃうんですが。
だけど、ワイズと呼ばれた青年は彼らを見下すようにニヤニヤ笑っている。
隊長が伯に「つまみだしますか?」と聞いている。
たしかに、これじゃ収拾がつかない。
そもそも、何をしにきたのだろうか。
彼は何者だろうか。
「ひさしぶりね、ワイズ」
その声は、吹き荒れる悪口の中でもよく通った。
そして、なぜか罵詈雑言がぴたりと止んだ。
声の主はオルガだった。最初はいなかったのにいつの間にか部屋にいた。
「なんだ? お前はなぜこんなところにいる?」
ワイズは心底珍しいものを見たような顔をしている。知り合い?
「仕事で来てんの」
「この時期にこんな場所にか。捨てられたのか、お前」
いや、ただオルガは善意だけでここに残っている。
だけど、彼女は何も言わなかった。
「あんた、落ちぶれたね。でも、納得。あんた頭悪かったから」
初めて、ニヤニヤが消えた。
代わりに怒りの表情だ。
「万年二位のお前が言う? 主席だった私に?」
だけど、オルガは負けてなかった。
「試験の成績の話じゃない。地頭の良さのことよ」
「ハァ?」
何言ってんだ、こいつ。
そんな疑問がありありとワイズの顔に浮かんでいる。
「そっくり返すわ。あんたが賢かったら、この辺境の街でおちぶれてなんかなかった」
どか、と音がした。
ワイズが机を蹴っていた。衝動的な暴力。よほど、頭に来たのか。
でも、正直、自分はこの展開についていけてない。
「あいつらが……」
何かを思い出しているのか、ワイズの顔が憎しみに歪んでいた。
オルガはどこまでも静かだ。いっそ冷淡なほどに。
「その件に関しては、あたしも知ってる。
だけど、賢い選択ができなかったからあんたはここにいる。
そうでしょ?」
ぐうの音も出ないようだった。
オルガは事実を突きつけただけだ。
だからこそ、反論できない。
目の前にあるりんごをみかんということはできない。
知性や理性に重きを置いている人間ほどそうだ。
そして、ワイズもそうだった。
怒りの表情でわなわなしている。オルガをにらみつけている。
「別に怒るならそれでもいいよ。
でもさ、あんたがここに来たのは別の理由があったからじゃないの?」
ワイズは顔をゆがめながらも、懐からなにかガラス瓶に入った液体を取り出した。
瓶を傾けて、それを、竜のうろこにかける。
じゅわぁ、と音と煙を上げながら竜のうろこが溶け出した。
周囲からどよめきが上がる。
「ほしければ、くれてやる」
そう言ってマントをひるがえして去っていった。
みんなの視線がワイズの背中を追う。
やっと消えたか、そんな声が聞こえる中、自分の視線は溶けたうろこから離れることはなかった。
うろこの防御力。それを上回る攻撃力を持つ武器。
自分はそれを探していた。
だけど、それは方法の一つに過ぎなかった。
攻撃力が足りないなら、防御力を下げればいい。
この液体、おそらく酸だろう。
酸……、なぜ、自分はそんなものを知っているのか。初めて見るものなのに。
それは、とりあえず置いておこう。
酸をかけてうろこの溶けた足首。
そこに肉厚の斧がめり込んで骨にまで達するイメージが頭の中に浮かんできた。