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これで、腐蝕竜と戦うのは六回目。
ただ、今回は戦って倒すのが目的じゃない。
目的は以下の三つ。
自分の戦い方が通用するかを確認すること。
新しい武器、連弩の使用感をたしかめること。
あとできれば竜のうろこを一枚もって帰りたいと思っていた。
隊長との稽古や、エミリがくれたヒントから自分だした答えは完全な待ちの戦法だ。
戦いの中で、竜とどれだけ我慢比べができるか。
そうして、相手の体力を削りきったところで反撃に移る。
しかし、竜の攻撃はどれも食らえば致命傷レベルのものばかり。
相手に一方的に攻撃させるなかで、どれだけ自分がそれをうまく捌けるかにもかかっている。
たしかに、相手がヘロヘロになってチャンスと見ればそのまま倒してしまいたい。
だけど、無理にそこまでするつもりもない。
いつも自分は、竜と戦うときは相手を倒すことばかり考えていた。
一気に目的を達成しようと焦っていた。
だけど、それももうやめだ。
状況はわかってる。
時間がないことも。
かつて、自分はみんなに言った。
自分を信じてくれないのか、と。
だけど、自分の周りにいる人たちも、街の人たちも、弱くはなかった。
今までそれがわからなかった。
自分のほうこそ、みんなを信じていなかった。
焦って竜を倒そうとした。
早くしないとみんなが大変なことになると思い込んでいた。
戦っているのは自分ひとりじゃない。
自分は自分のペースでしか進めない。
目的を果たすまで、みんなきっと持ちこたえてくれる。
信じてる。
それがわかるよ。
今回の装備は以下の通り。
全身鎧、盾、剣、斧、そして連弩。
すべて、工房の親方にメッキ加工してもらったものだ。
連弩は矢を三十本。
一回に十本ずつを装填する。
単発式より威力は若干低めだが、連射できることにどの程度のメリットがあるだろうか。
実際、試しにいってくる。
それにしても、と思う。
最初に竜と戦いに行った時はどうだったっけ。
剣、全身鎧、盾の三つだけだったか。
そこに斧が加わり、装備にはメッキ加工が施され、今回は連弩が追加された。
全体の重量も増えたので、これ以上装備を追加することは厳しいだろう。
これらを駆使して、なんとか勝算を見出したい。
もう何度目の光景か。
あの御者があやつる馬車の荷台が城の前に止まっている。
今回はいつものみんなに加えて、出発を知った街の人たちも見送りに来てくれた。
相当な数の見送りだ。
数十? 百人に届くかも。
その中心には伯がいる。
その隣には隊長と、マルガ、オルガ。
寝ていたエミリも起き上がってミザリと一緒に庭先まで出てくる。
さすがに顔色はよくない。
だけど、そんなそぶりを一切見せないで。
「いってらっしゃい」
いつものように、なんでもないことのように。
じぶんはうなずいて馬車に乗り込んだ。
城を出た後、街の中央通りを通り抜ける。
すれ違う街の人から声をかけられる。
がんばれ。
がんばって。
知らない人から、こんな風に応援してもらえるなんて思ってもみなかった。
手を振って応える。
御者は、誇らしそうな顔で手綱を握っていた。
ランバートの城壁を抜けて、平野に出る。
ネビルまでの一本道。
数刻も走ると薄く霧が立ち込めてきた。
目的地まではあと半分くらいだ。
前は、山のふもとあたりまで馬車に乗って行けたのに。
霧の進行速度は遅いようで、速い。
そろそろ限界かな。
「この辺でいいよ」
御者も、どうやら霧を吸って肺を病んでいるようだ。
あまりつきあわせるのも申し訳ない。
だけど、口の周りを布で覆って。
「いや。もっと行けます」
そんなことを言う。
それはかつての自分と重なった。
気持ちだけで進んでいく自分だ。
だけど。
「大丈夫」
諭すように。
「ですが……」
「今、倒れられたら、次に誰が送ってくれるの?」
納得できない顔だった。
それでも、しぶしぶ引き返していった。
それを見届けると、一人で歩き出す。
ランパートからネビルまでは徒歩で大体二日。
ちょうど半分くらいの位置にいるので、丸一日歩けば目的地につける。
何も考えずに歩く。
霧の中には、動物の気配が全くなかった。
とても静かで。
それは死の世界を連想させた。
そこに存在できるのは、死者だけか。
つまり、自分のような。
かつては黄金に染まったランバートの南部は、もはや死に飲まれた。
最初に見たときは、元気がなかっただけの麦の穂も、見事なまでに腐り落ちていた。
それが、あの街に迫っているのだ。
ネビル山に到着する。
かつては瘴気の通り道だったところだけ植物が枯れていたが、今は山全体が腐蝕している。
かつて緑に覆われた山も、いまではなにか黒いものの塊のように見える。
いつもの道を通って、中腹にある洞窟にたどり着く。
もう一度確認だ。
今回は、自分の戦い方が通用するかどうかを確認する。
それが大項目だ。
背中の斧を手にすることはしなかった。
代わりに連弩を持ってゆっくり洞窟の中を進んでいく。
どこかで見た光景。
最初に、この竜と遭遇した時と同じ光景。
相変わらずででかい。
でかいとしか形容できない。
竜は前足にあごをのせ、丸まって寝ていた。
前はこの空間に入った瞬間に目を開けてこちらを確認してきた。
だけど、今は目を閉じたままだ。
閉じたまま?
薄目を開けて見てない?
待ち伏せしてたこともあるこの竜ならありえそう。
気づいてないふりをして、近づいたところを襲う。
それくらいやりそうだ。
だけど、さすがに寝かせたままはダメだな。
相手の体力を削ぐ戦いをするためには、少なくともこちらと対峙させないといけない。
ちょうどいい。
頭が低い位置にあるなら、目も狙いやすい。
寝ている竜の顔に狙いを定めて。
連弩の回転レバーを握るとそれをくるくると回す。
びす、びす、びす……。
矢が短い間隔で飛び出していく。
すべて竜の顔に当たる。
一発目は我慢したのか、無反応だった。
だが、二発三発と立て続けにくらうと、途端に首を上げて立ち上がる。
うーん。
鉄壁だ。
矢は全然刺さらない。
だけど、連続で撃たれると嫌なくらいには痛いのだろうか。
顔を針でつつかれる感じ?
もっと軽いのかな。
わからないけど、とりあえず立たせることには成功したみたい。
だけど、ここで剣は抜かない。斧も手に取らない。
さっと、連弩に矢を装填して距離をとる。
距離をとるとブレス、尻尾、かみつき、それから羽ばたきと痛い攻撃が襲ってくる。
前まではそれを躱して、近づき、ダメージを与えることを狙っていたが、今回はそうしない。
攻撃することは、頭の隅に追いやって、ただただ防御に徹する。
それならどんな攻撃も届かない距離をとって対峙すればいい。
対峙しているだけでもいい。
眠っていたことからわかるとおり相手は生き物、隊長と同じだ。
疲れもするし、眠りもする、腹も減る(そういえば、何か食べてるところを見たことない)かもしれない。
自分がするのは持久戦。
相手をどれだけ疲れさせられるかだ。
そうして、体力を極限まで削ってやってから初めて攻撃のチャンスができるはず。
わざわざ竜が元気な時に、焦って攻撃することなどないのだ。
不意にかみつきがくる。
横に躱して接近する、なんてことはもうしない。
ただただ、後ろに大きく飛んで躱す。
一回、二回。
目の前を竜のあぎとが交差する。
動け。
もっと動け。
体力を使わせる。
攻めることを考えないと、防御は本当に楽になる。
敵の攻撃の範囲に入らなければいい。
ブレスが来た。
これだけの間合いだから。
かみつきがこない距離だから、これは横にかわせばいい。
自分の動きにあわせて、竜が首を振る。
横凪ぎのブレス。
横に走りながら避け続ける。
多少、食らうのは仕方ない。
だけど、親方がメッキしてくれた装備はそう簡単にダメにならない。
洞窟の奥が広い空間になってくれていて助かった。
十分に逃げ回るスペースがある。
ブレスはそう何度も連発できないようだ。
たまにかみつきを挟んでくる。
躱して躱して躱しまくった。
だけど、それじゃらちがあかないと思ったのか。
両足をふんばって、羽ばたき始めた。
ゴッ!
圧倒的な風の暴力。
相変わらずの風圧。
前は、吹き飛ばされて洞窟の外壁に叩き付けられた。
だけど。
攻めに転じるつもりもないので、移動に支障が出てもいい。
姿勢を低くし、剣を抜いて地面に突き刺す。
前は思いつかなかったこと。
倒そう倒そうと思っていてはできなかったこと。
大風が自分の体をあおろうとする。
でも、低くした姿勢のおかげか、突き刺した剣のおかげか。
その場で持ちこたえることができる。
ぐぐ、と。
数回の羽ばたきを耐え。
剣を引き抜く。
竜はこちらをじっと見ている。
吹き飛ばなかったことが意外だったのか。
もう一度同じように翼を羽ばたかせる。
ゴッ!
同じだ。
二回目だからって、強くなるわけじゃない。
耐える。
三回目が来る。
それも、余裕をもって耐えた。
竜が低くうなる。
何かがおかしい。
そんなことを考えているのかもしれない。
だけど、これからだ。
まだまだ付き合ってもらうからね。