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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
ただの骨 VS 腐蝕竜
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 稽古の時間がやってきた。

 誰かをやっつけてやろうなんて、そんなのあんたには似合わないよ。

 そう言われて、なんとなくわかってきた。

 ぼんやりと見えてきていた。

 後方に引いた剣はそのまま。

 腰を軽く落として盾を上に引き上げる。

 重心はやや前にかけていたのを、やや後方に。

「む」

 隊長が自分の構えを見て、低くうなる。

 短い時間で強くなれるとは思っていない。

 だけど、戦い方を変えることはできる。

 自分に最もあった戦い方。

 木剣を持った隊長が自分の前に立ちはだかる。

 こうやって対峙すると、何倍も大きく見えてしまうから不思議だ。

 だけど、竜ほどじゃない。

 そう思うと、心に余裕ができた。

 向き合ったまま、時間だけが流れる。

 ……。

 …………。

 ………………。

「来ないのか?」

 隊長が不思議そうに問いかけてきた。

 いつもはどうだったっけ。

 多分、自分から攻撃を仕掛けることが多かったような気がする。

 それはきっと勝とうとしていたからだ。

 早く、隊長を倒して竜と戦いに行かねばならないと焦っていたからだ。

 黒い霧が迫ってくる。

 食料もない。

 エミリが血を吐いた。

 そんな出来事が自分を動かしていた。

 だから、そんな状況に打ち勝とうとした。

 竜をがむしゃらに倒そうとした。

 それは結局。

 自分がみんなを信じていなかったからだと思う。

 自分が早く倒さないとみんなが大変なことになると勝手に思っていたからだ。

 だけど、それは傲慢だった。

 周りのみんなが必死に戦っている様を見て、思い知った。

 自分が彼らを助けてやろうなんて、心のどこかで考えていたのかもしれない。

 そんな自分が恥ずかしかった。

 かつてみんなに聞いた。

 自分のこと、信じてくれないの?

 彼らは何も言わなかったが。

 だけど、そうじゃない。

 一緒にいるみんなのことを本当に信じていなかったのは、自分のほうだ。

 だから、守ろうとした。

 だから、焦った。

 結果を早く出そうとした。

 自分を見失っていたんだ。

 お前の長所はなんだ。

 そう聞かれて答えられなかった自分がいた。

 でも、思い出したよ。

 昔、たった一つだけ。


 骨、お前すげぇな


 ゲンさんが心からほめてくれたことがあった。

 ようやく思い出した。

 確かに似合わなかったのかも。

 誰かを責めるのは苦手だよ。

 だから、こうする。

 

 隊長は身じろぎした。

 いつまでたっても、攻めてこない自分を不審に思っている。

 自分はただ黙って相手の出方を見ている。

 ややあって。

 隊長の木剣が唸りを上げて振り下ろされた。

 ガン、ゴン、ガン。

 鈍い音が中庭に響いた。

 鉄の盾と木の剣がぶつかる音だ。

 自分はあの日以来、ずっと全身鎧を着たままで過ごしていた。

 攻撃用の装備は木剣のみだ。

 だが、全身鎧と盾は竜と戦うときのものをそのまま使っている。

 よくよく考えてみれば。

 この状態で隊長が勝つ手段というのは限られている。

 全身鎧と兜の隙間をねらって、木剣をふるい、自分の頭蓋骨を胴と切り離すことだ。

 逆にいえば、それさえ防いでしまえば、自分はいつまでだって戦っていられる。

 そう、いつまででも。

 皮も筋肉も内臓もない。

 だから力はない。

 そのかわり呼吸もしないから息が切れることもない。

 筋肉がないから疲労をしない。

 かつて、一週間近く一瞬の休みもなく木を伐り続けたことがあった。

 そんなことができる生き物が、ほかにいるだろうか。

 少なくとも、隊長は無理だろう。

 そして、きっとあの竜も。

 それこそが竜を倒すための基本的な戦略の根幹になるはずだ。

 さぁ、我慢比べの時間だよ。

 

 隊長の攻撃、完全装備の自分にはあまり効果はない。

 がんがんと鎧の上から木剣でたたいてくるが、正直自分には効かない。

 いくら鎧を着ていても、肉を持っていれば外部からの衝撃でダメージを受ける。

 打ち身にもなったろう。痛い思いをしただろう。

 だけど、伯が用意してくれた鎧とエミリが詰めてくれた布や綿が自分の骨を守ってくれる。

 全然、痛くない。

 殴りたければいくらでもどうぞ。

 ただ、首や頭だけはしっかり守らせてもらうよ。

 

 初めて隊長の顔色が変わった。

 がっちり固めた頭部には容易に攻撃できないとわかると、待ちの体制に入った。

 木剣を構えたまま、息を整え、ずっと自分とにらみあう形になる。

 むしろ、自分としてはこっちのほうが楽だ。

 敵の攻撃を防ぐこともなく、ただ、突っ立ってるだけでいい。

 知ってるよ。

 人間は立ってるだけでも疲れるんだ。

 しかも、敵を前にしたときはそれが何倍にもなる。

 

 やがて、日が暮れる。

 城の中庭が、夕焼けに赤くそまる。

 おもむろに、隊長は言った。

「今日の稽古はここまでだな」

 そう言って勝手に剣を下ろして、帰ろうとする。

 だけど。

 ニガサナイ。

 目の前に立ちはだかって、道をふさぐ。

「骨? どうした?」

 慌てた様子の隊長に言い放つ。

「何勝手に帰ろうとしてるの? 竜はここまでだな、とか言って黙って帰してくれるの?」

「こ、こいつ……」

 隊長の顔がヒクつく。


 さらに少し経って。

 決着は意外なところでついた。

 完全に日が落ちて、あたりは薄闇に包まれた。

 そんな中で。

 なんか、隊長がもじもじし始めた。

 むむ?

 半日以上、中庭にいたから。

 たぶん、トイレにいきたいんじゃないのかな。

 ニヤリ、と。

 顔に筋肉があったら、唇の端が吊り上がっていただろう。

 チャンスだ。

 自分はようやく反撃にでた。

 だけど、つつくような攻撃。

 ガチで勝ちにはいかないぜ。

 負けない戦い方。

 たまらず、隊長が叫んだ。

「わかった! もう、お前の勝ちでいい!」

 ぐへへ、やったぜ。

 

 そのまま自分は中庭で立ちつくしていた。

 しばらくすると、なんだかすっきりした顔の隊長が戻ってきて、肩をたたいてくれた。

「負けた!」

 一点の負け惜しみもないさわやなか敗北宣言。

「お前は疲れを知らないんだな」

「うん、骨だからね。トイレにもいかないよ」

 隊長は苦笑いだった。

「竜も寝たりするのか?」

「うん、最初に戦いに言ったときはのんびり寝てた。

 ただ、霧のことなんかも考えると常識で測れないところもあるからね。

 だから……」

「確かめにいくか?」

「うん。まだ止める?」

「いや、俺に勝ったらって約束だからな」

「それに。次こそ、ひょっとしたら……。俺はそんな風に思う」

「完全防御にまわって、相手の体力を限界まで削げば、そこから突破口が見つかるかもしれない」

「うむ。もう一度聞いていいか?」

「どうぞ」

「竜を倒すイメージはできたか?」

 こんどこそ、答えられる。

「うん。なんとなくではあるけれど」


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