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隊長には勝てないままで、時間だけが流れていった。
自分は何度も隊長に戦いを挑んだけど、全く話にならなかった。
「お前は本当に考えて戦っているのか?
闇雲に攻撃したところで、首を刎ねられて終わるだけだぞ」
日中はずっと隊長と稽古をして、夜はどうやったら勝てるかを考える。
そんなことをすでに一週間も続けている。
その間、伯のもとに訪れる人の数は徐々に増えていった。
彼はずっと街頭に立ち続けて、人々に協力を訴え続けている。
街の施政への意見もそうだが、竜への対策もみんなで考えはじめ、そのうち十人二十人と人は毎日増えていき、
会議室では収まりきらなくなるほどだった。
少しずつではあるが、何かが変わってきているように思う。
自分も呼ばれて会議にでることもあり、竜の大きさとか、どんな攻撃をしてくるのかとか、うろこがどれだけ硬いのかとか。
そんなことを稽古の合間にみんなに話した。
そのうち、その会議の出席者も百人をこすようになると「骨を竜に勝たせる会」という名前で呼ばれるようになった。
毎日、ああでもない、こうでもない、と自分が竜を倒すにはどうしたらいいのかという命題で話をする。
だけど、いい方法なんて全く見つからない。
隊長は、竜と戦って勝つイメージができるかなんて言ってたが、想像の中ですら竜を倒すことはできなかった。
それにしても、全く進展がなかったわけでもない。
いつもの会議をしているとき、マルガが急に会議に飛び込んできた。
彼女は夜通し夜空を眺めて昼間眠るという昼夜逆転の生活を送っていたが、ついに占いの成果が出たらしい。
「わかりました! 竜の弱点!」
会議に参加していた何十人もの人間から、おお~っと声が上がる。
「背中側の首の付け根に、一つだけ他とは違って向きがさかさまについているうろこがあります。それです!」
どうだ!といわんばかりに言い切るマルガ。
だけど……。
「立ち上がられると、剣も斧も届かないし、そこをどうやって狙えばいいんだろう……」
「えっ」
とマルガがうめく。
そこまでは考えてなかったのだろう。
「弩なら届くかもしれないけど、狙うには厳しいような気がする」
しゅ~ん。
さっきまでの勢いはどこへやら、マルガはだんだん小さくなってしまう。
「そ、それなら! こんどはそこにどうやったら攻撃できるか、占います!」
なんかマルガもめげなくなってきた。
ただ、弱点がわかっただけでもありがたい。
また、装備の面でも変更があった。
その人は街でパンを売ってた人だったが、倉庫でちょっと面白いものを見つけたので持ってきたと言った。
骨を竜に勝たせる会。通称、骨勝会に出席していた工房の親方がそれを手にとって眺める。
「ほう、連弩か」
レバーを回すと装填していた何十本もの矢が連続で射出される弩だ。
なぜ、パン屋の倉庫の片隅にそんなものがあったんだという話はさておいて。
せっかくなので、試しうちをしに中庭に行ってみた。
的にむけて狙いを定め、レバーを回すと、ぴす、ぴす、ぴす、と連続で矢が飛んだ。
「装填する手間もないし、これ、いいんじゃないの」
そう思ったが。
的への矢の刺さり具合をみるに、単発式の弩に比べて威力が若干弱いこともわかった。
痛しかゆしである。
それを見ていた出席者たちが口々に意見を述べた。
そもそも、単発式の弩でさえ竜のうろこを貫けないのだから、さらに威力の弱い矢を何発うったところで意味はない。
いや、目なんかを狙うにはいちいち装填しながら撃たなきゃいけない単発式より便利だ。
確かにどっちの意見も正論だったので、最終的な判断は自分にゆだねられることになった。
う~ん、どうしよう。
一回、連弩を試してみようかな。
そんな理由で連弩を使ってみることに決めた。
まだ隊長に勝ててないのに、ちゃんちゃらおかしな話だけど。
パン屋さんが持ってきてくれたものは、少し痛んでいるので、一旦工房の親方が預かって整備してくれることになった。
その日の骨竜会はそれで解散になる。
みんなが少しずつではあるが協力してくれるようになる一方で、状況も悪化しつつあった。
黒い霧が迫ってきているせいなのか、オルガは徐々に増えてきた病人の診察に奔走するようになった。
街中を馬車で回り、薬を処方して帰ってくる。
しかし、そもそも今のランバートには物資が欠乏している。
金は食料の購入にまわされ、ろくな薬もない。
オルガがよく、あれがあれば、これがあれば、と歯噛みしている姿を見かけた。
エミリは体が悪いにも関わらず、配給をはじめとしていろいろ手伝っていて、その合間を見てミザリの世話をしていた。
さすがに体が心配だったが、それとなく聞いてみても知らないふりをする。
一回、しつこく体調のことについてたずねたが、
「いい加減にしなよ! だいじょうぶだって言ってんだろ!」
ガチでキレられた。
ただ、そんな無理がいつまでも続くわけがなかった。
その日も、自分は隊長にコテンパンにされてすごすごと部屋に帰った。
部屋の前までくると、中からミザリの鳴き声が聞こえてきたので、慌てて入る。
そこには、血をはいて床に倒れているエミリと、そのそばでただ泣きじゃくるミザリがいた。
城もいろんな人がくるようになってあわただしくなった。
ミザリがどんなに鳴き声を上げても、誰も気づかなかったのか。
自分はエミリをベッドに寝かせると、すぐにオルガを呼びに言った。
だが、彼女は街を回診していて、城にはいなかった。
こんな時に……。
そんな自分勝手な思いをすぐに振り払う。
城の使用人にオルガが帰ってきたらすぐにエミリのところに来てくれるように伝えてもらうよう頼む。
すぐに部屋にとってかえして、ミザリを使用人にあずけると寝ているエミリの看病を始める。
看病?
本当に見ているだけだ……。
どうしたら、いいかすら全くわからない。
こんな時はどうすればいい。
何をしてあげればいいのか。
しばらくして、エミリがうっすらと目を開けた。
あっ、と自分の口から小さなうめきが漏れた。
彼女は枕元に自分の姿をみとめると弱弱しく微笑んだ。
「なんだ、骨か」
「うん」
「骸骨の顔。死神が迎えにきたと思った」
笑えない冗談だった。
実際、どのくらい体調が悪いのか自分には判断できない。
オルガはすぐにどうこうって話ではないと言っていたが、もう、そんな時期は通り過ぎているように思う。
「あんたさ、こんなとこで何やってんの?」
「何って」
「会議は?」
「今日はない」
「稽古は?」
「それは……、今日もコテンパンだった」
「そっか……」
あんたじゃ……、とエミリは続ける。
「隊長さんに勝つのは無理かもねぇ」
「そんなことないよ」
病人相手に何をムキになっているのか。
でも……。
「あんたはさ、気持ちが優しいから誰かをやっつけてやろうなんて、そもそも似合わないんだよね」
「それは、そうかもしれないけど、でも、今はそれでもやらなくちゃいけないから」
「う~ん。あんたは勝つとかよりもさ、負けない戦いをしたほうがいいんじゃないかな」
「負け、ない?」
「そう。そっちのほうが、あんたには似合ってる」
それだけ言うと、またエミリは意識を失った。
その後、すぐにオルガが部屋に飛び込んできた。
脈をとったり、触診したりいろいろしていたが、こっちを見て小さくうなずいた。
「大丈夫」
大丈夫って、何がだ。
「大丈夫」
だから、何が大丈夫なんだ。
その晩、自分は城のテラスから星空を眺めていた。
自分に合った戦い方。
勝つんじゃない。
負けない戦い方。
それは……。
病人のたわごとなのかもしれない。
だけど、それがすごく引っかかっていた。
いつの間にか隣にマルガが来ていた。
今日も星を見るのだろう。
「悩み事ですか?」
……。
何も答えないでいるとマルガは苦笑する。
「この状況で、いまさらな質問ですね」
そういって、夜空を見上げる。
「ねぇ」
「なんでしょう」
「どうやって、星で占いをしているの?」
マルガは教えてくれた。
星の瞬きの強弱やタイミングを見ていると、それがまるでその星が話しているように「聞こえる」のだそうだ。
とはいえ、夜空には無数の星がある。
「私はたくさんの星に問いかけます。
そして、一つ一つ星の瞬きを見て、答えてくれているかどうかを占うのです。
夜空には無数の星があります。
その中で、私の質問に答えてくれる星がいくつかある。
それを私は毎晩、さがしているのです
なかなか見つかりませんけどね」
「なんか、伯のやってることと似てるね」
「え?」
「伯も、たくさんの人から意見を聞いて答えを探してるから」
「それは、そうかもしれませんね。
確かに、似たようなことをしているのかもしれません」
……。
急に黙り込んだ自分にマルガは気づく。
「骨さん?」
「自分は今まで一人で戦おうとしてたのかも。
でも、それじゃ勝てない。
なんか、それがいまさらわかった気がして」
負けない戦い方。
そのヒントが、見えた気がした。