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骨のあるヤツ  作者: 神谷錬
ただの骨 VS 腐蝕竜
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 城壁から降りて、さっきの広場に戻った。

 マルガに誘われたとはいえ、エミリになにも言わずにその場を離れてしまったので気になって戻ってきたのだ。

 ひょっとしたら、居なくなった自分のことを待っててくれるかもしれない。

 それに、エミリが血を吐いたと聞いてすぐに会わなければという思いもあった。

 ただ、彼女に会ったからといって何を言えばいいのかはわからない。

 話の切り出し方すら思いつかなかった。

 エミリの姿を探したが、どこにもいなかった。

 ミザリを連れて城に戻っているかもしれない。

 体が悪いなら寝てなきゃいけないのに。

 自分にはそんなそぶりを少しも見せてくれない彼女を少し恨んだりもした。


 配給は終わっているようだった。

 すでにテントと調理機材は片づけられている。

 ただ、配給をもとめて集まった人たちはまだその場に大勢残っていた。

 広場を埋め尽くすような人の群れ。

 食事が済み次第、自分の家に戻ると思っていた。

 だが、彼らが帰らずにその場にとどまっているのは、どうやら伯が理由のようだった。

 彼は広場の中央に演説台みたいなものがあって、その上から伯は民衆に向けて何かを訴えていた。

 人々はその周りに集まって、静かに話を聞いている。

 ここでは伯の声がよく聞き取れなかったので、自分も近くに行くことにした。

「先ほどまでのことで、今、ランバートがどのような状況かはわかってもらえたと思う。

 我々は、今こそ力を一つにしてこの難局を乗り切らなければならない。

 皆も知ってのとおり、ある者が一人で竜と戦っている。

 だが、苦戦を強いられているのは何となく知っていると思う。

 彼だけに戦わせていていいのだろうか。

 違う!

 自分たちの街は 自分たちで守らねばならない。

 皆は、わかっていると思う。

 財産のあるもの、他所に縁故があるものはすでに街を去った。

 ここにいるものは、皆、どこにも行くことができない者たちだ。

 この街から離れることができない者たちだ。

 逃げることすらできない。

 だが、黒い霧はもうすぐそこまで迫ってきている。

 なら、このまま何もせずに座して待つのか!

 私はそれを選ばない。

 自分にできることはすべてやるつもりだ。

 希望があるなら、それに賭けてみようではないか!

 どんなに小さな星の瞬きでも、私はそれを信じる!」

 力のある声だった。

 伯自身が本心からそう思っていることがよく分かった。

 だから、ここに集まった広場を埋め尽くす群衆も耳を傾けているのだ。

 でも、そこまでだった。

 誰かが遠慮がちに手を上げた。

「伯爵のおっしゃることはわかりゃした。

 手伝うなら、それもいいでしょ。

 だけど、ただの八百屋の私は具体的に何をすればいいんですかい?」

「そ、それは……」

 伯は口ごもった。

 伯自身ですら自分が何をすればいいのか、わかっていないのだ。

 いや、伯だけじゃない。

 自分だっておんなじだ。

 どうすれば竜を倒せるんだろう。

 それがわかってない。

 群衆からちらほら声が上がる。


 わからないなら、協力しようがないじゃないか。

 こんな時のための貴族様でしょ?

 全然、足りねーぞ。もっと飯を増やせ!

 

 そんな言葉を皮切りに、あらゆる不満が広場を飛び交った。

 ざわめく群衆。

 相手は領主だし、背後には兵士の姿もあるので暴動にまでは至らない。

 だが、収拾はつきそうにない。

 伯が懸命に何かを叫んでいた。


 こんなときだからこそ、皆が自分のできることを考えてほしい。

 皆の考えをきかせてほしい。

 一緒に知恵を出してほしい。


 人々の声にかき消されながら、そんな言葉だけが自分の耳には届いた。

 どう見てもじり貧に見えた。

 これでみんなが一致団結して協力してくれるようには見えなかった。

 だけで、伯は訴え続けている。

 民衆から心のない言葉を投げつけられても、めげなかった。

 伯爵様も、何度もよくやるね、と隣にいた誰かのつぶやきが聞こえた。

 ハッとする。

 こんなことを何度もやっていたのか。

 これが初めてじゃないのか。

 伯自身も、この街に知恵者がいて、解決策を与えてくれるなんて思ってもないのだろう。

 だが、王宮にも見放された伯が、なにか少しでもできることを探して選んだ結果がこれなのだろうと思う。

 いつも涼しい顔をしていた伯。

 額に汗しながら、大勢の人と懸命に向き合っているのは誰のため?

 それは、ここにいるみんなのためだ。

 竜と戦っている自分のためでもある。

 でも、その心は届かない。

 なぜか。

 自分にはそれがわかる気がした。

 だから、今度は自分が伯を応援する番だと思う。

 全身鎧というのは、すごく高価なものだと最近知った。

 貴族でさえ、一つの鎧を何世代にも渡って使うこともあるくらいなのだとか。

 そんな高価なものを何着を用意してくれた。

 親方が言っていた。

 相当、財産を削っているはずだ。

 そして、そのことを自分には何も言わない。

 恩着せがましい態度を一度でも彼がとったことがあっただろうか。

 いや、ない。

 だから、自分はいかなければならない。

 一緒に戦ってくれている仲間のところへ。


 自分は人の波をかき分けて、前に進んだ。

 押すな、とか。いてぇだろ、とか。

 ぶつかってしまった人の中には肩を掴んでくる人もいた。

 けど、にらみつけて「はなせ」と言うと、素直に放してくれた。

 演説台の下にたどり着いた。

 よじ登ろうとしたとき、兵士に邪魔をされた。

 けど、その兵士は隊長だった。

 隊長は自分だとわかると、逆に手を貸して壇上に引き上げてくれた。

「お前は軽いな。何するつもりだ?」

 そんなことを耳打ちされたが、答えなかった。

 伯の隣に行く。

 帽子とマントで体を覆っているので最初だれだか分らなかったみたいけど、近くまで行くと自分だと気づいてくれた。

「骨君、君は……」

「自分も、一緒に戦うよ」

 それだけ言うと、伯の胸を押して下がらせた。

 その反動で自分が前に出る。

 壇上のぎりぎりに立って、群衆を眺める。

 エミリを見つけた。

 ミザリを抱いて守るようにして人ごみの中に立ち尽くしていた。

 今はこっちを見て、唖然としていた。

 オルガとマルガは別々に去っていったのに、隅のほうで二人そろっている。

 オルガはこちらの状況を面白そうに眺めていた。

 マルガは心配そうに。

 群衆は、乱入してきた自分を見ていつのまにか静まっていた。

 多少、ざわついているがさっきと比べると静かそのものだった。

 自分は今からやろうとしていることを思い出して、ため息をついた。

 肺もないので、うまくつけなかったが、それでも少しだけ落ち着けたと思う。


 そして、意を決して帽子とマントを脱いだ。 


 壇上に突然現れた全身骨格は、群衆を完全に黙らせた。

 みなの視線を全身に感じる。

 唖然としている。

 何が起こっているかわからないといった感じだ。

 知り合いも全員そうだ。

 エミリも伯もあの姉妹も、息をのんで状況を見守っていた。

 化け物! 

 そんなののしり声が飛んでくることも予想していた。

 女性が悲鳴を上げて、群集がパニックになることも。

 だけど、そうはならなかった。

 話をするなら、今だ。

 声が震えるのを感じた。

 こんなに大勢の前でしゃべったことはなかった。

 向き合うだけでも、そうとうな重圧を感じた。

 でも、やるよ。

「こんにちは、みなさん。

 自分は骨です。

 さっき、伯が言ってた竜とたたかってるヤツです」

 誰も何も言わない。

 相変わらず、群衆は凪いだ湖面のように静かだった。

「今日は、自分もみなさんにお願いがあってきました。

 みなさんも知ってるとおり、状況はよくありません。

 それは多分、自分が竜と戦っても全然勝てないからだと思います。

 見ての通り、自分はただの骨です。

 皮膚も筋肉も内臓もありません。

 呼吸もしないので、瘴気を吸うこともなく、だから竜に近づけます。

 でも、筋肉ないので力ないです。

 それに魔法みたいな不思議な力も持っていません。

 できることと言ったら、皆さんと同じことくらいです。

 荷物を運んだり、木を切ったりです。

 ここに来る前は村にいました。

 でも、竜と戦えるのは自分だけだと言われてここに来ました。

 正直、もう竜には何回も負けてます。

 相手にはろくに傷をつけられず、反対にこちらはボロボロになって逃げかえってきます。

 こんな自分でも、たぶん、死にます。

 すでに死んでいるのかもしれないけど、頭蓋骨をやられたら多分死ぬと思います。

 それを思うと、とても怖いです。

 自分をここに連れてきた人は言いました。

 ごめんなさい、と。

 もう、顔も知らない人のために戦う必要はないと。

 だから終わりにして逃げてくれと」

 マルガが口元を手で覆うのが見えた。

「だけど、自分はそうはしませんでした。

 なぜだと思いますか?

 知らない人を助ける必要なんてないですよね。

 自分には関係のないことです。

 自分にとって今まさにみなさんがそうです。

 はっきり言ってしまえば、自分が皆さんを助ける理由なんて一つもありません。

 だけど……」

 群衆の中のエミリを見る。

 ほほ笑んでくれた。

「誰かに優しくするのに理由なんて必要でしょうか?

 誰かを助けるのに理由なんていりますか?

 目の前に川があって、そこで誰かがおぼれてたらとっさに飛び込んでしまうのも人間だと思うんです。

 自分はこんなだから。

 おまえは、人間じゃないだろうって言われたらそうなのかもしれません。

 だけど、心だけは人間のつもりだから」

 誰も何も言わない。ただ自分の声だけが広場に静かに広がった。

「自分は思った以上に非力でした。

 おぼれた誰かを助けて、岸まで泳ぎ切る力がないのかもしれません。

 むしろ、一緒におぼれている状態です。

 だから、皆さんにもあがいてほしいんです。

 一緒に岸にたどり着きたいんです。

 よかったね、無事だったねって、肩をたたきあいたいだけなんです。

 どうすればそうできるかは自分にはわかりません。

 きっと、誰にも分らないんです。

 だから。

 だから、一緒に考えてください。

 どうか」

 自分が一歩前に進み出ると、演説台の真下にいた人たちは、場所を開けた。

 気持ちの悪いスケルトンのそばに寄りたくなかっただけなのかもしれない。

 それでもいい。

 演説台から離れ、群衆の中心に歩いていく。

 みんなどんな思いなのか、自分に道を開けてくれた。

 そして、人の群れの中心に立つ。

 自分を遠巻きにして、十重二十重と人の輪ができる。

 それはかつて「もうやめてくれ」と言いに来た人たちの比ではない。

 その人数の何十倍、何百倍かもしれない。

 自分はその場で膝を折った。

 かつてマルガが自分にそうしたように。

 壇上から、上から頼みごとをしたって聞いてくれるわけがない。

 同じところまで下りて、頭を下げなければ。

 地面に両手をついて。

「どうかみなさん。

 自分と!

 伯と!

 一緒に戦ってください!」

 額を石畳にこすりつけた。

 頭蓋骨と頭が接触した瞬間、こつりと乾いた音がした。

 そのまま頭を上げない。

 じっと土下座したままだ。

 ややあって、人々がざわめきを取り戻した。

 な、なんだ?

 慌てて顔を上げると、自分の隣で伯も一緒に土下座していた。

 貴族のプライドもかなぐり捨てて、伯はなにかをやろうとしている。

 そして、その何かは、自分と同じものだ。

 胸があつくなるのを感じだ。

 もうすかすかで肋骨しか残っていない胸だけど、熱くなった。

 すると。

 誰かが自分の両脇から腕をさしのべて、立たせてくれた。

 驚いてその人たちの顔を見る。

 左側にはあの御者がいた。

 自分と一緒にネビルに近づくことが多いせいだろう。

 彼はせき込みながら言った。

「いつでも、ネビルに送りますよ」

 右側は、工房の親方だった。

「おれもいくとこなんかねぇ。いっしょにやるよ」

 伯にも立ち上がってもらった。

 うれしかった。

 ただ、ただ、うれしかった。

 でも、そんなことくらいで群衆は動かない。

 現実は甘くはないのだ。

 

 なんだ、あんたら知り合いなのかよ。

 仲間内で、猿芝居か。


 誰かが言った一言が引き金になった。

 そのあとは騒ぎにもならなかった。

 わずかなざわめきの後、一人、二人とその場を去っていった。

 そして、その場に自分たちだけが取り残された。

 広い場所にポツンと。

 太陽が沈みかけていた。

 夕日が、悔しさにゆがんだ伯の顔を赤く染める。

「すまない。私に人望がないからだ……」

 誰も伯を慰めることなどできなかった。

 だけど。

 少なくとも、自分はうれしかった。

 必死に考えようとしてくれたこと。

 プライドを捨て、一緒に頭を下げてくれたこと。

 だけど、伯がやってくれたことは決して無駄にはならなかったんだ。

 

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