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「あ、おかえりー。どうだった?」
ちなみにこれ、今回、戦いから帰ってきたときのエミリのセリフ。
まるで、ちょっと遠くに旅行した友人に感想を聞くかのような軽いセリフだった。
「あー、うん。今回は両腕をなくしたよー」
自分も雰囲気に飲まれて同じような返しをしてしまう。
「あらら、そりゃ大変だったね」
かるーく流して、いつもの部屋に行くように促してくる。
もう、なんか本当にふっきれちゃったようだ。
いつもだったら、青い顔をしてすぐに肩を貸してくれたのに。
そもそもお出迎えも誰もいない。
たまたま玄関ホールに入ったらそこにいたエミリと出会っただけだ。
いつもの部屋に行くように、あご先で示される。
「おい。そんなとこでつったってないで早くいきなよ」
「アッ、ハイ……」
悲しそうな顔をされるのもいやだけど、こんな風にぞんざいに扱われるのもなんか悲しい。
複雑な思い。
部屋に入る。
ミザリがソファで人形遊びをしていた。
いつもだったら目があえば、すぐに抱き着いてくる。
けど、自分に近づいてはくるけど、鎧をぺたぺたと触ってくるだけだった。
前回の失敗から。
みんなは自分を止めなくはなったけど、なぜか淡々と協力してくれる。
必死さも、なくはない。
逆に悲壮感も薄れている。
ただ、あきらめた感じではない。
寝台に転がるとエミリとミザリが鎧のベルトと留め金を外してくれた。
鎧の中からぼろぼろになった全身骨格が現れる。
これもまたいつも通りの光景だ。
「あちゃー、今回も結構。ひどくやられたね」
たいした驚きもせずに感想をもらすエミリを見て、人間って慣れの生き物なんだなーと思ってしまう。
どこか部屋に入ってきたオルガは両腕をなくした自分を見る。
「あ、腕か。なら、スペアあるわ」
前回、部屋に運び込まれた棺の中から、腕を二本取り出すと、そのまま自分の骨にくっつけて治してくれた。
「じゃ、動かしてみて。違和感があったら、教えてねー」
手をひらひらさせながら部屋を出て行った。
嵐のように通り過ぎていったオルガの背中を見送る。
あれぇー。
前回まで、戻ってくるたびにみんなが大騒ぎだったんだけど。
エミリだけじゃない。
みんなの態度、あっさりしすぎぃ!
なんか逆にさびしいんだけど。
それはそうと、ゲンさんはどこに行ったのだろう。
「村が心配らしいから、一回、戻ったよ」
エミリが自分の亀裂だらけになった骨をろうとにかわで固めながら教えてくれた。
伯も、自分が戻ったことを知ると部屋に来ていまさらながらに言う。
「それにしても、相変わらずだねぇ」
これもまた軽い冗談のような口調。
「ごめんね、弱くて。戦ったこととか、ないからね!」
こっちは皮肉のつもりで言った。
多分、伯もそれをわかってたんだろうけど、あっさりと受け流される。
「ふむ。そもそも、基本がなってないからかもしれないね」
基本? 基本ってなんだ。
「それなら、次に出発するまでの間に、うちの兵士に基本くらい習ったらいい」
だから、基本ってなんだ。
「うちの兵士」って伯がいうから、誰かと思ったら、隊長だった。
久しぶりすぎて一瞬だれだ、と思ったけど、すぐに思い出せた。
目の前には、あの日、マルガと一緒に村にきた兵士の隊長だ。
相変わらず、でかい体。
この人が竜と戦ったほうがいいんじゃないかと思うけど、瘴気を吸うと危ないからダメなんだろう。
けど、たったそれだけの理由で自分が選ばれるのも理不尽な気がする。
「伯から承った。お前に戦い方を教えてやってくれ、とな」
ドスのきいた野太い声。
もう声から強そう。
とりあえず木剣を持って打ち合った。
一合、二合切り結んだあと。
頭をぱこんと殴られて、頭蓋骨が頸椎から外れて飛んでった。
あごの骨はついてたので、しゃべれる。
「すいません、胴体持ってこっちきてくれます?」
隊長は眉をひくひくさせながら、言うとおりにしてくれた。
「俺たちは、こんな奴に運命をあずけているのか……!」
隊長は本当に初心者にするように、剣の握り方から教えてくれた。
「お前、本当に竜と戦っていたのか?!」
「うん、まぁ……」
「よくそれで、今まで帰ってこれたな!」
逆に感心されてしまう。
時間もないので、一通り習うともう一度手合わせをする。
「ちょっとはましになったか」
「そう? 才能ある?」
「ない!」
即答かい。
「だが、どんな弱いやつにもいいところの一つや二つはある。
それを生かせば、かなり戦えるようになるもんだ。
お前は自分には、何もないという。
だが、真剣に自分の長所を考えてみたことがあるのか?」
「そういえば」
ない。
隊長は短い訓練の締めくくりにこう言った。
「相手に勝つには、ただぶつかっていってはダメだ。
自分に有利な状況を作り出してそこに相手を誘いこめ。
自分の長短を理解することが必要だ」
そういえば、自分のいいとこって何だろう。
考えたこともなかった。
自分の長所を考えながら、部屋に戻る。
扉を開けると、ちょうどエミリがエプロンをつけて外出の支度をしていた。
「あれ、どっかいくの?」
そういえば、自分がいないときって彼女たちはどうやって過ごしているのか全く知らなかった。
「骨、ちょうどいいや。一緒に来てくれる?」
「う、うん……。でも、裸のまま外出るの、まずいんじゃ」
自分の姿を見ると、街の人たち混乱しそうだけど。
「そこにマントと帽子あるんで、それだけ身に着けてきなよ」
エミリはミザリを連れて、一緒に城の外に出て行った。
自分も彼女たちと同じ歩幅でそのあとを追う。
城からまっすぐ城壁までのびる大通り。
その途中にある広場には、大勢の人がひしめき合っていた。
広場の中央にはテントが設営され、そこでスープを作って配っていた。
人々は列をなし、それをもらって食べている。
エミリはそこを取り仕切っていた中年の女性と話をしていたが、すぐにこっちに戻ってきた。
「悪いんだけどさ、荷物運んでくれる?」
「りょーかい」
調理の機材をあっちこっちに運ぶ。
「ほら、あんたも行っといで」
エミリは木の椀をスプーンをミザリに渡すとその背中を優しく押した。
ミザリは列の一番後ろにちょこんと並ぶ。
「炊き出し?」
荷物を両腕に抱えたまま、その光景を見ていた自分のそばに、いつの間にかマルガがいた。
「配給です」
「え?」
「少し前から、食料はまともにいきわたらなくなりました。
こんな状態ですからね。
それこそ、伯の言葉ではありませんが、逃げ場のある人はここから去りました。
ここにいるのは、どこにも行けない人たちです」
周囲を見回す。
視界の中を埋め尽くす、人、人、人。
さすがに誰も明るい顔はしていなかった。
「ここだけではありません。ランバートのすべての区画でこの有様です」
マルガのため息は深い。
少し前って、いつからだ。
ゲンさんが村を心配して戻ったのも、そのせいなのか?
「ところで、少し時間はありますか?」
「うん、この荷物を置いてくれば、もうあとは暇だよ」
「そうですか。それならば、一緒にあそこを登ってくれませんか」
そういって振り返った視線の先に、ランバートの城壁があった。