36
足が戻ったのを確認すると、部屋にいたみんながすぐに動き出した。
「すぐに装備を用意しよう」
伯が装備を揃えてくれて。
エミリがそれを着せてくれた。前と同じように布や綿を詰めてくれる。
「きつくない? 動ける?」
「動けるよ」
マルガが踵を返す。
「私ももう一度占いましょう」
「姉さん、何を占うの?」
「とりあえず、竜の弱点でも」
「弱点なんてあるの?」
「わかりません。でも、とりあえずやってみます」
マルガはにっこり微笑んだ。
オルガはそんな姉を横目に見つつ「ねーさん、なんか変わった?」なんてうそぶいている。
「あたしはちょっと休むね。伯、部屋を借りていい? また骨が戻ってきたら呼んで」
オルガはあくびをする。
ゲンさんもまた部屋を出ていこうとしていた。
その背中に声をかける。
「どこいくの?」
「前の斧よりよさそうなの、見繕ってきてやる」
……。
………。
「ねぇ、エミリ」
「何? あ、ミザリ、この布丸めてそこにつめて」
ミザリがエミリを手伝っていた。
それは初めて見る光景だ。
おとなしくしているか、泣いて自分にすがりついてくるか、そんな姿しか最近見なかった。
だが、この子なりに何かをしようとしていた。
奇妙に思った。
さっきまで、みんな自分を止めていたのに。
なのに、今はこんなに協力的だった。
「自分が、竜を倒すなんて、信じてないよね?」
恐る恐る聞いた。
エミリはちょっと楽しげに笑う。
「うん、ぜーんぜん! 信じてないよ!」
「やっぱり……」
へこむ。
でもね、と続けた。
「ちょっとだけは信じてる。ほんとにちょっとだけだけどね」
肩をすくめる立ち上がる。
鎧の隙間に詰め物をしてくれていたのが、終わったのだろう。
動かしてみて、そう言われて全身の動きを調べる。
「なんかさ、変だよ。
みんな。
あんなに止めてたのにさ。
足が治ったから、また応援してくれる気になったの?」
エミリは首を振った。
「違う、かな」
「なら、なんで? あ、さっきの自分の独白で、なんか胸に刺さる言葉があった?」
きゃはは、とエミリは思い出し笑いを始める。
「いや、あれは笑った」
「くっ!」
やぶへび。
「なんの物語の主人公なんだっつーの。
もうさ、なんか、思い出しただけで。
ぷくく」
ひでー。
ここまでコケにされるとは。
「あー、でもね。まぁ、何も感じなかったわけじゃないよ。
きっと、みんなもそうだと思う」
「そう?」
「そうそう。人間の心ってさ、そんなに簡単に変わんないよ。
あんた自意識過剰すぎ。
たった一つの言葉でハッと目覚めることなんかないよ。
みんないろんなものを内側に抱えながら、ゆっくり変わっていくんだと思う」
「エミリは変わるの?」
「さぁ? 自分のことがわかんないのなんてあんただけじゃないと思うな。
私も自分のこと、わかんないもん。
皮膚も筋肉も内臓もあるし、もちろん骨ももってる。
年齢も性別も名前もあるけど、それでも自分のことなんてわかんないなぁ。
変わっていくのかどうかさえもね」
よくわからない。
「でもさ、今はあんたを応援したい気分かな。
あたしもわかってたんだ。
伯も言った通りさ、逃げ場所なんてないんだもん。
それにさ、やっぱ逃げてさ、それでもだめでがっかりして最後をむかえるより、
精一杯やって、やっぱダメだった―!って笑って終わったほうがいいじゃん。
そんだけ」
「いや、だから、自分は竜を倒すよ」
「はいはい」
さらっと流された。
ほんとにちょっとは信じてくれてんのかな。
ふと、エミリは気づいたように、ミザリの頭に手を置いた。
包帯の隙間から零れ落ちるサラサラの金髪をなでる。
「あたしはさ、もう大人になったし、そこそこ楽しいことも知ってるし。
だから、わりとあきらめとかつくんだけどさ。
でも、この子は……」
不意に頭に置かれた手の感触に戸惑ってミザリはエミリを見上げる。
「この子はさ、笑顔も見せてくれるんだけど……。
親はすぐに死んじゃうし、自分も死にかけたりするしさ。
それに生まれつきしゃべれないのも。
でもさ、もし、生き延びたらこの子にも楽しいこと待ってると思うんだよね。
ねぇ、骨」
「うん?」
「この子の未来、作ってあげたいね」
向かい風が、ゆるやかな追い風に変わる。
ゲンさんは、本当に斧を見繕って持ってきてくれた。
それに加えて、もう一つ。
ゲンさんにくっついて工房の親方が自分を訪ねてきてくれた。
親方は鎧を着こんだ自分を見ていった。
「もう、出るのか?」
「うん、準備ができ次第」
「俺が、こんなことを頼むのもなんだが……」
「なに?」
「その出発、一日まってはもらえないか」
えっと?
なんでだろう。
「どうして?」
聞くと、親方はああ、とうめく。
「あのあと、自分なりに考えたんだ。
だけど、やっぱり竜を斬れる剣なんて俺には打てない。
けど、メッキ加工して武器の腐蝕を遅らせるくらいなら、できるんじゃないかと思ってるんだ」
腐蝕を遅らせる!
それは、ありがたい!
「やってくれるの!?」
「もちろん。そのために来た。だから、一日くれ。効果のほどはわからないが」
「やってやって!」
武器防具の腐蝕を遅らせられれば、それだけ長い時間戦うことができる。
ブレスを食らっても、ある程度持ちこたえられるかもしれない。
まじか、やってくれるのか。
「今、着ているその鎧もメッキ加工しようか?」
願ってもないことだった。
すぐに鎧を脱がせてもらう。
ただ、自分たちは完全に忘れていた。
親方が口をあんぐりあけて自分を見ている。
鎧を脱いだ自分は、皮膚も筋肉も内臓もない完全なヌードだ。
きゃっ、と身をよじってみたが無反応だった。
そうなんだよね。
自分はどうやら、骨の被り物をした人間ってことになってるらしかったんだよね。
街の人たちの前に姿を見せるときは、鎧を着こんで兜をかぶっているのでほとんど見えない。
顔だけは見えるけど、骨の被り物をしていると勘違いされていたらしいのは知っていたんだが。
まぁ、そのほうが都合がいいので黙ってたのも悪いと言えば悪いのか。
親方は混乱していた。
「ええ、あああ、旦那……」
自分は努めてフランクに親方の肩をたたきながら言った。
「細かいことはいいんじゃよ!」
「全然、細かくは……」
「細かいことはいいんじゃよ!」
二回言ってやったら、親方は不承不承うなずく。
たった今ゲンさんが持ってきた斧とそれから自分が着ていた鎧を持って工房に帰っていった。
翌日、本当にメッキ加工した装備は出来上がった。
それを運んできてくれた親方は自分の体が骨であることを、もう気にしていなかった。
しかも、なぜか自分にありがとうとお礼を言ってきた。
「お礼を言うのはこっちなんだけど」
親方は首を振る。
なんだ? わけわからん。
とにかく装備を身に着けようか。
おお!
おお……。
お、お……。
メッキ加工しただけだから、あんまり着心地とかかわんない。
けど、まぁ、いいや。
ブレスを食らってのお楽しみ。
いやいや、できるだけ食らわないように。
ゲンさんが斧を背負わせてくれた。
そして、ミザリが剣を持って自分に差し出してきてくれた。
両手で剣を捧げるように持って、背伸びをして渡してくる。
はい、この剣、たった今、祝福されました。
勝手にそんなことを思いつつ受け取ると、ミザリが笑顔になった。
なんか不思議な感じだ。
自分が出発するときは、あんなに泣いてたのにね。
今回は何かが違う気がした。
出発の時。
迎えに来たのは、いつもの御者だった。
「ほんじゃ、いってくる」
いつもの挨拶の後、自分は馬車に乗り込んだ。
今回はなぜか、城にいる人間が総出でお見送りをしてくれた。
「適当にやんなよ!」エミリ。
「がんばってこいや」ゲンさん。
「……」伯。
何も言わないんかい!
オルガもマルガも、ほかの人たちもそれぞれに声をかけてくれた。
馬車が街の中を走り出す。
「だんな。帰りは待ってますよ」
こちらが何かを言う前に御者が言った。
城壁の門をくぐるときも驚いた。
門の前に数十人の人間が集まっていた。
街の人たちだ。
彼らは何も言わなかった。
馬車が門をくぐって通り過ぎて行くのを見送ってくれた。