35
「失った下半身の骨格を元に戻せる?」
思ってもみなかった言葉がオルガから飛び出してきた。
それができれば、また、前と同じように戦えるはず。
少なくとも、損するような話ではない。
いや、願ったりかなったりな話だ。
そんなことが可能なら。
どんなに骨を失っても、とにかく戻ってくれさえすれば、また五体満足で戦いに行ける。
ただ、オルガの態度を見る限り、手放しで喜べるものでもなさそうだ。
「あー、ごめん。元のっていうのは、機能的な意味でもとに戻るってことなの」
うん?
「つまり、そっくりそのまま元通りになるって意味じゃないわけ」
う、うん……。
言ってる意味が分からない。
「ねぇ、体しっかり見せてもらってもいい?」
オルガの言葉に素直にうなずいた。
なんだかよくわからないけど、とにかく任せてみるか。
オルガは、自分の骸骨だけの体を触りながら、うん、うん、と何かを確認していた。
そして「やっぱりね」とつぶやくとこんな質問をしてきた。
「君について大雑把なことは聞いてたけどさ、もうちょっと突っ込んだこと聞いていい?」
「どうぞ」
「君ってさ、男なの? 女なの?」
「いや、わかんない」
「年齢は?」
「それもわかんない」
「えっと、じゃあ……」
いくつか個人的な情報について聞かれたが、すべて「わからない」としか答えられなかった。
オルガはそっかーと納得したようだった。マルガと違って、服装といい、物言いといい、フランクな印象をうける。
同じフランクでも、エミリとはちょっと違うタイプだ。
でも、嫌いじゃない。
「何を聞かれてもわからないんだ。皮膚も筋肉も内臓もないし、おまけに記憶もない。あるのはこの骨だけ。半分になっちゃったけど」
それを言ったとき、オルガはちょっと悩むようなそぶりを見せた。
でも、説明するには避けては通れないし、とすぐに思い直したようだ。
さっきまで、すこし気楽な感じで話をしていた。
だが、改まったように自分に向き合うと、ごめんね、と謝った。
「なんで?」
謝られる道理がない。
「そうなんだけど……」
だけど、オルガはなぜか申し訳なさそうな表情をしている。
「ショックだと思うんだけどさ。聞いてほしいんだ」
「何?」
いまさら、何を言われても動じない。
「君のその骨、多分、君のじゃない……」
え……。
ええ……。
マジっすか。
自分には骨しかないと思ってたけど、骨すらも自分のものではないんですか。
え、じゃあ、自分っていったい何……。
いや、重要なことはそこじゃない。
これは後で考えるべき問題だ。
今はそれがもとに戻る方法となんの関係があるかを知るべきだ。
「へぇ、割とあっさり受け入れたね」
「いや、受け入れたわけなじゃないと思う。ねぇ、話を先に進めて」
いいよ、と自分のアイデンティティーにかかわる秘密をさらっと暴露してくれたオルガは説明を続ける。
「私、医術もそこそこできるんだけどさ、ある程度、人間の骨のことについてもわかるわけ。
骨を見ただけで、この人は女だなーとか、こいつは男だなーとか。
こういう病気あったんだなーとかね。
それで、今、骨さんを見てみたんだけど、とっても不思議な感じなんだよね」
「なにが?」
「えっとね、上半身だけで言うと、なんというか、男と女の骨がまじりあっている」
なんとぉ!
「一人の人間の骨格じゃないね。
複数の人の骨が、組み合わさって骨さんの体を作ってる」
お、おお……。
なんか頭がついていかない。
つまり、自分は寝ている間に骨になってしまったわけじゃないのか。
なんかいろんな人の骨がくっついて今の自分になっているらしい。
きっと、聞く人が聞けばすごくショックを受けるんだろうけど、今はなぜか落ち着いて話を聞ける。
いや、ついていけないだけか。
実感が伴っていないのか。
「ここまで、言ったらわかるかな?
骨さんをもとに戻す方法。
完全に依然の状態を復元できるわけじゃない。
でも、機能を回復することはできる」
えー。
なんか難しい話になってきた。
それでもいまいち言われていることがわからない。
自分の脳みそが足りないのか。
あ、足りないどころかまったく無いわ脳みそ。
エミリもゲンさんもマルガもいまいち話についていけないらしい。
でも、伯だけが「そうか」とうなずいた。
「骨君は、いろんな人間の骨がつながってできている。
なら、なくなった部分に誰かの骨を、新しく接げばいい」
あー。
と、ミザリとオルガ以外の人が声を上げる。
「そういうこと!]
オルガは得意気だ。
確かにそれは考えたこともなかったが、そんな方法で足がまた得られるのか。
とにかくやってみるしかないのか。
「でも、骨なんてどこにでも転がってるわけじゃないし。どうやって手に入れる?」
エミリがもっともな疑問を口にした。
だが、伯はすかさず解決策を教えてくれた。
「腐っても私は貴族だからね。
城の敷地内には教会もある。
その地下には納骨堂もある。
そこには私の先祖の骨があるはずだ」
あっさり。
だが、マルガが待ったをかける。
「伯、よろしいのですか?」
倫理的なことを気にしているようだった。それに気持ちの問題もある。
伯は先祖の遺骨を、こんな自分に与えるのに抵抗はないのだろうか。
でも、伯は揺るがない。
「マルガ、ありがとう。
しかし、貴族は領民を守らねばならない。
たとえ、自分が骨になったとしても、ね。
ご先祖様も納得してくれるだろう」
伯は使用人を呼ぶと納骨堂に向かうように命じた。
納骨堂には石の棺がいくつもあって、その中に遺体が安置されているらしい。
骨だけになったものもたくさんあるはずだから適当なものを見繕ってくるように、と。
かくして、部屋に一つの棺が届けられた。
棺を開けるとそこには完全な形の遺骨が眠っていた。
ちょうど背格好も自分と同じくらいだ。
「ははぁ、これは女性の骨ね」
オルガのつぶやき。
「どこを見たらわかるの?」
「ええとね、女性は子供を産むので男性とは骨盤の形が違うの」
なるほど。
「比較的若い女性の骨。
女性にしてはしっかりした骨格。
あー、首の骨が折れて亡くなったのか。
でも、それ以外はきれいな形。
これなら、骨接ぎしやすい」
オルガはノミと木槌を使って必要な部分の骨を切り離すよう、ゲンさんに頼んだ。
ゲンさんは手際よく、必要な部分の切り出した。
準備は整った。
自分の失われた下半身に、その骨を接ぐ。
うまくいくかどうか、みな固唾をのんで見守った。
自分の食いちぎられた部分に、その女性の下半身の骨を押し当てる。
しばらくすると。
うん、なんか、つな……がった?
足を動かしてみる。
ベッドで寝ていた骸骨の足が急にびくんと跳ね上がるのを見て、みんな驚いた。
恐る恐る体を起こす。
そして、ベッドから降りて立ち上がってみた。
うん。
うん。
立てる……。
立てる!
足を交互に動かして部屋の中を歩く。
歩けるのがわかると、今度は走ってみた。
走れるし。
骨、つながる!
人の骨でもつながっちゃうのかよ!
自分の体、適当すぎぃぃ!
いや、この骨は自分の体ですらないのか。
まぁ、いい。
とにかく、これでまた戦える。
「伯、ありがとう。
オルガを呼んでくれて。
こんな人を連れてきてくれるなんて思ってもみなかった。
やっぱり、領地を治める人は頭のできが違うね」
本心を言ったつもりだったのだが。
伯は「世辞はよしてくれ」と、顔を背けながら言った。
後ろを向いて、目も合わさない。
けど、耳が赤い。
あ、いいおっさんが年甲斐もなく照れてる?
伯はこちらを見ないままだ。
「私もね、こんな結果になるとは思わなかった。
とにかく、君の力になりそうな人を探して呼んだだけだ。
見通しがあったわけじゃない。
この結果を予想していたわけでもない。
なんの見通しもないのに、それでも何かしなくてはと思ってやっただけに過ぎない。
普段は、こんなことしないのだけどね。
私も、君に感化されてしまったのかな」