32
下半身を失った骸骨が、地面を這いずり回っている。
中腹にある洞窟から転がり落ちるように山を下り、ランバートへ向かって両手を動かした。
思考がまとまらなかった。
気持ちがかき乱されていた。
自分一人でも戦って勝つと決めて挑んだ直後に、この有様だった。
骨はばらばらになっても、くっつければ治る。
でも、失った骨は再生しない。
自分はこれから永久に下半身を失ったままだ。
両足を失った自分は、もう竜の攻撃を躱すことはできない。
今までは、それでも五体満足?で帰ることができた。
武器も防具もボロボロだったけど。
それでも全身の骨を持って、ランバートに帰ることができた。
でも、今回は違う。
自分はもう二本の足で立てない。
走れない。
歩けない。
なのに、どうやって次に竜と戦おうというのだろう。
洞窟の入り口から弩で狙う?
逃げられもしないのに?
這って逃げてる間に竜に踏みつぶされるのがオチだ。
そしたら、今度こそ本当の終わりだ。
多分、人間だったら。
皮も筋肉も臓器も持っていたら。
何度も死んでいるに違いなかった。
それでも、戦えるのはこの骸骨の体のおかげだったからだ。
だけど、それすらも失ってしまった。
自分は半分になった。
どれだけ這ったんだろう。
肋骨が地面に擦れてすり減っていた。
太陽が登って、沈んで。
一日以上はずっとこうしてランバートへの道を這っている。
この辺りには見覚えがある。
何回も歩いて帰った道だ。
いつもだったら、さっさと通り過ぎていた道だ。
でも、こんなに頑張っているのに、たったこれだけしか進んでいない。
広い麦畑。
本来なら、麦たちは黄金の穂を垂らしているはずなのに、黒く変色してうなだれていた。
そのうなだれている姿が、ランバートに残してきた人たちの姿とダブった。
なんとかしたい。
でも、この状況でなんとかなるのか……。
自分はもう一度戦えるのかさえ怪しい。
日が暮れて、日が昇って。
そうして、進んでいくうちに瘴気がだんだん薄くなる。
そろそろ、長居しなければ人間が生きていられる場所だ。
でも、みんな避難している。
瘴気は徐々に広がっている。
誰もいないはず。
そう思ったが。
馬のひづめの音がする。
それから、馬車の車輪の音。
え。
幻聴じゃないよね?
確かに馬車の音。
自分はありったけの声を出した。
「誰か! 誰かいるの? 助けてください!」
馬車の音は近づいてくる。
そして、御者が返事をくれた。
「だんな!? 骨のだんな!?」
聞き覚えのある声。
いつもここに送り届けてくれる御者の声。
なんで、こんなところに。
「いえ、今回は帰りどうするか、聞いてなかったもんで。
いつもみたいに帰りの分の金ももらっちまってるし。
それに、変な胸騒ぎがしまして……」
まじか。
そんな理由で……。
馬車はそばまで来たが、御者は自分がどこにいるかわからないようだった。
体が半分になって小さくなっているし、地面に這っているのでわかりづらい。
「だんな! どこですか!」
「ここ、ここ!」
御者は自分の姿を見て、目をむいた。
無理もない。
いつもは全身鎧で、頭も兜をかぶっている。
顔だけは出てるけど、街のみんなは骸骨の被り物をしてると勘違いしている節があった。
それが今は丸裸の骸骨で、下半身もない。
化け物。
そうののしり、馬車を反転させて逃げていく。
そんな未来さえ思い浮かんだ。
だけど、御者は違った。
すぐに馬車を下りた。
どこから取り出したのか、持っていた大きな布で自分の体を包んで荷台に乗せた。
「だんな、よかった……」
自分はあっけにとられていた。
不思議な感じがした。
なんとも言えない、なんだ、これ……。
馬車の荷台に乗せられた自分は終始無言だった。
荷台に仰向けになって見上げる空には、月と星が瞬いている。
ふと、たずねた。
「えっと、なんで、助けてくれたの?」
御者は返事をしなかった。
いや、考えているみたいだ。
ややあって。
「そうですねぇ。そりゃ最初見たときは驚きましたけどね。
でも、怖くはなかったです」
「こんな姿の自分が?」
「ええ、何度も馬車に乗ってもらったし、それにだんなはなんか優しい感じがするんで」
……。
「馬車をとばします。すぐ城に送り届けてあげますからね」
ランバートにはあっという間に帰ることができた。
門をくぐり抜けて街に入る。
相変わらず幌さえない馬車は、荷台に何が乗っているのか丸見えだった。
街の人たちは、荷台で布にくるまれて転がっている自分を見て、言葉を失っていた。
だけど、自分から言えることは何もなかった。
城に帰るとみんながこれまでにないほど青い顔で迎えてくれた。
ある程度、ボロボロになって帰ってくるのは予想してたみたいだけど、下半身を食いちぎられて帰ってくるとは思わなかったのだろう。
歩くことさえできない自分はゲンさんに運ばれて、いつもの部屋に入った。
手際よく治療してくれていたエミリも今回はどうしていいかわからずおろおろしていた。
下半身はすっぽりなくて、地面を這ったのであばらと両腕は擦り切れている。
エミリがとてもやさしい顔で、ぽつりと言った。
「もう、村に帰ろう?」