30
三回目の出発。
剣、盾、鎧、弩、そして背中には斧を背負っている。
この斧はゲンさんが武器工房で見立ててくれたものだ。
弩の矢はどれくらいもっていこうかと悩んだが、やっぱり矢筒は一つにした。
なので、矢は十本。
最初に比べて装備が充実した感じはする。
特に斧は重量もあるし、ゲンさんが言ったこともかなり説得力があったので期待できる。
ミザリはあの後頑張った。
必死で寝ないで自分のことを見張っていたが、結局は子供の体力だ。
それでも日が昇って、人が活動するくらいまでは起きていたので大したものだ。
いつもの馬車が城の前まで迎えに来た。
マルガがさっき変なことを言ったせいで、見送りに来たエミリもゲンさんも暗い顔をしている。
それでも自分のやることは変わらないのだった。
「ほんじゃ、いってくる」
振り返らずに馬車に乗り込んだ。
事件は馬車が街の大通りを走っているときに起きた。
「だんな、すいません」
御者が急に頭を下げてきたと思ったら、どこから集まってきたのか、馬車が街の人間たちの通せんぼにあって止まってしまった。
十重二十重、あっという間に人の群れに囲まれた。
しばらく、街の人たちに囲まれて緊張した空気が漂っていた。
やがて、人の群れの中から中年の男が進み出てくる。
「骨のかぶりものをしたあんた、竜と戦っているんだってな」
「そうだよ」
「俺たちは……。今日はあんたに言いたいことがあってきたんだ」
そういえば、自分が竜と戦ってることは街ではちょっとした噂になっているという。
だけど、こんな風に囲まれるような事態になるとは思わなかった。
ただ、なんとなく言われそうなことは予想できる。
さっさと倒せ!
みんな困ってるんだよ!
いい加減にしろ!
そんなことを言われるのかと身構えたのだが、どうやら雰囲気がおかしい。
周囲の人たちに視線を走らせたが、その顔に怒りはない。
落胆したような、悲しいような。
みんなそんな顔をしている。
中年の男は言った。
「街の人間を代表して言うよ」
ごくりと、自分の骨だけの、のどが鳴った気がした。
「ありがとう」
それは思ってもみない言葉だった。
男が頭をさげると、ほかの人間もちらほら頭を下げてきた。
あんたが必死に戦ってるのは知っていた。毎回ボロボロになって帰ってくるのも見た。
自分たちのことなのにな。
俺たちは何もできない。
だからあんたにまかせっきりなのもずっと悪いと思っていた。
だから、ずっと言いたかった。
ありがとう。
そして……」
次の言葉が今まで聞いた中で一番こたえた。
「もう、やめてくれ」
あんたばっかりが傷つくのは間違っている。それに十分頑張ってくれたのも知っている。
誰も責めない。だから、もう……。
彼はそんな言葉をつづけたが、全然耳に(耳なんてないけど)入ってこなかった。
伯は怒っていた。
マルガはうつむく。
エミリとゲンさんは目をそらした。
工房の親方は無理だと言った。
街の人たちも楽になってくれという。
ミザリはきっと泣き続けるだろう。
誰も自分を信じてくれない。
そして、本当は自分でも自分のことを信じていないんじゃないかと疑ってしまった。
話を聞いて、自分は街の人たちにお礼を言い、馬車を出してもらった。
馬車の荷台で、自分は呆然と考えた。
マルガや、伯はいわずもがな。
それを知ったときはショックだったけど。
街の人たちに「もう、やめてくれ」と言われたとき、なんとなくわかってしまった。
竜なんて倒せっこない。
自分自身さえ、心のどこかで思っていた。
あの巨大な尻尾から繰り出される一撃や、異常なまでのうろこの硬さ。
ボロボロになった自分は、それがどれだけ絶望的なのかを知っていた。
思えば、竜を倒せるなんて思ったことは一度もなかった。
ただ、やらなければという思いだけで戦っていた。
でも、それは最初から勝つ気がなかったからじゃないだろうか。
自分にあったはずのものがないとわかった時の気持ち。
エミリやゲンさんまで自分のことを信じてくれていたわけではなかった。
でも、自分が彼らを責めることなんてできるはずがない。
ただの惰性か、意地で竜と戦おうとしていた自分が確かにいた。
みんな言えば協力はしてくれる。
けれど、なんだか、ひとりぼっちになってしまったような気がしていた。
いや、違う。
自分自身さえも信じていないのだから、ひとりぼっちですらない。
あの日、廃墟で。
たった一人で目を覚ました時のことを思い出した。
骨も筋肉も内臓もなくなってて、ひどく慌てた自分。
こんな姿で何ができるのかを考え、とても不安になった。
あの時と同じだ。
自分にあったはずのものがないとわかった時の気持ち。
だけど、あの時は立ち直った。
何ができるかじゃない。なにをしたいか、だ。
自分はみんなを助けたい。
だから、竜を倒す。
今度こそ……。
いつもの御者が荷台を振り返った。
「だんな、つきやした」
顔を上げると目の前にネビルの山があった。