27
ぱきん、と乾いた音がした。
腐蝕の瘴気の中でずっと戦っていたからか、剣が折れた。
竜の動きを見ながら隙をついて攻撃することにばかり気を取られていた。
慌てて装備を確認すると、剣はおろか盾も鎧も黒く変色してもろくなっていた。
とにかく武器がなくては攻撃できない。
こぶしで竜のうろこを殴ってみたが、一発で手の骨の関節がきしむのが聞こえてやめた。
う~ん。
武器もないし、防具もボロボロなのでここが引き際なのかもしれない。
自分でははっきりとわからないが、腐蝕の具合から長い時間戦っていたようだ。
竜も足元でうろちょろする自分にいら立ちを見せている。
ここは、一旦引くべきか。
また新しい装備を整えて、もう一回来たほうがいい。
自分はあっさりと洞窟から逃げ出す。
竜はそんな自分の背中を見送るだけで追いかけては来ない。
前回と同じように徒歩でランバートに帰ってきた。
こんなボロボロの骸骨なので、正門で足止めを食らうかと思ったが、すんなりと通された。
視界のすみに正門を守っていた守衛の一人が城へ走っていくのが見えた。
伯に知らせにでも行くんだろうか。
まぁ、あんまり芳しい成果は上げられなかったけど。
でも、戦いには慣れてきた、と思う。
ところで、今日はエミリとミザリは門の前にいなかったな。
前は運よく会えたのだろう。
前はお昼頃に帰ってこれたからいたのかも。
正門をくぐって、城に向かおうとすると守衛に止められる。
馬車を用意するからそれに乗って帰ってほしいということだった。
確かに、驚くのは守衛だけじゃないよな。
鎧は黒いシミだらけでボロボロ。
胸部はべっこりへこんで、全体に擦り傷と砂埃にまみれている。
そんな姿の奴が、街の中を歩いていたら住民は驚くだろう。
馬車が来たのでそれに乗って城に戻る。
馬車はやっぱり荷台に幌もなにもなかった。
丸見えだ。
馬車に揺られて城に向かう自分を街の人達が振り返る。
すれ違った人達が、足を止めて自分を見ているのに気が付いた。
その視線を浴びていると、なんだか申し訳ないような気がしてきた。
城につくと前回と同じようにみんなが出迎えてくれた。
前回同様ぼろぼろだったが、エミリもマルガもそれほど驚いた様子はない。
それどころか少し安心したようですらある。
ミザリは自分を見た瞬間からひっついて離れない。
二度も寝ているすきに出発したのだから、もはや信用はされてないようだった。
ただ一つ、前と違うことがあった。
エミリと一緒にゲンさんがいた。
自分のこんな姿を初めて見たゲンさんは慌てて駆け寄ってきた。
「骨! 大丈夫か!」
「大丈夫、大丈夫」
でも、なんでこんなところに。
村からは、けっして近い場所でもないのに。
「ちょっとな、心配で見に来ただけだ」
ゲンさんはボロボロの自分に肩を貸してエミリと一緒に部屋まで運んでくれた。
寝台に寝かされ鎧の留め具やベルトをはずされる。
尻尾の一撃を食らった胸部はやっぱり肋骨が全部へし折れていたらしい。
ただ、幸か不幸か綺麗に折れていて粉砕骨折ではなかったので、くっつけるだけでもとに戻った。
処置を受けながら、みんなに今回の戦いの結果を話した。
みんなあきらめているのか、自分の話の内容にはあまり興味が無いようだった。
前回あれだけ怒っていた伯は穏やかな表情で自分の話を聞いていた。
いや、聞いてはいなかったかもしれない。
自分が話し終えて、もう一度行くと告げると「新しい装備を用意しよう」と言って部屋から出て行った。
投げやりな感じがする、
マルガは自分の体を眺めながら言った。
「折れてはいませんが、全身に細かい亀裂が入っています。これ以上は危険かも……」
骨の強度が弱くなっているということか。
「何かで補強できない?」
エミリは少し考えこんだ。
「にかわやろうで固めてみる。金属とかでも補強できないか聞いてみる」
部屋を走って出て行った。
ゲンさんがずっと寝台に横になっている自分のそばに椅子を持ってきて座っていた。
「なぁ、話を聞いてると、竜は、その……どうにもならないんじゃないのか?」
それは……、なんとも言えない。
「お前がどんなに叩いてもびくともしないんだろ?」
「それは、そうだけど……。でも、ほかにできることもない」
だから、やるしかないのだ。
ゲンさんは少しうなった。
「あのよぉ、話を聞いてて、ずっとおかしいなぁと思っていたことがあるんだが、言ってもいいか?」
「なに?」
「お前の使ってた剣って、竜を斬るための剣なのか?」
言っていることがわからなかった。
マルガも同じようだ。
「それはドラゴンを斬るための剣を用意しろということでしょうか?」
え……。
そんなのあるの?
「ですが、そんな剣は王家の蔵にもないはずです。あれば、すぐに王が貸し与えるはず……」
だよね。そんな都合のいいものあるわけないよね。
現実はどこまでいっても現実だ。
都合のいい道具が、都合のいいタイミングで出てくるわけがない。
しかし、ゲンさんの言いたかったことは違うらしい。
「いやー、そうじゃなくてだな。なんというか、俺はあたまがあまりよくないから、うまくいえないんだがな」
ゲンさんがしどろもどろになりながら言った。
「俺は、その、きこりなんだが、木を斬るために斧を使う。そんで、剣は使わない。なぜなら、剣は木を切る道具じゃないからだ」
「それは、当たり前のことだと思うのですが……」
マルガはまだゲンさんの言いたいことが理解できないようだった。もちろん自分も。
「それはだな、ええと、つまり、剣は人を斬るための道具じゃないかと思うんだ。竜を斬るための道具じゃない、よな?」
なんとなーく、言いたいことがわかった。
自分はマルガに聞いた。
「ねぇねぇ、貸してくれた剣って誰が選んでくれたの?」
「それは、私と伯で相談して、街で一番切れ味のよい剣を持って来させました」
ゲンさんは、なるほどなぁとうなずいた。
「どんなに切れ味がよくてもよ、剣じゃ、木は切れねぇよ。竜も同じだと思うんだが」
エミリが本当ににかわとろうを持って部屋に入ってきた。
骨の亀裂の部分を塗り固め始める。
少しあって、ようやくマルガは「そういうこと」と小さくつぶやいた。
「それでは、伯がひいきにしている工房があります。そこに相談してみましょうか」