25
洞窟の少し奥にある広い空間、その手前で足を止めて様子をうかがう。
竜は猫のように体を丸め、前足の上にあごをのせて休んでいる。
前に見た時と同じ格好で眠っているようだった。
さて、どうしようか。
今、持っているのは剣と弩、そして弩の矢を数本だ。
射程はそこそこあるから、竜の前足の届く範囲外からは攻撃できる。
けど、一発撃つたびに矢を装填しなきゃいけない。
一発撃って逃げて、一発撃って逃げてを繰り返す?
なんかそれもいい気がしてきた。
剣で戦っているとどうしても竜の攻撃を食らいやすくなるから、その時に背負っている弩が壊れる可能性だってある。
だったら、先に弩で攻撃してそれから剣で戦おうか。
けど、弩の矢は十本しか持ってきてない。
あんまり荷物になると逆に動けなくなるので、大量には持ってこなかったのだ。
とりあえず、矢がなくなるまで撃ち続けてみるか。
聞いたところによると矢は結構遠くまで飛ぶらしい。
けど、きちんと刺さる距離は人間の歩幅で三十歩から四十歩くらいらしい。
よし、この作戦で行くか。
自分は一旦、剣を腰のさやに収めて、背中の弩を手に取った。
よいしょと弦を引いて固定し矢を装填する。
そして狙いを定めた姿勢のままで、少しずつ竜に近づいた。
竜は最初、自分の気配を感じてすぐに目を開けた。
そのあと品定めするようにこちらを見つめたが、少し怒ったような気配を感じる。
また、こいつか。
そんな風に言われている気がして、正直また背筋が寒くなる。
弩の射程までゆっくりと近づいていく。
あれ、でも、どこを狙えばいいんだろう。
やっぱり眉間? 目? それとも心臓がありそうな胸部だろうか。
目だ。とりあえず、目にいこう。
視界を奪えれば、有利に戦えるはずだ。
有効射程に入った。
とたん、竜はすっと首を持ち上げた。
見上げる格好になる。
標的との距離も少し遠くなった。
射程内に入るにはもうちょっと近づかないといけない。
まだ近づくの?
いや、まだ近づける。
そろそろ射程内?
相手が大きすぎて距離感が掴めない。
もう、撃つ?
撃ったほうがいい?
撃つか!
引き金を引いた。
弩から放たれた矢は一直線に竜の顔面に向かっていった。
だが、頬のあたりをかすめて軌道を変えるとどこかに飛んで行ってしまった。
あー。
そんなに都合よくはいかないか。
いや、状況はむしろ悪くなったのか。
竜はうっとおしそうに体を起こした。
ぐわ、と立ち上がるとそれはまさに鉄壁の巨大な城のようだった。
マジか。
何度見ても、でかいと思ってしまう。
まるで、自分に覆いかぶさるような巨体。
視界が竜で埋め尽くされる。
その大きさに圧倒されてしまう。
竜は二本の後ろ足でこちらに向かって歩いてくる。
歩を進めるたびに、地面が軽く揺れる。
お、おお……。
振動が背骨にくる。
そういえば、前回は剣で向かっていく自分を前足で振り払っていただけだった。
だから、その場に立ったまま動かなかった。
でも、今回は歩いて近づいてくる。
圧倒的な重量がゆっくりと近づいてくる。
ど、どど……、どうしよう……!
そうか、いったん逃げて矢を再装填してから戻ってこよう。
そういう手はずだった!
さっと後ろを向くと、出口に向かって走っていった。
ある程度距離が離れると竜は追って来なかった。
それでも、自分は洞窟を出るまで逃げると、入り口のわきに隠れて再び矢を装填する。
そして、もう一度、洞窟に入って奥の空間に向かう。
たどり着くと、竜は立ったままでこちらを見ていた。
若干、また寝ころんだ態勢になっててくれないかなーと思ったが、相手にその気はないらしい。
弩を構えて、ふたたび近寄っていく。
最初、目を狙おうと思っていたが、立ち上がるとあんなに高い位置にある……。
角度もあって狙いづらい……。
なら、胸?
立ち上がって胸と腹をさらす形になっている。
あんなに大きな的ならどこかしらに矢は刺さりそうだ。
心臓のありそうな左胸めがけて弩の引き金を引き絞る。
キィン、と金属同士がぶつかるような音がして弾かれる。
これもだめなのか。
と、思ったが。
竜が身をよじるようにしてこちらに背中を向ける?
お、効いた?
次の瞬間。
自分の体は宙を舞っていた。
え?
地面があんなに遠くに見える。
以前に前足で吹き飛ばされた時の比じゃない。
なんだか時間がゆっくり流れているような感覚。
なにも感じない。
ただ、地面がだんだん近づいてくる。
とっさに、両手で頭を守る。
ぐしゃ。
地面に激突する。
なんだ!? 何食らった!?
すぐに起き上がろうとする。
起き……、上がれる!
大丈夫だ。
ただ、自分の体を見下ろしてビビった。
鎧の胸の装甲がべっこりとへこんでいる。
多分、中の肋骨はバキバキだ。
違う! そうじゃない!
すぐに竜の姿を探す。
大丈夫、距離はある。
だけど、なんだ、今の……。
そんな自分に見せつけるように、竜はこちらに背中を向けたまま、尻尾の先をバシンと地面に打ち付ける。
尻尾……。尻尾か!
体をねじって、尻尾で攻撃してきやがった。
あんなに距離があったのに……。
まじかよ……。
弩の距離でも、尻尾が届いてくるじゃん……。
しかも、この威力。
中身がすっからかんとはいえ全身鎧が跳ね飛ばされて高々と宙を舞った。
しかも、装甲の厚い胸の部分がこの有様……。
もう一回食らったら、無事で済むとは思えない。
どうしよう。
やる? もう一回、弩で?
いや、剣のほうが戦えてなかった?
あれを戦えたといっていいのかわからないが。