23
固めの寝台に寝かされた自分の鎧の留め具やベルトをエミリとマルガ、それに伯が自ら外してくれた。
寝たまま鎧をぬがせられ、骨の隙間を埋めるように詰めていた布や綿を取り除く。
自分の骨だけの体がむきだしになると誰ともなく「ああ」とうめいた。
手足の骨にはひびが入り、肋骨は何本か砕けていた。
それは戦闘の激しさを物語っていたのかもしれないが。
実際に竜と対峙した時間は自分にはわからない。
すごく長かったように思うし、実際は短かったようにも思う。
だけど、結果はこの通りだ。
腕をもがれ、胴体の骨を砕かれ、ボロボロになって逃げかえってきた。
それでも、全身鎧は正解だったと思う。
骨はもとの位置に押し当ててれば、そのうち自然にくっつく。
けれど、失った骨は自然に生えてくることはない。
全身鎧なら、骨が折れてもそれがどこかに飛んで行ってなくなってしまうこともない。
みんなが骨をくっつけて自分の体を治してくれた。
しかし、その表情は暗い。
治療を受けている間、自分は竜と何があったのかを話した。
まったく歯が立たなかったこと。腕をもがれて逃げかえってきた事。
全身の骨がくっついて、なんとか動けるようになる。
起き上がって部屋を見回すと、伯は椅子に座って頭を抱えている。
「どうすれば、いい……」
そんなつぶやきが聞こえてくる。
マルガは申し訳なさそうに伯を見るが、なんの答えも返せない。
「王や領民には、なんと申し開きをすればいいのか……」
部屋の空気は冷たく暗く沈んでいる。
失敗。
失敗。
作戦 (といえるほどのものでもない)は失敗して、もう竜をどうすることもできない。
ただ、あとは天に運命を任せるだけ。
この国で多くの餓死者が出るだろう。
また、それは竜がそこに居すわり続ける限り続く。
長年にわたって飢饉は続く。また、竜の瘴気は空気の中に散っていく性質のものでもない。
暗く淀んで、ずっとその土地に残り続ける。
そうしたら、ランバートでは作物を作れない。そうなれば、国中が飢える。たくさんの人が死ぬ。
マルガも、伯も自分には期待していたらしい。
マルガが言った通り、自分はある意味、特別な存在なのかもしれない。
彼女は何にもないあなたに頼みたいといったが、心のどこかでは何かすごいことができるのでは、と思っていた節がある。
そして、たぶん伯もそう思っていた。
自分に特別な何かがあって、それで竜を退治してくれる。
でも、やっぱりそれは勘違いだ。
自分はどこまでいっても、非力な、ただの、骨。
どこにでもいる、いや、どこにでもはいないけど、ただの骨だ。
みんなは、ひょっとしたらエミリでさえも、自分が竜を何とかすると思っていたのかもしれない。
だから、みんなそんな暗い表情でうつむく。
きっと自分はみんなにとって微かな希望だったに違いない。
だけど、それもあっさりと粉々になった。
いたたまれない気持ちになる。
しかし、自分は最初からこうなりそうな事くらいわかっていた。
そして、次にどうしたらいいのかも。
「えっと、みんな疲れてるとこ悪いんだけど。新しい剣と鎧を持ってきてもらえる?」
その言葉に伯が顔を上げた。
なぜか、怒りの表情だった。
「もういい! 君には本当に何もないことがわかった!
もう、なにもする必要はない。
悪いことをした。全員で村にも返してやる。
だから、これ以上、ふざけたことを言うのはやめてくれ!
やめてくれ……」
最後は懇願するような口調だった。
今の伯には初めて会った時に感じた余裕がない。追い詰められた人間の顔だ。
王様に何か言われたのだろうか。それとも、事態が三日で急に深刻になった? 領民を心配するあまりの発言?
彼の事情は分からない。自分は彼ではないのだから。
だけど、ふざけてなんかいない。
「ふざけてなんかない」
それを聞いた伯は今度こそ椅子をけって立ち上がる。
「全く相手にならなかったんだろう?
何もできずに帰ってきたんだろう!
それなのに、もう一度行けば、次はどうにかなるとでもいうのか!」
それは、そうだ。
言い返せない。
でも。
「でも、自分はもう一度行くよ」
「だから! そんなことしても意味はないんだ!」
「そう。そうかもしれない。でも、あるかもしれない」
わからないやつだな、君も。伯はそんなことをつぶやきながらさらにまくしたてた。
「なら私も言わせてもらう。君が行っても、どうにもならないんだ……。いや違う、誰にもどうすることもできない……」
伯は崩れ落ちるように、もう一度椅子に座る。
何かがおかしくなって、そして、今までうまく回っていたものが回らなくなる。
そして、追い詰められる。
自分には領主の悩みはわからない。それだけじゃない。
普通の人間が抱える悩みも、共感できても実感はできない。
だから、伯がこんな風につらそうなの理由もいまいち実感できない。
だけど。
「それなら、これからどうするの?」
「どうする、どうするかな? ははは……」
力なく笑う伯をみな不安げに見つめた。
だけど、伯はこの質問から逃げることはできない。
方針を決めるのが領主の責任、そして、その方針に従って働くのが領民の仕事なのだから。
だけど、今回に限ってはどんな答えも出せない。
どうしようもないことだからだ。
だけど、だからといって何もしないでいるつもり?
「剣と鎧を持ってきてもらえる?」
「ああ、君もたいがい物分かりが悪い。わかってないのか? 君は失敗したんだ」
「失敗じゃない」
「失敗だ」
「違う。自分はまだこうして動いている。
人間みたいにけがを治すのに何か月もかからない。
そして、すぐにまた戦いに行ける」
それをただただ繰り返す。
「何かの幸運があって、竜に傷を負わせることができるかもしれない。
小さな傷しかつけられなくても、竜を攻撃し続ければなにかわかるかもしれない。
戦いの中で、別の解決策が思い浮かぶかもしれない。
だけど、なにもやらなければこのままだと思う」
ずっと、このままだ。
「言いたいことはわかる。
でも、なぜそんなに行きたがる?
最初は嫌がっていたじゃないか。
君だって不死身じゃないはずだ。
なぁ、教えてくれ」
「今はこれしかできることがない」
あまりにあっさりした答えに伯は言い返せないようだった。
加えて、今の言葉が何か引っかかったのか、驚いているようでもある。
「ねぇ、伯が今できることってなに?」
伯はそれを聞いてビクリとした。
「私、私は……。そうだな、君を応援することくらいか」
勝手にしろ、と言わんばかりで部屋を出て行った。
その後をマルガが追う。
少しあと、新しい装備が部屋に届けられた。