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間違えるはずもない……。
どう見ても黒い竜です。本当にありがとうございました。
とっさに姿勢を低くして、岩壁の近くによる。
そして、そっと相手をうかがうが……。
どうやら、寝ているようだった。
自分は体を起こして、剣と盾を構えた。
背骨に緊張が走る。
一歩進む。
すると、竜はぱちりと目を開けた。
はわわわわ。
竜の目と自分の目(と自分で思っている部分)が合った。
縦に長い虹彩がきゅうっと細くなる。
こちらを品定めしているようでもある。
どうしよう。
行く?
行ってみる?
……行くしかない。
恐る恐る。
もう一歩進んだ。反応はない。
さらにもう一歩進む。首を持ち上げた。
びっくりした。
その場で立ち止まる。
怖い、マジ怖い。
そもそも見た目から勝てる気しない。
馬車くらいの大きさかなとか思ってたけど、全然違う。
家と同じくらいまでは想定していたけど、それも違う。
城? 城なの?
城に翼と長い首とでかい牙と爪がついてる感じ。
これ、どうやって倒すの?
もはや、笑うしかない。
それでも自分の持っている武器は剣だけだ。
とりあえずこの剣が届く位置にまで進むしかない。
ゆっくり、ゆっくり進む。
竜はただ、じっとこちらを見て、首を上げたり、疲れたら下げたりしているだけだった。
ようやく、前足の近くまでたどり着く。
無い心臓がバクバク鳴っているようだった。
剣を振り上げた。
そして、とりあえず目の前にある前足に振り下ろそうとしたとき。
その前足が目の前から消えた。
次の瞬間。
ゴッ。
そうとしか表現できない音と衝撃。
そして、視界が目まぐるしく回転して、ようやく自分が薙ぎ払われたことに気付いた。
何回か地面を跳ねて転がって。
ようやく自分は倒れることができた。
うつぶせに倒れた体を、ぐぐ、と起こす。
うぐ。
やばい。これやばい。
頭部に食らったら、頭持っていかれる。
首が飛ばされたら誰かがくっつけてくれるまで動けない。
それは死ではない。けど、実質的な敗北だ。
どうしよう。
どうする?
全身を確認する。
うん、なんとか大丈夫。
よ、よし、もう一回いってみるか。
まじで?
行くの?
同じように剣と盾を構えてゆっくりと近づく。
盾は前よりしっかり構える。
じりじり。
竜は先ほどと同じように何もせずにのんびり構えているが、目だけはこちらを向いている。
また、前足の手前まで来た。
剣を振り上げる。
その瞬間。
さっきと違って、竜が前足を振り上げるのが見えた。
とっさに後ろに飛ぶ。
ゴッ。
目の前を竜の前足が轟音をともなって通り過ぎていくのが見えた。
へへへ、交わしてやったぜ。
ゴッ。
前足が往復して戻ってきた。
また視界が回転して、逆側に吹き飛ばされた。
まじか。
まじか。
首。
首はくっついてるよね?
くっついてた。
ハァハァ。
一つ攻撃を躱したからといって、安心しちゃダメ。
ぐぐ、と体を起こして、また剣と盾を構える。
構える?
ほんとは逃げたい。
逃げるか。無理でしょ。
子供に空腹を訴えられて、申し訳なさそうにほほ笑む母親の顔がよぎる。
くそ!
たしかに同じ村の人だけど! 仲がいいわけじゃないけども!
じりじり、相手に近づく。
落ち着け。とりあえず。
相手をよく見て。
攻撃できるときにだけ攻撃する。
基本。基本てなんだ?
近づく、じりじりと。
ゴッ。
躱す。
ゴッ。
往復してきたのを躱す。
そのとき、戻ってきた前足の甲が目に入った。
直感。
剣を振る。
ガキン!
はじかれた。うろこ固い。鉄の塊でも殴ったみたい。
傷一つついてな……。
いや、ちょっと。ほんのちょっぴり。人間の爪の先ほどの傷がついている。
すぐ後ろに飛び退って距離をとる。
仕切り直しだ。
何度だって繰り返す。
今の自分にできるのは、これくらいしかない。
え?
竜が立ち上がっ……。
もう、手の甲殴れない。いや、そうじゃない。
でかい。高い。
足が振り上げられた。踏みつけ。とっさに横飛び。すぐ起き上がる。
地面に亀裂。そうじゃない!
すねに剣で一撃。
ガキン!
だめだ。同じだ! でも、同じように爪の先ほどの傷がついている。
微々たるダメージ。
こんなんで倒せる? でもゼロじゃない。なら、積み重ねろ!
一撃、二撃。
初めて二回連続で、攻撃できる。
相変わらずうろこには細かい傷がつくだけだ。
左から薙ぎ払うような左前足の一撃。
下がって躱す。前に出る。すねに剣を振り下ろす。
当たる。同じところ。同じうろこ。
え?
今度は右から?
剣を振ったばかり。躱せる態勢でもない。盾! 盾で!
アッ。
右前足が、盾ごと肩の付け根からもぎ取っていく。
後ろに倒れる。
え、竜の前足。
振り下ろそうとしている。
這って逃げる。
自分の吹き飛ばされた左腕を探す。
左腕は、盾がくっついたまま隅のほうに転がっていた。
慌てて拾いに行く。
竜がゆっくりとこっちに向かってくる。
出口! 出口は!
ちぎれた左腕を抱えたまま、自分は洞窟から逃げ出した。
馬車で半日の距離は歩いて二日だった。
ネビルから歩いてランバートの街に戻る。
城門が見えたけど、中に入れてもらえるか心配だった。
自分は骨だ。こんな怪しいやつ番兵がとおしてくれるのかな。
でも、問題なかった。
門の前ではなぜかエミリとミザリが待っていた。
いつ帰るかもわからないのに。
なんで、いるの?
二人は自分の姿を見つけると駆け寄って、泣きながら抱き支えてくれた。
「骨、動くな。すぐ馬車呼ぶから」
「いいよ。歩けるし」
でも、二人は放してくれなかった。
そして、馬車が呼ばれると自分はそれに乗せられてランバート城に運ばれた。
城に入ると伯とマルガが走り寄ってきた。
伯は蒼い顔で自分をみつめ、マルガは「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度もつぶやきながら両手で顔を覆っている。
どこかの部屋に通されるとき、廊下に大きな鏡があった。
姿見だろうか。
鏡に映った自分の姿を見て、納得した。
あんなに光り輝いていた鎧は瘴気でところどころ黒くサビている。
左腕は根元からちぎれ、着ている鎧は跡形もなくボコボコだ。
剣は知らない間にどこかにいってしまった。
頭を守っていた兜もなくて、白い頭蓋骨は泥とホコリにまみれている。
鏡の向こうで、そんな骸骨がこちらを無表情に見つめていた。