21
次の日。
日が昇るとすぐに準備を始めた。
結局、何が必要かも思いつかず、用意したもらったものといえば次の四つだった。
剣。
盾。
全身鎧。
そして、ネビルまで行く馬車だ。
本当は馬を一頭借りればいいかな、と思った。
けど、よく考えたら乗馬の経験ありませんでした。テヘペロ(なぜか舌が出せない)
ミザリは昨日の今日で疲れたのか、まだ部屋で眠っている。
行くなら、今がチャンスだった。
見送りは、伯とマルガ、そしてエミリの三人だった。
「ほんじゃ、いってくるー」
馬車の乗り込もうとしたら、エミリがあきれたように笑った。
「あんたって、たいがいそうだよね」
でも……、と。
「待ってるからね」
それだけ言って、笑顔で送り出してくれた。
馬車の後ろに乗り込む。
今度は屋根も壁もない馬車だけど、周りの景色がよく見えるからこれはこれでいい。
馬車が走り出すと、エミリは手を振り、マルガはお辞儀をした。伯はじっとこちらを見つめていた。
街を抜け、外壁の正門を抜けると、馬車はゆっくり速度をあげた。
鎧さえ着てなければ風が気持ちようさそうなんだけどなぁ。
「ねぇ、ネビルまでどのくらい?」
御者に聞くと、馬車を飛ばして半日くらいらしい。
「だんな、伯爵から帰りの分も金をもらってるんですが、どうします?」
うーん、そうだなぁ。
「いつになるかわからないから、迎えはいらないよ」
「いいんです?」
「いいよ。それに自分を下ろしたら、瘴気を吸いすぎる前にすぐに帰ってね」
馬車は結構な速度で道を進んだ。
その間、自分は馬車の荷台に座って、流れる景色を眺めて過ごした。
やがて大きな平野に入ると、そこはあたり一面の麦畑だった。
穂が重たくなりはじめ、頭を垂れているものもある。収穫の手前のようだった。
でも、麦たちはどこかしら元気がない。
そこで働いている農民の顔も暗い。
道を進むにつれて、その理由が実感できた。
ネビル山に近づくにつれて、麦の発育が目に見えて悪くなっていった。
そして、山のふもとにつく頃には、麦は枯れる寸前のように見えた。
穂も茎も黒く変色してまるで何かの病にかかっているようだった。
空気も重たくよどみ、人の姿も全く無くなる。
「それじゃ、この辺で」
自分を馬車から下ろすと、いつの間にか口を布で覆っていた御者は、もと来た道を戻りはじめた。
自分は麓からネビル山を見上げた。
そんなに大きな山でもない。
ただ、聞いた話のとおり、山の中腹からまるで何かがあふれ出すようにして腐蝕が広がっていた。
山の木々や草花を枯らし、平野に流れ込み、作物を腐らせる。
その源がすぐ目の前にある。
骨しかない自分の体でも、まとわりつくような何かを感じた。
これが瘴気なんだろうか。少なくとも自分に影響はない。
さて、それじゃいこうかい。
盾と剣をもって山を登り始めた。
中腹の洞窟までは、迷うことはなかった。
草木が枯れているところをたどれば自然に行きつけた。
多少、崖を登ったりもしたがほぼ一本道だったし、通れない場所ではなかった。
やがて洞窟の入り口にたどり着いた。
そんなに大きくない山なのに、洞窟の入り口はランバート城の正門と同じくらい大きかった。
すごく広い空間なので、入り口から入ってくる光が中のほうまで届いていた。
少し進むと、ほどなくもっと広い空間に出た。
ひどく高い天井、そこからは幾筋も光が差し込んでいる。
瘴気が一番濃いところだからか。
小動物はおろか、岩壁にコケすら生えていない。
生き物の気配がまるでない。
その中で、たった一つだけ。
その空間の真ん中でトグロを巻いているものが、差し込む光に照らし出されていた。
光に照らされ黒く光る鱗、丸太のような腕に鋭い爪、巨大な翼をおりたたみ、人間を一飲みにできそうな口には刃物のような牙が並んでいる。
そこに確かにいた。