19
部屋に取り残されたのは自分とマルガだ。
マルガは伯の背中を見送りながら言った。
「本来ならやさしい方なのです。だけど、今は他に方法が無い」
「方法が無いからって、こんなことしていいとでも?」
「それは……」
とても、つらそうだった。
自分のしていることをはっきり自覚しているようでもある。
人質を返してほしくば言うことを聞け。
さっきまで暗にそう言っていた女とは思えない態度だった。
「今回の事は、本当に……」
またも謝りかけたマルガを自分はさえぎった。
「自分のしてほしいことは一つだけ。二人と一緒に村に帰してください」
そして、本当に黙り込んでしまったマルガ。
マルガはピクリとも動かず、ソファに座ったままだった。
そのまま、長い長い時間がたった。
部屋の中には重苦しい空気だけがある。
いい加減、自分もこの部屋から出て行こうと思った。
そのときになって、ようやくマルガが口を開いた。
「これは、誰にも言ってないことです」
ポツリと。
「そして、多分に私の願望が入ったお話です」
どうか、聞いてください。
そう言われたわけでもない。
だけど、そう言われた気がした。
伯からの要請を受けたマルガは事態を収拾できる者を探しに星の指し示す方角へ向かった。
その続きの話だ。
マルガは相手が耳を傾けてくれるとわかると、静かに話しはじめた。
「伯はおっしゃられませんでしたが、ランバートはこの国、最大の農業地域。
つまり、この国の食料庫ということです。
ランバートの危機は、国の危機。
ランバートに何かあれば、国中が飢えるのです。
飢饉と一口に言ってしまえばそれまでです。
ですが、ひどいときには何千、何万もの人が飢えて死にます。
本来、宮廷にいた私が辺境までやってきたのも、それだけ重大な事態だったから。
そんな国の危機にあって、それを救う英雄が現れる。
そして、それを見出すのが自分という事実。
実は、最初はすこしだけ心が躍りました」
「こんなときに何を、と笑われるかもしれませんね。
しかし、私も一人の人間でした。
旅の間、ずっと想像していたのです。期待していました。
竜と戦う勇者だから、きっとたくましい体格の方だろう。
瘴気をものともしないなら、きっとどこかの神様の加護でも受けているのだろう。
そして、そうであるからにはきっと立派な人格者に違いない。
きっと、きっと、きっと……」
「たくましい体格じゃなくてごめんなさい」
ちゃちゃを入れてやったがマルガは「いいえ」と首を小さく振る。。
「ですが、村で出会ったのはあなただった。
衝撃でした。
想像とは全く違いました。
それはそうです。
皮膚も筋肉も内臓も無い。
あっさりと兵士に取り押さえられるあなたを見て、正直、失望したりもしました。
でも、伯に話を聞いていなくても、私は直感的にあなただと確信したはずです」
「私の占い、ピタリと当たります。
だけど、今回の件については星は具体的なことを指し示さない。
はぐらかされているようでもあるのです」
「星にすら想定できない何かが動いているのかもしれません。
ですが、あなたが一人で兵士に向かっていったとき。
そして、取り押さえられたあなたを村人たちが救おうと飛び出したとき。
私はそこに星の瞬きにも似た何かを見ました。
これはけっして情がどうとか言っているわけではありませんよ?」
「私も術師の端くれ。死霊術、ネクロマンシーについて、多少の知識はあるつもりです。
本来、あなたのようなスケルトンは術師の魔力によって生かされるもの。
術師の魔力で生かされているのだから、術師には絶対服従で、不必要な感情などもたされません。
ですが、あなたはあなたを生み出した術師を知らないのでしょう?
そして、その魔力で生かされているわけでもない。
自由に泣いたり、怒ったり、しょげたり、悲しんだり、笑ったりする。
魔道の奥義をきわめ、人間に必要な機能を骨の中に封じ込めて延命を図るリッチとも違う。
自覚が無いのかもしれませんが、あなたは奇跡のような存在なのです」
だから、とマルガは続ける。
「皮膚も筋肉も内臓も無い。力が強いわけでも、魔法が使えるわけでもない。
そんなあなたにお願いしたい」
マルガは立ち上がって、自分の前にくるとひざを折った。
「宮廷占星術師マルガ、伏してお願い申し上げます。骨さん、どうか、この国をお救いください」
そして、額を床にこすりつけた。