18
「竜なんて、おとぎばなしの中にしかいないと思ってた」
エミリがあきれたように言う。
そんな姿を伯とマルガはくすくすと笑いながら見ている。
「なにさ?」
すでに緊張も解けたのか、ちょっと怒ったエミリに伯が言った。
「いや、エミリ。それはそうかもしれないが、君の隣に座っている人は良くて、竜はダメなのかな?」
エミリは自分のほうを見ると、あっと小さくうめいた。
「まぁ、その、なんだろ、こいつは……」
自分の存在はすっかり彼女の中では当たり前になっているようだった。
それはそれでうれしくもある。
けど、竜っていきなり言われても。
もはや嫌な予感しかしないんですけど。
伯は続ける。
「どうやら竜の瘴気が山から平野に流れ込んで作物を荒らしているのはわかった。だから、我々はすぐに手を打とうとした」
王国でも選りすぐりの勇者を集め、すぐに討伐に向かわせたらしい。
だけど、問題は瘴気だったみたい。
「どんな勇者も、瘴気を吸い込むと数分もしないうちに血を吐いて倒れてしまう」
千人の兵士でも、どんなに強い勇者でも、人間は必ず呼吸をする。
そして、呼吸をする以上、瘴気を吸い込んでしまう。
つまりは、近づくことすらできないということだ。
「これには、私も参ってしまった。お手上げ状態だった。だから、もう一度マルガに泣きついた」
何とかできる人物を探してほしい。
伯の要請をうけて、マルガは再び星を観た。
星は具体的なことは言わないが、ある方角を指し示した。
そして、「一目見ればわかる」とも告げたそうだ。
「確かに一目でわかりました」
マルガはそっと目を伏せる。
「伯から瘴気のことは聞いていました。私は村人たちを眺め、直感的に違うと思いました。そして、そこにあなたが現れた」
骨。
本当に骨だけ。
皮膚も筋肉も内臓もない。
あれなら、呼吸をする必要もないだろう。
「見つけた、と思いました」
自分が連れてこられたのは、そういうことらしい。
もう、ほんとにろくでもない予感しかしない。
伯もマルガもじっと自分のことを見つめている。
その目が言っている。
ここまで言えばわかるだろう?
「いや、確かに呼吸はしないけど。でも、だからといって……」
竜と何しろって言うの?
お話?
そもそも話は通じるの?
結局、倒してこいって話ですよね?
「村で見たと思うんだけど。自分、兵士にすらあっさり取り押さえられるんだけど」
マルガはベールの下でにっこりとわらった、ように見えた。
「私が、ただのやさしさで、そちらのお二人を連れてきたと思っているのですか?」
マルガが合図すると、突然、部屋にはいってきた使用人たちがミザリとエミリを左右にたった。
拘束はしていない。ただ、立っただけだ。でも、これははっきりと言っている。
人質はいただいた、と。
「そういうことか……」
すっかりだまされていたというべきか。
「骨、ごめん」
ミザリと一緒に連れて行かれるエミリは事態を把握したのか、小さな声でつぶやく。
エミリは申し訳なさそうだが、これはしょうがない。
人質になるとわかっていれば、わざわざ一緒に来たりしなかっただろう。
いや、彼女だったらミザリを守るためにそれを承知で一緒に来たかもしれない。
「ミザリ、ちょっとあたしと別の部屋に行ってようか?」
エミリはなにが起こっているかわかっていないミザリにやさしく諭した。
「それではお嬢様方はこちらへ」
さっき、お茶を運んできてくれた初老の使用人がやさしく二人の退席をうながした。
二人が出て行った後、伯は言った。
「明日にでも出発してもらいたい」
やわらかい口調だが、有無を言わさぬもの言いだった。
こちらに確認すらとらない。
「必要なものがあれば、一通りそろえよう。できる限りのことはする」
それだけ言うと立ち上がって部屋を出て行く。
まるで逃げるような背中だった。