17
ランバート伯はそのやり取りを見て朗らかに笑っていた。
そして、一息つくと自分に向き直って神妙な顔つきになる。
なにかな、と身構えたけど、伯は怒っている感じではない。
それどころか申し訳なさそうな表情だ。
彼はすっと頭を下げた。
「まずは謝罪させてほしい。全てはマルガから聞いた。君に乱暴を働いたこと、その意思を無視してここにつれてきたこと」
偉い人って、極端に居丈高な人と極端に腰の低い人がいるけれど伯はどうやら後者みたい。
威厳もある。多分、有能でもあると思う。でも、威張らない。
みんな好感を抱く王道タイプの人だ。王道だけに安定して人望を集められる。
だけど、やっぱり貴族なのかな、とも思う。
ランバート伯は下々に人間が同じ空間にいることを許容できる。
でも、相手の存在を認めてない。
エミリとミザリに名前すらたずねない。もちろん自分の名前も。
だから、ちょっとだけ意地悪を言う。
「村の人たちにしたことは?」
言葉は何気ない。でも、とり方によってはすごく厳しい意味を含んでいたと思う。
それは、ある種の抗議のようでもあった。
でも、ランバート伯は頭のいい人らしい。
舌足らず(どころか、舌すらない)の自分の言葉の意味を汲み取ってくれた。
「それも……、謝罪しよう。すまなかった」
そこで伯は初めて本当の意味でエミリとミザリを見たように思う。
そして、そこで初めて自分たちに名前をたずねて来た。
この人は話が通じそうだ。一方的に何かを押し付けてくるタイプじゃない。
こっちの意図を察してくれるし、悪気があってそういう態度をとっているわけでもないみたい。
きっと、育ちの違いというヤツなんだろう。
なら、これ以上こっちも我を通すのはよろしくない。
「いいですよ。もう、気にしてないんで」
「骨?」
そんなもんで許しちゃうのか、とエミリは言いたかったようだが。
「ここまでちょっと旅してきてわかったでしょ? マルガはそんなに悪い人じゃない。きっと伯も」
「そうかもしれないけどさ」
まだ、エミリは不満顔だが、それでも領主には強く出られないのだろう。
気持ちはわからないでもない。いきなり来て、騒ぎを起こされて。
割り切れないところもあるだろう。
だけど、本題はそうじゃない。
この人たちは悪人じゃない。
そんな人たちが多少であれ、乱暴な方法で人(と自分では思いたい)をさらってくるような真似をする理由が知りたい。
「それで、なんか自分に用がある?」
マルガは明らかに自分を探していたような気がした。そして、それは伯も同じだ。
伯がマルガにうながした。
すぅっと息を吐いた後、マルガは意を決したように話し始める。
全てを話す前に改めて私の自己紹介をしたしましょう、とマルガはもう一度こちらに向き直った。
「私は占星術師マルガ、今回はランパート辺境伯の手助けに宮廷から派遣されてきました」
宮廷とか占星術とか引っかかるところはいろいろある。
でも、いちいち細かいことを聞いてたら話は進まないだろう。
無視して先を促す。
「手助け?」
自分が聞くと、伯はうなずいた。
「君たちは最近の農作物の不作は知っているかい?」
知っているも何も。
「食べ物の値段が上がって困ってるよ」
そうなんです、とエミリがなれない敬語で割って入ってくる。
最近の食糧事情を、領民の視点でたどたどしく説明する。
あんまりうまい説明じゃなかったけど、なんとなくわかる。
話す順番も内容もめちゃくちゃだけど、どんなに困っているか実感がこもっている。
伯は、影響は山間の村にまで出ているのか、とため息をつく。
そして、そこまで知っているなら、と伯は問いかけてくる。
「ならば、不作の理由は知ってるのかな?」
理由?
そんなの天候不順とかが理由じゃない?
そう聞くと、伯は首を振った。
「天候は悪くない。実際、今年はまれに見る大豊作かと思われた。一月前までは」
だから急に天気が崩れたくらいしか思い浮かばない。
「干ばつ?」
首を振る。
「大風かな?」
やっぱり伯は首を振る。
自分は黙り込んだ。他のみんなも口を閉ざす。
しばらくの沈黙のあと、伯はポツリと言った。
「竜」
それを聞いたエミリはまゆをひそめる。
「ねぇ、領主様。そんなものがこの世にいるの?」
だますにしても、もうちょっと現実味のある話をしてよ、と。
しかし、伯も、マルガも、いたってまじめだ。
マルガが話を継いだ。
「それが困ったことに本当なのです」
ランバート南地域は農業地帯だった。
今年、天候のよく、雨も多くも少なくもなく作物にはちょうどいい。
近年まれに見る豊作の年、毎年の収穫が気になる伯も胸をなでおろしていた。
だが、一月前に状況が変わった。作物が急に枯れ始めた。
原因はわからない。
時を同じくして、南地域では肺を患う人が急に増えた。
「最初は何がなんだかわかりませんでした。作物がかれることと、病に倒れる人を関連付けることもなかった」
そこで宮廷の占星術師オルガにランバート伯から頼まれて、占ってみた。
星は告げた。
原因は、南地域のさらに南の山ネビルにある。
伯はそれを信じた。
確かに南地域の南部の状況が一番ひどかった。
そこでランバート伯は調査隊を結成して、そのネビル山を調査させた。
調査隊はネビル山を見上げて驚いたらしい。
山の中腹からふもとに向けて一直線に木が枯れている場所がある。
原因はその山の中腹にあるのだろうと、迂回しながらたどり着くとそこには大きな洞窟があった。
洞窟に入るどころか、近づくだけで呼吸が困難になる。
それでも、一人の調査隊員が決死の覚悟で洞窟の中に飛び込んだ。
しばらくして、その調査隊員が戻ってきた。
息も絶え絶えで、装備もぼろぼろだった。
身に着けた皮製の鎧にもところどころに黒い染みのようなものがついて、腐っていた。
彼は最後に仲間たちに告げたらしい。
竜がいた。