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さっそく、エミリが言ってくれたのだろう。
ゲンさんは、本当に次の日にやってきた。
野太い腕と、あごひげを生やしたいかにも木を切ってますという感じの大男だ。
「もちろん、今日からいいよな?」
自分の住んでいる小屋の戸を開けて中に入ってくるなり、朝から大声で言った。
立ち上がった自分の肩に腕を回す。
身じろぎもできないほど、がっちりつかまれている。
アッ、ハイ……。
拒否権はないんですね。
そのまま引きずるように森のほうに連れて行かれた。
ちなみにミザリは、今日はまだ来てない。
エミリが見てくれているのかな。
そんなわけで、ずるずると引きずられていった先は村からちょっとだけ離れたところにある森の中だった。
余計なことを言わない男らしいゲンさんは、ほれ、とこっちに斧を投げ渡してきた。
自分はそれをあわてて受け取ると両手で持って振ってみた。
なんだろう、手に肉がついてないからか、あんまりうまく柄を握れない。
でも、なんとか振ることだけはできる。
それを見ていたゲンさんは、少し心配そうだったけど。
「ちょっと見てな」
そういって、紐でしるしのついた木に勢いよく斧の刃をたたきつけた。
すごい勢いで何度も斧を振るうゲンさん。
あっという間に木を切り倒すと、腰に帯びていた鉈で枝打ちをする。
目の前に見事な丸太が一本できていた。
「こんな感じでやってくれ」
と、斧に続いて予備の鉈も手渡される。
ゲンさんはさっそく二本目に目を向けているので、自分も紐でしるしのついた木を探す。
手ごろな木があったので、自分もさっそく仕事にとりかかった。
日が暮れるころ。
ようやく一本切り倒す。
ハァハァ、木を切るのマジ大変。
ただ、不思議と達成感はある。
慣れない手つきで枝打ちをして、自分の仕事ぶりに満足する。
うん、いい丸太。
どう? ゲンさん。ほめてくれてもいいんじゃよ?
仕事した感を全身に出して、ちらっと見る。
ゲンさんは、すでに五本も切り倒していた。
切り株に腰を下ろしてタバコをくゆらせている。
「おまえ、全然、力ないな」
やだ、しっかり見られてた!
しかも、ダメ出し!
できるヤツ感を出してたさっきの自分を殺したい。
だが、ゲンさんはそれでもまだましと思ってくれたのか。
「けどよ、今は猫の手も借りたいからな。明日も頼んでいいか?」
答えはもちろん、イエスだ。
「それじゃ、今日はこの辺で帰るか」
帰り支度を始めたゲンさんの背中に声をかける。
「えっと、もう少しだけやってもいい?」
実はちょっとだけコツをつかんだので、もう一本だけ切ってみたかったのだ。
ゲンさんはちょっと悩んだみたいだったが、いいぜ、と快諾してくれた。
彼が去っていったあと、自分はさっきよりも太い木にしるしがついているのをみつけ、それを切り始めた。
やはり、二回目は一回目とは違った。
骨ばかりの手でうまく斧が持てないけれど、それでも順調に斧が木の幹に入っていく。
しばらくして。
もう少しで倒せそうだなと、ことさら強く斧を振るったときにそれは起こった。
木が、なんかこっちに倒れてきた。
まじかー。
と、思いながらかわすことも忘れて、呆然と倒れてくる木を眺めていた。
見上げるほどの大木は、そのまま自分の上にのしかかってくる。
全身に大きな衝撃を感じた。
一瞬、何がおこったのかわからなかった。
地面に倒れてしまったのか、目の前を這っていく虫が見えた。
起き上がろうとして、手を地面につこうとしてできないことに気づいた。
ん?
ん?
首すらも動かせないんですけど。
なんとか、視線だけを動かして周囲を見る。
すると、目の前には倒れた木とその周辺になんだか白いものが散らばっているのが見えた。
…。
……。
………。
うん、どう見ても自分の体。
あれ、ひょっとして今、頭だけで転がってる?
しかも、まったく動けない。
誰か、助けてー!