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仰向けに倒れていたからか、目を開けるとすぐそこには月があった。
まんまるのお月様だ。
少し冷たい青い光がなんだかとても心地いい。
周りはとても静かで遠くでかすかに獣の声が聞こえる。
きれいだなぁー。
こんな風に月を眺めるのなんてとても久しぶりだった。
けれど、不思議なもので数分も眺めていると、そのうちまんまるの月が誰かの瞳のように見えてきて自分を落ち着かなくさせる。
誰かさんと目が合ってあわててそらすあの感じ。
気まずい。うん、なんだか気まずい。
月から目をそらした僕は、ゆっくりと起き上がった。
ひゅー。
立ち上がった僕の体を風がなでていく。いや、むしろ通り過ぎていく。
不思議なくらい寂しい感じ。
僕は大きく深呼吸(なぜか、あまりうまくできなかった)をするとゆっくりとあたりを見回した。
そこはなんというか、それはそれは立派な廃墟だった。
建物の材料だった石や木の柱が地面に散乱していて、まごうことなき瓦礫の山。
それがあちこちにある。
もともとは小さな町だったのだろう。
ところどころに石造りの建物とおぼしき跡があるが、今は屋根はおろか、壁すらまともに存在していない。
風通しもいいはずだよ。
月明かりの下、瓦礫を見ると所々がすすけてもいる。燃えて炭化している。
足の折れたいす。錆びてひっくり返ったなべ。かろうじて立っている木の柱に引っかかったぼろ布。
この町は、戦争にでも巻き込まれたのだろうか。
そのときに燃え落ちたのかな。
大変な歴史を経験した土地のようだ。
と、若干冷静に分析はしてみるものの、問題の本質はそこではなかった。
今の自分が一番考えなければならないことは何か。
それは「なぜ、自分がこんなところにいるのか」というところだ。
だって、そりゃそうだろう。
「僕」はなにか「目的」があってここにいるはずなのだから。
でなきゃこんな廃墟なんかで寝てるわけがないよ。
まぁ、いい。とにかく思い出すんだ。
「なぜ、自分がこんなところにいるのか」
この問いに答えることができたならば、次に何をしなければならないか、僕の「目的」が自動的にわかる。
それに「僕」が何者なのかも、必然的にわかるはずじゃないか。
あ、ちょっと待って。ごめん、今のうそ。
そもそも、僕は「僕」のことがよくわからない。
いや、哲学的な問いをするつもりは微塵もない。
本当に自分が誰なのか、わからないことに「今」きづいた。
…
……
………
まじかー。
自分についてありとあらゆることがわからない。
歳はいくつだっけ?
背はどれくらい?
好きな食べ物は?
恋人はいるの?
あ、男か女かもわかんない!
それは自分で確認すればわかるか!
僕はそっ……と、自分の下腹部に手をのばした。
うん……。
うん……。
うん、ない!
女だ!
じゃぁ、「僕」はおかしいのかな。「わたし」とか「うち」とか「アテクシ」とかいうべきなの?
え、でも待って。
なんか手触りがおかしい。
さっきから確認のために動かしている指に硬い感触が伝わってくる。
その硬さは、なんというか板とか盤とかそういうものを触っているときの感触だ。
なんか、変だな……。
暗かったので感触で確認しようとしたけど、それはやめよう。
僕は月明かりをたよりに自分の下半身を見下ろした。
でも、自分の下半身は見えなくて、なんか骨?のようなものが見えた。
骨盤?
戦争に巻き込まれて死んだ人の骨かな?
もう一度、下半身を見下ろす。
なんだろ、暗くてよく見えないわ。
相変わらず、月明かりをあびて誰かさんの遺骨?だけが青く光っている。
疲れてるのかな、ため息をついて(なぜかうまくつけなかった)右手で目頭を押さえる。
やせすぎた人の手足のことを骨と皮だけしかない、と表現することがある。
けれど、今、自分の目頭を押さえている手はそれを通り越して皮すらないむき出しの骨のように見えた。
あー。
なんとなく、そんな気はしてた。
でも、うん、あー、まじかー。
僕はさらにあたりを見回す。
すると、そこには運よく自分の探していたものが見つかった。
ちょっと大きな水溜りだ。
正直、自分の姿を映すものならなんでもよかったけど、こんなにすぐ見つかるなんて幸運だった。
昨日、雨でも降ったのかな。
僕はそのちょっと大きな水溜りを覗き込んだ。
…。
……。
………。
おほー! これは見事なしゃれこうべですわ。
マジで百年に一度の造形。
これ、生前は美形(男か女かわからないため、こういう表現をする)だったと思われますわ。
後頭部のカーブなんかいい仕事してますねぇ。
…。
……。
………。
寝てる間に、僕、骨だけになっちゃってた。