〈プレイヤー〉発見?
僕の希望は五階建てぐらいのマンションなので、探すことは容易だ。
ただ、そのためには屋根を伝わっていけるぐらいでないと危険なので、歩みは慎重にならざるを得ない。
ひとまずの仮の宿を確保するのも大変だ。
「ん?」
通りに視線を落とすと、珍しくガラスが割られていないコンビニエンスストアがあった。
一見、ゾンビもいなさそうだ。
中にはいるかもしれないが、短い時間で見てきた幾つかの店舗がわりと壊滅気味だったことを考えると、ちょっと奇跡的だ。
レトルト食品とか、便利グッズとかあるかもしれないな。
立ち寄ってみるかと、電柱伝いに地面に降りようとした時、
『……おい』
「なにさ」
『他の〈プレイヤー〉の反応があるぜ。すぐ傍だ』
「嘘?」
僕はマカロフを引き抜いて、眼下に向けて構える。
正直、今までのゼルパァールからの情報では〈プレイヤー〉同士はライバル関係にあることは疑いの余地がない。
つまり〈ゲーム〉クリアを争う相手ということで。
ただそのクリアを争う、というのがどういう形態を指すのかについてこいつは答えない。
ただの競争相手なのか、共同してミッションにあたる仲間なのか、それとも殺し合う敵なのか?
敵というのは勘弁してもらいたい。
ゾンビを殺すのだけでも僕にとっては負担なんてものじゃないのに、同じ人間と戦うなんてぞっとしない。
しかも、ゾンビものというのは、古今東西最後はゾンビよりも人間との争いがメインになるものだし、僕にとっての脅威が変わらないとも限らないのだ。
とはいえ警戒するに越したことはない。
僕は慎重に音を立てないように電柱から降りた。
左右に銃を振って構え、誰もいないのを確認する。
「確か〈第六感〉だっけ? 君の選んだ〈パークサイト〉は」
『おお』
「それで、〈プレイヤー〉の場所はわからないの?」
『無理だな。俺が持っている〈第六感〉ってのは、傍に他の〈プレイヤー〉がいることがわかる程度の効果しかない。ただ、隠れていてもわかるから、いざという時には備えられるってのがいいんだ』
つまり、わりと傍にいるってことがわかるだけか。
そうなるとあのコンビニエンスストアの中かもしれない。
僕はそっと忍び寄り、自動ドアの前に立った。
当然、電気がないので開かない。
仕方なく、手動でぎぃと押し開けた。
少しだけ音がしたが、ゾンビがやってくるほどではない。
もっとも、中に誰かがいたら気づかれただろう。
でも、その可能性は高いと思う。
何故かというと、自動ドアは閉められてはいたが完全にという訳ではなく、少しだけ隙間があったからだ。
指を掛けることができる程度の。
誰かが隠れている可能性は高い。
改めてマカロフを構えたとき、後方でゾンビ特有の「ぐおおおお」というくぐもった声が聞こえた。
慌てて振り向くと、ゾンビの後姿が見えた。
僕に気がついたという訳ではない。
しかし、あの速度からすると獲物を追っている。
ゼルパァールは『傍に他の〈プレイヤー〉がいる』と言っていた。
店内の誰かとあのゾンビの追っている相手どちらかが〈プレイヤー〉?
僕は走り出した。
ゾンビが消えた方向に向かって。
〈パークサイト〉の〈マラソン〉があれば、全速力で走れる距離が二倍になって、ゾンビに限らずたいていの人間なら引き離せるらしいのでこういう場合にはつけておきたかったところだね。
誰かを追っているゾンビは二匹だった。
他は気がついていないようだ。
どうやら完全に人間を見つけたという訳ではないみたい。
ゾンビがもし人間を確認したら、仲間たちを呼ぶらしいということはさっきの瓜生組の屋敷でわかっていることだから。
つまり、音がしたから様子を見に動いたということ程度か。
ゾンビたちは一本の路地へと吸い込まれていく。
同時にガチャンと大きなものがした。
聞き覚えがある系の音。
おそらくは自転車の倒れたものだ。
つまり、マジで誰かがいるということなのかな。
僕は後を追って路地に侵入した。
そこは行き止まりになっていた。
というか、両隣の家のブロック塀に囲まれた一軒家のための出入り口となっている囲繞地のような場所で、逃げるためにはその家に入り込まなければならない。
さらに玄関の前にずらりと並んだガーデニングのプラントや植木鉢のせいで足の踏み場もない。
そんな中を追われている獲物がゾンビを振り切って逃げられるとは思えない。
路地だと思っていたが、車一台が出入りできる程度の幅員しかないのに、ゾンビ二匹が塞いでいるのだから。
袋小路に飛び込んだらしい獲物は、玄関に張り付いてこちらを睨んでいた。
記憶にある制服と短いスカートが目に入った。
僕の男子用と対になる女子の制服。
同じ学校の生徒なのか?
「いや、近寄んないで!」
女子生徒は手を突き出して、ゾンビどもを拒絶していた。
だけど、そんなことで止まるはずがない。
ゾンビどもは人間を絶滅させるための舞台装置なのだ。
慈悲の心もなにも持ってはいない。
今の僕と同様に。
『おい、いいのかよ。すぐに他のゾンビが来るぞ』
「同じ学校の生徒を見捨てるわけにはいかないよ。―――ねえ、ゾンビたち」
僕が呼びかけると、ゾンビが一匹だけ振り向いた。
もう一匹は女の子の方に魅かれているらしい。
スケベなやつだね。
まあ、いいや。
パン
マカロフの銃口が火を噴いた。
動きの遅いゾンビは簡単に頭を吹き飛ばされて地面に倒れる。
仲間がやられたというのに、もう一匹はこちらを無視していた。
きっと女の子の挙動の方が気になるのだろう。
ゾンビは臭いと音で獲物を見つけて、視覚で捉えるとゼルパァールが言っていたが、どちらかという視覚優先なのかもしれない。
思春期の男子高校生みたいな感じか。
でも、僕としては非常に助かる習性だ。
「動かないでね」
女の子に言ったのか、ゾンビに声をかけたのか、僕にもよくわからない。
でも、二弾目の弾丸も一直線に頭蓋骨を貫き、黒い脳漿を吹きださせた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
女の子が心の底からでかい叫びをあげる。
なんてことだ。
銃声だけでも危険だというのに、まったくこの子ときたら。
僕はさっと傍に近づいた。
今の声を聞きつけて群がってくる前に、路地から―――いや、もう駄目か。
ここは今まで通りに屋根まで昇ろう。
まずはこの子をブロック塀の上まで昇らせないと。
「もう大丈夫だよ。でも、あいつらがすぐにやってくるから、逃げ出さないと。腰が抜けたりしていない? 動ける?」
座り込んでしまった女の子の顔を覗き込んだ時、相手の悲鳴が止まった。
劇的な瞬間だった。
さっきまでの化鳥めいた叫びはどこに消えたのか。
女の子は僕の顔をじっと凝視し、
「……キョウ―――せんぱい?」
と、呟いた。
確かに僕の名前は塁場キョウだ。
同じ学校の生徒ならば僕の名前を知っていたとしてもおかしくない。
ということは、この子は僕の知り合いか……。
ここで脳みそがちょっとだけ記憶巣から名前を呼び起こしてくれた。
「……ナギスケかい?」
「は、はい、薙原です!」
「どうして、こんなところにいるんだ……?」
明るい色のちょっとだけ茶髪の髪を肩のあたりでカットして、耳のあたりのうっとおしそうな一房だけをピンで留めた独特の感性。
いつでもパンツが覗けそうなぐらいに短めのスカート。
学校指定のリボンではなく男物のネクタイをだらしなく絞めたせいで、こぼれる白い胸元。
極めつけは、どう考えても頭の悪そうな顔をしている。
僕が言うのもなんだけど、おバカという表現がぴったりな感じだった。
でも、よく知っていると言えば知っている。
彼女の名前は、薙原イスキ。
所属している部活の後輩だったのである。