裏切り?
こういう時に、とりあえずリーダーは色々と指示を出さなくてはならない。
藤山もそのつもりだったようだ。
仲間たちの様子を窺ってから、
「よし、このビルの中にゾンビがいるという前提で行動しよう。一階に戻ってみんなと合流だ」
「でも、藤山さん。いったい、どうやってゾンビがこのビルに……?」
「そんなことは悩んでいても仕方ない。生き残った仲間をまず第一に考えよう」
「ああ、そうだな」
「急いで下に戻ろう。ここにいないのは、誰だ?」
ざっと見渡してみる。
やはり何人か足りない。
「仙台さんと宮崎、あと松下ちゃんがいません」
「あと、ナナンちゃんも」
全員が女じゃないか。
もしかして、かなり危険な状況かもしれない。
僕は真っ先に先頭に立った。
ナナンが危険に晒されているのかもしれない。
居ても立っても居られない。
「あ、センパイ!」
僕のすぐ後ろに薙原がついてくる。
こいつもナナンが心配なのだろう。
「急ごう」
「はい」
「勝手な真似をするな、塁場くん!」
「すいません、急ぎます。みなさんは全員で警戒しながら降りてきてください! 物陰には注意して!」
僕たちは階段を駆け下りて、いつもみんながたむろってくつろいでいるガラス張りの談話スペースに飛び込んだ。
隅の方でじっと座り込んでいた、仙台と宮崎が驚いている。
だが、どこにもナナンの姿は見当たらない。
「すいません、ナナンを見かけませんでしたか!?」
「ナナンちゃんなら、……あれ、おかしいわ。いないわね」
「宮崎さんもご存じないですか?」
未だに自分を取り戻しきれていない宮崎も首を振るだけだった。
それ以上の情報はない。
いつものナナンならこのスペースにたいていはいるはずだ。
子供の彼女ができることは限られているため、これだけ大人がいる状況ではすることがなかったからだ。
仕方なく、服の繕いなどをやっていたりしたはず。
「何処に行ったのかな?」
「トイレとか……」
「ありうるか。そっちも探そう」
スペースは完全ガラス張りなので防禦性はない。
もしゾンビが暴れ出したらここで食い止めることはできないが、それでも忠告をしないよりはマシだろうと、一言だけ付け加えた。
「まだ確認できていませんが、ゾンビがこのビルに紛れ込んだ可能性があります。仲間であっても不審な動きをしている人がいたら、とりあえず近寄らないでください」
仙台は用心深いおばさんなんでどうにかなるだろう。
意味もなく脅しただけで済むのならば逆に良かったと思える事態だし。
「でも、センパイ、ちっょとおかしくない?」
「何がさ?」
「ナナンって、れーだーとかいう能力があるんだよね」
「そうらしいね」
「そんなのがあるのに、五階にゾンビがいたかどうかわからなかったの?」
はたと気がついた。
確かにそうだ。
ナナンは〈キャラクター〉として〈レーダー〉という〈パークサイト〉を備えている。
そんな彼女が五階でゾンビが飼育されていることに気がつかないものだろうか。
いや、彼女の〈レーダー〉は動いていないゾンビの反応は捉えない。
僕たちが来る前から動けないようにされていたとしたら、気がつかなかったということもあるだろう。
ただし、彼女についてはもう一つの不安材料がある。
―――それは、〈プレイヤー〉復帰による卯野川ナナンの裏切りだ。
もともと彼女はこの〈ゲーム〉の〈キャラクター〉なんだ。
ただ〈プレイヤー〉がいなくなってしまったから僕の仲間になったにすぎない。
最初からこういう風な展開になることも予想できたはずである。
だから、ありえる可能性としてはナナンがついに僕を裏切って牙を剥いてきたというものだ。
しかし、僕は頭を振った。
「意味がないか……」
ちょっと前の倉庫での間なら、裏切りも効果的だったかもしれない。
しかし、今は無意味だ。
この建物には僕を除いてまだ二人の〈キャラクター〉がいる。
しかも、正体も〈パークサイト〉も武器の有無もはっきりしていない。
その状況化で率先して唯一の味方である僕を裏切っても自分が不利になるだけだ。
つまり、ナナンの裏切りはまずない。
ということは、あとの考慮点はナナンの〈レーダー〉が、この当該ゾンビを「捉えられている」と「捉えられていない」となる。
前者だと解放前と解放後に分けられるが、解放前だと黙っていた理由について別の問題が生じるが、解放後ならナナンは無事だろう。
問題は後者だ。
もしかして、〈レーダー〉に反応しないゾンビという可能性もある。
これが現実的な世界ならばそういうことはないだろうが、いかんせん、これは〈ゲーム〉だ。
盛り上げるためにそういう特異な存在を〈運営〉が用意しないおそれはない。
いや、奴らならばそのうちに考えられない例外的存在を用意することもありうるだろう。
まあ、今のところはただの杞憂なんだけど。
「とりあえず、逃げたゾンビがどこかにいるのなら探さないとな。おちおち寝てもいられないからさ」
「そうですね」
『何してんだよ、さっさと動いてゾンビ狩りはじめろよ、ボケ。ちんたらしてんな』
「……」
薙原も女用に用意された短めの棍棒を構えている。
こんなもので殺せないことはわかっているが、まずはゾンビの初撃を躱して噛まれないといけないので装備させているというわけだ。
ゾンビの攻撃手段はまず身体ごと飛びかかってのしかかり、それから噛みついて傷を与えるというのが基本だ。
その際に接触されないように身体を遠ざけるためには棍棒が有効なので、暇な時間に薙原とナナンにはいつも練習するように指導していた。
「トイレにはいないみたいです」
「ねえ、トイレでのゾンビアタックは定番だから、気をつけて」
「わかっています。ずっと欠かしたことはないです。ベーだ」
と、舌を出す薙原。
まったくもう。
僕たちは女子トイレ男子トイレの順で一通り調べたが、ゾンビどころかナナンもいない。
ここにいないとなると……
「おおい、キョウくんたちぃ」
お、土田だ。
小野寺と一緒にいる。
「どうでした? 他は?」
「おお、談話スペースにいた二人の無事はわかっているよな」
「はい。確認してます。ただ、ナナンが見当たりません」
「なんだと! あのお嬢ちゃんがか!」
「どこかに隠れているならいいんですけど、この状況下で行方不明というのはかなり気になります。僕とナギスケで虱潰しに探してみます。その途中で例のゾンビが見つかればそれでいいんですけど」
「俺たちもつきあう」
だが、僕は土田の申し出を断った。
「土田さんたちは、とりあえず一か所でまとまっていてください。ゾンビ対策は僕とナギスケだけでやります」
「おいおい、ちょっと待てよ」
「この手の事件でバラバラに動くと各個撃破されて終わりですよ」
と、メタっぽいことを言う。
『そりゃあまあそうだよな。〈キャラクター〉でもないモブが無駄に動いてもどうにもならねえだろうしよ』
「君らのせいじゃないの?」
「どったの? センパイ」
「なんでもないよ。―――でね、そういうことでいいでしょう?」
土田は一度いぶかしそうな顔をした。
元警察官の勘でも働いたのだろうか。
間違いなく僕を疑っている。
もしかして、土田が〈キャラクター〉でどうにかして僕たちを欺いているのか?
「……それはいいが。二人で大丈夫なのか?」
返事はせずに頷くだけで済ませた。
解釈はご自由にという意味だ。
「じゃあ、任せる。俺たちは談話スペースでおまえらとお嬢ちゃんを待っている。ただし、一時間して戻らなければ別の行動を開始するぞ」
「行ってきます」
僕は薙原の肩を叩いて歩き出した。
まずは、この階の捜索からだ。
急いでナナンと―――ゾンビを探しだす必要がある。
もし、本当にゾンビがいるのならね。




